4-2.

 事件が起きたのは三日前。山間部に点在する貸別荘の一つで、人が殺された。

 それも一人ではない。四人だ。通報があったのが夜だった上、前後して多量の雪が降り、除雪が間に合っていなかったことが災いした。天候と山間部という悪条件でヘリなども飛ばせず、結局、翌日の夕方に警察が到着した時には、その別荘に泊まっていた全員が死んでいた。

「ちょっとセンセーショナルなニュースになってますよね」

「こんな事件、滅多にありませんからね……。観光の目玉のスキー客が増える季節ですし、住民からも早く解決してほしいとせっつかれているところです」

「それで、飯島刑事から歌ヶ江さんの噂を聞いて、藁にも縋る思いで聞き込みと偽って浮草まで来たと」

「ううっ」

だから、峰月刑事はスーツなのか。図星を付かれて口ごもりながらも、パンケーキはしっかり口に運んだ。

「実はその後の調査で、最後の被害者と思われる男性がブログをやっていたことがわかったんです。と言っても、身内向けのブログでほとんど閲覧者はいませんでしたし、今は警察の手で非公開になっているので、ニュースにはなっていません」

「そこに、事件のことも書かれていた?」

頷く峰月刑事。

「これが、そのブログ記事のコピーです。……あの、都合が良いことを言っていると思いますが、今日のこと、誰にも言わないでくださいね」

そもそも協力するとも言っていないのだが、春日原が身を乗り出して記事の内容を見ている以上、協力するしかないのだろう。


*****


『十二月十八日 午後三時十九分

 伊積市の貸別荘に、学生時代の友人たちと遊びにきました!

 今日から三日間の予定。有給を使って優雅に羽を伸ばします。

 と言っても、到着して早々に雪が降り始めて、みんな建物の中に籠もっていますが(笑)

 暖炉の火っていいですね。』

そして、窓の外を雪が斜めに走っている写真と、暖炉の写真。ユーザーネームは『ヒロ』となっていた。


『十二月十九日 午後九時五十二分

 こんなことここに書くべきではないと思うけど、誰かに話さないと気が狂いそうなので書きます。

 一緒に遊びに来ていた友人のカナエが、殺されました。

 事故じゃないです。明らかに、誰かに首を絞められて殺されていました。

 でも、ずっと雪が降り続いていたし、外から誰かが来ることは考えにくいんです。

 つまり、残った三人の中の誰かがカナエを殺した?

 もちろん僕ではないから、他の二人のどちらか。

 全員疑心暗鬼になってしまって、カナエの遺体を部屋のベッドに移動した後は、それぞれ自分の部屋に籠もっています。

 警察には連絡したけど、今も降っている雪のせいですぐには来られないらしい。

 もちろん僕たちも山を下りることができません。

 なんでこんなことになっちゃったんだろう。』

今度は暗くなった外を窓越しに写した写真。


『十二月二十日 午前八時六分

 今度はミチカが死んだ。

 朝は一応、三人で朝食を取ることにしてたのに、姿が見えなくて。部屋にもいなくて。

 嫌な予感がしてケンイチと外を探したら、近くの崖下に倒れていました。

 急な崖で、遺体を引き上げに行くこともできない。ごめんミチカ。


 こうなってしまうと、ケンイチが犯人ということになってしまう。

 もちろんケンイチは僕が犯人だと思っているはずです。

 また雪が降り始めた。警察はいつ来るんだろう。』

写真を撮っている余裕もなくなったのか、写真はなかった。


『十二月二十日 午後十二時二十三分

 どうしよう。ケンイチも死んだ。

 キッチンで、ナイフで刺されていた。

 もうこの別荘には僕しか残っていないはずなのに。

 勝手口の鍵が開いていた。外から誰かが入ってきたんだろうか。この雪なのに?

 きっと僕も殺される。怖い。

 本当に、なんでこんなことになっちゃったんだろう。』


*****


 「……」

パンケーキの付け合わせには重すぎる内容を読み終わり顔を上げると、峰月刑事と目が合った。お互いにすぐに逸らしてしまった。春日原は、まだ真剣に読んでいる。

「どうでしょうか……」

「……どう、と言われても……」

とりあえず、こんな死に方はしたくない、という感想しか出てこない。最後の一人になるくらいなら、ひと思いに最初に殺してほしい。

「このブログを書いた方――、ヒロさんは、どのように亡くなっていたんですか?」

いつの間にか読み終えていた春日原が、峰月刑事に訊ねた。

「リビングに倒れていました。ストーブにヤカンが掛かったままで、遺体の近くにカップが落ちていたことから、飲んだコーヒーに毒が入っていたものと思われます」

「なるほど。警察の皆さんは、どうお考えですか?」

「正直なところ、ヒロさんが犯人ではないかと。このブログが発見されることも見越しての自作自演で、服毒自殺をしたのだろうという感じです。なので、その裏付け調査をするのが今の方針です」

「でも、峰月巡査はそう思っていないわけですね?」

「……はい。その、一般の方にこんなことを話すのは良くないと思うのですが」

と前置きして、躊躇いながら自分の首に手を当てた。

「ヒロさんは、こう、首を押さえて、苦しんで亡くなった様子でした。覚悟の自殺をするときに、わざわざ苦しむ方法を選ぶものでしょうか」

「確かに。電車に飛び込むのも海外で銃が使われるのも、練炭や首つりが選ばれるのも、一瞬で死ねるか、苦しまずに死ねると聞いたからという話ですからね」

あっさりとそう言ってのけた春日原に、刑事二人のほうが引いていた。

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