魔法少女に告ぐ

どりゅう

プロローグ「最終決戦」

第1話

 わたしたちは、絶望した。


 アプラスの圧倒的な力はアプラスの庭園から溢れて、今にこのドリームランドを包み込み、真っ黒な世界へと変えてしまう。

 ドリームランドのお城の庭園は以前はパステル調の愛くるしいレンガのお庭だったのに、今やアプラスに乗っ取られて、草木は枯れてしまい、煉瓦造りの小道もぼろぼろに崩れてしまっている。


 チェリーブロッサムはハートステッキを両手に握ったまま、呆然と立ち尽くした。いつも輝いているはずのストーンは灰みがかった赤に色を落としている。

 サンダーソニアは両耳を塞いで膝から崩れ落ちた。愛らしい顔は涙と嵐の雨で濡れている。

 傍の、ティアドロップは怪我をしている。アプラスの魔法からソニアを守り、全身傷だらけだ。何とか立ち上がるも、フラフラでとても戦える状態じゃない。

 いつもならソニアが治癒魔法を使えるのだけど、ソニアの今の絶望した状態じゃ何もできない。ソニアはその状況にきっともっと絶望しているはずだ。そうじゃなきゃ、仲間思いのソニアが傷を負ったティアを前に鬱ぎ込むなんてことはしない。


 アプラスは黒雲の空に輝かしい玉座を作り、そこに黒髪をなびかせて鎮座する。

 アプラスは「その程度なの」と言わんばかりに口元を不敵に歪めて微笑む。


 できると思ってた。

 今までの敵は難なく倒してきた。

 だから、今日だって簡単に終わるはずだった。


 「無理だよ……わたしたち……勝てない……」


 胸の底から氷よりも冷たい感覚が溢れて、言葉にした。声も足も震えが止まらない。


 「チェリー!!」


 可愛らしいマルルの泣き叫ぶ声が庭園に響いた。だが、お人形のようなその姿は見当たらない。


 「たすてけ!! たすけてチェリー!! ティア!! ソニア!!」


 マルルがどうなったのかはわからない。

 ただ、どうなっていようと、マルルのことは助けられない。世界も救えない。魔法少女は、絶望すると戦えないものなのだ。


 「ごめん……ごめんね、マルル。わたしにはできない……!! こんな強いの……無理なのよ……!!」


 チェリーは溢れる涙も堪えきれず、掠れた声で叫んだ。ソニアの切り裂くような泣き声が響く。


 「チェリーやめて……!! もうなにも聞きたくない……!!」


 ソニアの悲鳴に目を向けると、気丈に立っていたティアが崩れる。空にはアプラスが生み出す雷と嵐が世界を飲み込む勢いで渦巻いているのが見える。アプラスは嵐だ。そんなものに太刀打ちできると思っていたのが間違いだった。


 「聞いて、みんな……」


 さっきの悲鳴とは違う、マルルの声がどこか空からか、聞こえる。声はいつもより心なしか低く可愛らしい調子で震えていた。姿は相変わらず見当たらない。


 「マルルも世界を救いたいの。話したよね、ドリームランドが消えたら、チェリーたちの世界も消えちゃうって」


 チェリーはハッとした。ここで、自分たちが泣いていたら全部消えちゃうんだって。後悔すらできないんだって。それでも、空を見るとまたアプラスの姿が自分は無力で役に立たないんだって嗤う。

 もう一度、仲間の姿を見る。ソニアは叫ぶのをやめて、しゃっくり交じりにすすり泣いていた。ティアはぺたりと座り込んだまま、地面を見つめていた。


 「今まで、ずっとマルルを助けてくれてありがとう。今日はマルルが三人を助けてあげる」


 マルルは明るく叫んだ。


 「みんなが集めてくれたから、マルルはアスタルツの力を使ってアプラスに、最高の一撃を放てるの!!」


 「マルル!? 何を言ってるの?」


 「マルルが三人を守るから!! 三人はマルルを信じて、希望だけ持って立ってて!! さあ、ハートステッキをアプラスに向けるのよ!!」


 マルルの声はやっぱり震えていた。


 「嫌ぁ!!」


 ソニアが悲鳴をあげた。人懐こい美少女の顔は涙と雨と泥で酷い有様だった。それでも、ソニアは空を仰いだ。


 「マルル、死んじゃうみたいじゃない!!」


 それは、きっとティアもそう思ってたみたいで、ソニアに肩を寄せて、声を震わせた。


 「あたしも、マルルが無事には思えない……」


 「マルルが死ぬなんて言ってないわ!! 二人ともマルルが嘘つくなんてあると思うの?」


 「……わたしは、信じるよ」


 チェリーは、ハートステッキを握りしめた。


 「マルルが守りたいものをわたしは守りたい!! だって、マルルがお願いしてきたから魔法少女になったんだよ!! ティアも、ソニアもそうでしょ?」


 「チェリー……」


  マルルの声が柔らかくなる。

  ハートステッキを握る手がほのかに暖かくなり、ストーンはふわりと桃色に光る。


 「ほら、光った!! ティア!! ソニア!! もう少しよ!!」


 座り込んでいたティアがゆっくりと立ち上がり、ソニアの手を取った。ティアの顔は不安げだが、チェリーと目を合わせる。

 ソニアはぐずぐずと泣きながらティアの手を握っていた。


 「マルルを見殺しにできない……。でも、マルルの願いも叶えられず、マルルを救えないのはもっと嫌……。チェリー、あんたが信じるならあたしだって……っ」


 ティアはつっかえながら苦しそうに言って、ハートステッキを握るチェリーの手にそっと手を重ねた。雨に濡れているけど温かい手をしていた。


 「ソニアも……ソニアだって……二人が頑張るんだから、頑張りたい……。二人が信じるのに、ソニアだけ信じないなんてそんなのできないよ」


 ソニアは相変わらず泣きながら、チェリーとティアの手を両手で覆った。

 その途端に、ハートステッキは今までに見たことないくらい赤く強く光り出した。


 「平和になったら、四人でチョコレートパフェ、食べに行くんだから!! マルル!!わかってるよね!!」


 「うん!!」


 マルルの嬉しそうな声が響き渡る。


 「アプラス!! ここまでよ!!」


 チェリーの声はもう一度の開戦の合図だった。アプラスは左手を天に掲げて、振り下ろす。雷鳴が轟き、三人を狙う。


 「行っけえええ!!!!」


 ハートステッキから放たれたマルルの力は、アプラスの雷を貫いて、アプラスを覆い世界を光で包み込んだ。

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