6-6.

 権藤刑事が、インターホンを鳴らした。その後ろで、飯島刑事と俺、春日原は静かに待つ。

「はい? あ、刑事さん……」

男は強面の刑事にビクッとした後、後ろの俺を見て薄ら笑い、会釈した。

「どうしたんですか。知ってることは昨日全部話したと思いますけど」

「あなたの部屋から出たゴミの中から、被害者の指紋と血痕が不着した鞄が出てきたもので。お話を、お聞かせ願えませんかね。――お隣の部屋の、木村さん」

去年の秋、わざわざ手土産を持って引っ越しの挨拶に来た愛想のいい隣人は、権藤刑事の言葉に小さく息を呑んだ。

「どうして、だって、ゴミは午前中に回収されてたはず……」

「大変でしたよ、地域中から集まったゴミ袋の中身を、一つずつ確認するのは」

その日のゴミの処理を中断させての人海戦術、浮島署刑事課総出で一日がかりの作業だったらしい。飯島刑事もヘトヘトだ。

「……はは……」

「認めるんですね。一昨日の晩、隣の部屋に侵入し川崎沙耶花を殺害したことを」

淡々とした権藤刑事の追及に、木村は目を泳がせながら数歩後ずさり、玄関の段差に躓いて尻餅をついた。

「お、俺は、あの女が、勝手に歌ヶ江さんの部屋に入っていったから、止めたんです! そしたら、あの女が包丁を振り回してきて! 咄嗟に掴んだら変な風に曲がって刺さっただけで! せ、正当防衛って奴です!」

「いや。凶器の包丁は、被害者の所持品じゃない。包丁の柄から食品の成分が複数検出されたが、川崎沙耶花の家のキッチンは、使われた形跡がほとんどなかった」

「は……?」

代わりに、放置されたゴミ袋からはコンビニ弁当や惣菜の容器が大量に出てきたらしい。俺よりも自炊をしない人間だったようだ。逆に、回収された木村の部屋のゴミには、野菜の切れ端など、料理をしている形跡があったとのことだった。

「つまり、あんたが自分の家から持ち出したってことになる」

計画的に殺すつもりだったなら、予め足の付かない凶器を用意していたはずだ。言い換えれば、近所の人間でないと、彼女の侵入を見てから包丁を準備することはできない。木村にとっても、川崎の存在は想定外だったのだろう。

 すると、木村は突然喚き始めた。

「なんで俺が責められなきゃなんないんですか! 俺は、歌ヶ江さんをあの女から守ったのに! あの女、合鍵まで作ってやがって、俺がやらなきゃ、歌ヶ江さんはあの女に殺されてたかもしれないんですよ!」

だが、

「弾みで人を殺してしまっただけの人間が、なんで被害者の鞄を持ち出したんだ」

「っ!」

「川崎沙耶花の鞄には、彼女が持ち帰ろうとした歌ヶ江さんの私物が入っていた。あんたはそれが欲しくなった。だから持ち出して、外側の鞄だけ捨てた。隣の部屋と行き来するだけなんだから、目撃証言が出なくても不思議はないってわけだ」

出されたゴミの中から、俺の部屋から消えた私物は一つも見つからなかったそうだ。


 ――ストーカーは一人とは限らない。そして、異性とは限らない。


 「信じてください、歌ヶ江さん、俺は本当にあなたのためにやったんです! 結果的に迷惑を掛けてしまったけど! 包丁も護身のために持って行っただけで、殺すつもりなんかなかったんです!」

俺に縋ろうとするのを刑事二人に羽交い締めにされながら、木村が早口で喚き続ける。

「……俺のためなんかじゃ、ないでしょ」

声が震えそうになるのを押さえ込み、俺は言葉を絞り出した。

「本当です! 落ち着いてから、鞄の中身も返すつもりでした!」

「……それなら」

制止を振り払おうとする木村を警戒し、春日原が半歩だけ前に出るのを目の端で見ながら、俺は続けた。

「どうして、鍵を掛け直したんですか」

「え……」

はずみで殺してしまったのなら、すぐに警察に自首すれば良かったのだ。ところが木村は、川崎沙耶花が持っていた合鍵を奪い鍵を掛けた。それは自分から疑いを逸らし、鍵を持っている俺に目を向けさせる工作以外の何物でもない。

「……貴方が好きなのは俺じゃない。俺のことを好きだと思ってる、自分でしょ」

「ちが……」

「……自分を正当化するのに、俺を使わないで」

そのときの俺は、どんな顔をしていたのだろう。木村は絶望にも似た表情を浮かべて、膝から崩れ落ちた。


*****


 木村はその場で手錠を掛けられ、去年の春に俺も乗った警察車輌に、大人しく乗った。

「案外言うじゃねえか」

権藤刑事は乗り込みざまにフンと鼻を鳴らし、初めてまともな笑顔を見せた。

 車が発進し、見えなくなるまで見届けてから、

「……笑っても、怖いね」

「アハハ!」

ぼそりと漏らした俺の言葉に、隣で春日原が笑った。

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