第13話 カラオケ、です

「安海ちゃんうまーい!」

「イッエーイせんきゅー! ちゅっ」

「きゃーっ!」


 何だかとっても盛り上がってます。奈緒ちゃん、モテモテです。

 唯一私にとって幸いだったのは、この場に女の子しかいないことでした。奈緒ちゃんがこの指とーまれしたときは、男子も二人いたのですが、十人以上の女子に混ざるのが気が引けたのか、いつの間にか帰っていたみたい。

 ……そもそも、この人数の女子に平気で混ざってこれる男の子なんて、チャラ男に違いないです。チャラ男と一緒の部屋に閉じ込められる地獄を想像するだけで死んでしまいそう。それを思えば、先に帰った二人の男子には感謝です。


「次の曲、だれー? 英語の曲だなぁ」

「……え、渋いとこ攻めるなっ。アタシら生まれてないんじゃないの、これ」

「ポーラなノ!」

「ポーラなの⁉」

「えーうち知らなーい。洋楽わかんない」

「いやいやこれは絶対知ってるって! 聞いたら一発でわかるから! こないだ映画とかやってたし!」


 そんなやり取りを眺めながら、メロンソーダをちまちま飲みます。

 始まったのは、私の知らない曲でしたが……ポーラちゃんが歌うと、なんだか雰囲気がありました。英語の発音、上手ですし。

 ただ、本当に楽しそうに歌うせいなのか、どこか童謡というか、おゆうぎ会みたいで……なんだかかわいいです。


「それ、メロンソーダじゃなくて青汁なの?」


 ポーラちゃんの歌が終わると、隣からそんな声が聞こえました。


「ってくらい、ニガムズーイ顔してるわよ、羽丸さん」


 スピカちゃんでした。

 おしとやかな動作でスカートを押さえながら、私の隣にちょこんと座ります。わわっ、近い。それで、その、いい匂い。


「……しえら、でいい? 私もスピカって呼んでほしいし」

「えっ、あ、うん。す、スピカちゃん」


 星のお姫様の輝かしすぎる微笑みを直視できず、しどろもどろになりながら、私はまたメロンソーダをちびりと飲みました。


「しえらはこういう所、あまり来ないの?」

「え、えっと……」

「ごめん、今の無し。なんか口説いてるみたいになっちゃったわね……」


 口説かれちゃってたみたいです。


「少し意外だったのよ。しえらが来たの」

「意外……そ、そうだよね。場違いだよね」

「そうじゃなくて。さっきの部室での話を聞いて、あなたは『』だと思ってたから。音楽にはあまり興味ないだろうって思ってたから……だから意外だってこと」


 そういうことでしたか。

 確かに、それは自分でも意外です。ちょっと前までの私だったら、何か理由をつけて辞退していたでしょう。

 なし崩し的にでもカラオケについてきたのは、ちゃんと私の気持ちです。


「その……興味がないって突き放してたら、ずっと見えなかった景色もあったから」


 思い返します。早見島に来た日、初めての夜空。

 心躍る音楽に包まれながら見上げた、今まで見たことのなかった星々のきらめき。

 そして、大好きな友達の、優しい笑顔。


「好きな人の好きなもの、一緒に好きになりたいし。私の好きなものも、好きになってほしい。興味がないままじゃ、ずっと変われないから……だから、その、えっと。うまく言えないね……?」

「うまく言おうとなんてしなくていいわよ。ちゃんと伝わったから。……本当に、あなたたちが羨ましいわ」


 そう言うと、スピカちゃんは少し悲しそうな目で奈緒ちゃんの方を見つめます。

 わ、私、なにか悲しませるようなこと言っちゃったかな……?


「……あっ」


 ようやく、間抜けな私は気がつきます。


「そ、その、ごめんなさい、当てつけを言うつもりじゃなくって……!」


 今の発言は、スピカちゃんの「星に興味ない」発言に対する嫌味のようなものです。

 どうしよう、私、すっごく嫌な子だ!


「……ふふっ。わかってるわよ、そんなこと。あなた、そんな器用な皮肉が言えるタイプには見えないもの」

「ふぇっ。そ、そうなのかな……」

「むしろ、そこに関しては私の方が無神経だったわ。仮にも天文部でもある場所で、星に興味ないっていうのはちょっと失礼すぎた。先輩も冷静だったけど、思い返してみれば怒ってもおかしくないかなって」


 ……でも、あの時スピカちゃんがそう口にしてくれていなかったら。

 私も、音楽に興味ない、って思ってたままだったはずです。

 だからスピカちゃんは悪くありません。


「……興味がないなんて言ったのはね。音楽以外のことにあまり時間を使いたくないって意味。私は、本気で音楽をやっていきたいから」


 凛とした表情で、まっすぐに前を見て、スピカちゃんは言い放ちます。

 夜空に浮かぶのは、遠い過去の光です。まっすぐに未来だけを見つめて進もうとする彼女の瞳には、もしかしたら映らない光なのかもしれません。

 けど、それでも。


「……スピカちゃんは、


 春の夜空に燦然と輝く一等星と、同じ名前。

 人々の憧れを一心に受け、気高く光り輝く。

 誰もが見上げてやまない、まばゆいばかりの美貌。

 あなたは、星のお姫様。


「っ、ご、ごめん。意味不明だよねっ」

「……知ってるわ。スピカが星の名前ってことは」


 えっと、そうなんだけど、そうじゃなくて。


「おとめ座の星なんでしょ。まあ、知ってるのは名前だけで、いつ見えるのかとか、どこに見えるのかとか、そこまでは全然知らないんだけど」

「そっ、か」


 星に興味がないって、そういうこと、ですよね。

 それがきっと、普通なんです。私みたいに、自分の名前の星を心から好きになる方がおかしいのかもしれません。


「だから。今度あなたが教えてちょうだい。しえら」


 そう思っていたので、私はスピカちゃんの続けた言葉に、しばらく固まってしまいました。


「……何よ。興味がないとは言ったけど、全くの無関心ってわけじゃないわ。せっかく天音部に入ったんだから、自分の星くらい覚えたっていいでしょう」


 ちょっと恥ずかしそうに眉を下げながら早口でまくし立てるスピカちゃんに、私はきっと今日一番の笑顔で答えました。


「うんっ! 約束っ」


 差し出した小指に、スピカちゃんが照れくさそうに応えようとしてくれた、そのときでした。


「スーピカっ! 次、スピカの入れた曲だよっ」


 奈緒ちゃんがマイクを差し出してきました。

 スピカちゃんの順番が回ってきたみたいです。


「ええ、ありがと」


 スピカちゃんは優雅に立ち上がると、マイクを受け取って微笑みます。


「にっへへ。お手並み拝見」

「ふふ、お手柔らかにね」


 またまた私の知らない曲の前奏が流れ始めます。

 みんなの注目が集まる中、スピカちゃんは目を閉じて、ゆっくりと息を吸いました。

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