1-5.

 春日原は俺に、自分が予想した犯人の名前を耳打ちすると、

「服と持ち物を見ててください」

と言って、刑事の二人にちょっかいを出しに行った。


 それからすぐに、防犯カメラの映像が用意できたとのことで、俺たちはノートパソコンの前に呼ばれた。

「えーっと、あ、この辺りからです」

映像を早送りしていた飯島刑事が、一時停止を押して、通常速度で再生を始める。俺は春日原に言われた通り、服と持ち物を注視する。

「僕ですね」

カウンターの横を、蛍光水色のパーカーを着た小柄な人影が横切っていった。手には、紺色のシャツと、ベージュのスキニーパンツを持っていたようだった。

「なんだ、地味な色も選ぶんじゃねえか」

権藤刑事が突っ込みを入れる。

「仕事用ですよォ。さすがに蛍光カラーでお客さんのところに行ったら、叱られます」

そのくらいの常識は弁えているらしい。と言うか、さっきちょっかいを出しに行ってからの少しの間に、厳つい顔の刑事と仲良くなっていないか。

「被害者です」

つば広の帽子を目深に被り、マスクをした女性が通った。長い黒髪を一つにまとめ、手には日焼け防止用と思しき黒い手袋。服装は飯島刑事が言っていた通り、ロングカーディガンにブラウス、花柄のフレアスカート。足元はつま先の出た黒いサンダルを履いていた。ハンガーに掛かったワンピースを持ち、カメラから見て向こう側の肩に、A4サイズのトートバッグを掛けていた。

「次が、歌ヶ江さんですね」

飯島刑事が時間を進めると、ジーンズを持った銀髪の男が通り過ぎた。

「わかりやすいなー、どこに行っても目立つでしょ、歌ヶ江さん」

元村が、呆れたように呟いた。

「本当、モデルさんみたいですねえ。いいなあ、僕もあと五センチ……、欲を言えば十センチくらい、身長が欲しかったです」

俺より頭一つ低い元村がおそらく百七十センチくらいで、春日原は更に十センチほど小さい。何しろ、女性の林とほとんど身長が変わらないのだ。

「で、僕が出てきて、歌ヶ江さんも出てくると」

倍速程度で早送りされた画面を、蛍光色の少年と俺が通り過ぎた。春日原は店内へ戻り、俺はレジに商品を乗せた。

「あっ……、私です」

辻木が小さく声を上げた。会計のやりとりをしている俺と林の奥を、女性が通っていった。彼女も帽子を被りマスクをしていて、細身の黒いカーディガンを羽織っていた。幅広で少しくるぶしが見えるスカートのようなシルエットのボトムスに、白いシャツの裾を入れ、ハイウエストで履いている。かかとの低いパンプスを履いていて、小さめの鞄を腕に掛け、手に持っていたのは、Tシャツのようだ。

「何だ、ズボンは買うのやめたのか」

俺がいなくなった後、ポロシャツだけを持ってレジにやってきた春日原を見て、権藤刑事が口を出す。

「履いてみたらイメージと違ったので、戻しました」

よくあることだ。

「これ、俺っすね」

そして、今日とあまり変わらない、シャツとジャケットにクロップドパンツ、スニーカーという格好の元村が、トートバッグを肩に掛け、ジーンズを持って入っていく。

 その後、春日原の会計が終わった林が入って行き、元村と一緒に出てきた。何事か話しながら、元村は画面の外に案内されて行く。

「最後に辻木さんが出てきてレジに向かって、終わりですね。この後しばらく、客足は途切れました」

辻木が歩いて行く姿で一時停止して、飯島刑事が俺たちのほうに向き直った。

「確か一時から、イベントスペースでステージが始まったんですよ。お客さんがいなくなったのは、それでだと思います」

「そうそう、キッズダンスグループのショーやってたんだ。途中からしか見れなかったけど」

元村が、春日原の言葉に頷く。俺も通りすがりに人混みの上から覗き見て、レストラン街に向かったことを思い出した。

「面白かったですよ。ちっちゃいのに、迫力があって」

「春日原くん、混ざれるんじゃない?」

「さすがに、本物に混ざったらバレますよォ」

本物とは。

「春日原さん、何か思い出しました?」

話が逸れていく大学生と外見年齢中学生を、飯島が呼び戻す。

「うーん、すみません、特には……。歌ヶ江さんは、どうです?」

白々しいことを言う。全てわかっているくせに。

「……気になったことなら……」

完全に、俺に任せるということだろう。俺もいい加減、解放されたい。

「気になったこと?」

視線が集まる中、俺は春日原に教えられた犯人の顔を見て、訊ねた。


「……辻木さん。……鞄、どうしたんですか」


「え?」

ずっと不安そうにショールを握りしめていた辻木が、急に名前を呼ばれて目を見開いた。

「……入るとき、小さい鞄、持ってましたよね。……どうして、出てきた時は、エコバッグなんですか」

喋り慣れていないので、要点で噛まないようにゆっくりと話す。俺の指摘に、権藤刑事と飯島刑事が画面を振り返った。

 一時停止された画面に映っていた辻木は確かに、入った時には持っていなかった、大きなナイロンのエコバッグを肩に掛けていた。

「え、ええっと……。服を買った後、食料品売り場に行く予定だったので。大きいバッグを早めに出した、だけです」

視線が集まる中、おどおどと目を泳がせる辻木。

「気になったことって、それだけですか。事件と何の関係が?」

真剣な顔で手帳とペンを握り、メモを取ろうとしていた飯島刑事が、拍子抜けした声で聞き返す。俺は畳みかけた。

「――あの小さい鞄には、貴女の荷物が入らなかったから、じゃないですか」

「荷物が入らなかったって……。どういうことです? まさか、万引き?」

「違います!」

飯島刑事の明後日方向への推測には、辻木は大きめの声で反論した。気弱そうな彼女の大声にうっかり俺も驚いてしまったが、なるべく動揺を悟られないように、いつにも増して無表情を取り繕った。

「……鞄の中身を、入れ替えたんですよね。松田さんのと」

「待った、待った!」

話を進めようとした俺を、権藤刑事が制止した。

「歌ヶ江さんあんた――、松田希美を殺した犯人は、辻木さんだっていうのか」

「っ……!」

権藤刑事の鋭い視線を受けた辻木が、よろけるように一歩下がり、息を呑んだ。

「……私、人を殺してなんか」

「続きを聞かせてもらえますかね、歌ヶ江さん」

辻木の声を遮り、権藤刑事が顎をしゃくる。もし間違っていたらただじゃおかねえぞ、という圧を感じたが、もし間違っていたら、言い出しっぺの春日原になんとかしてもらおう。俺は腹をくくった。

「……俺と春日原くんが、入れ違いになったのは、松田さんじゃない。……辻木さん、だったんだと思います……」

「え? じゃあ、歌ヶ江さんが出て行った後に試着室に入った、このガウチョパンツの辻木さんは」

あのスカートのような幅広のパンツは、ガウチョパンツというのか。いや、今はそんな話はどうでもいい。

「……それが多分、本物の松田さんです。……辻木さんは、試着室の中で待ち伏せて、後から来た松田さんを殺して……。松田さんの服を着て、出てきた」

春日原の次に入ったのが辻木だったなら、被害者と一緒に試着室にいる時間が一番あったのは、間違いなく彼女なのだ。

「そんなことしてません! どこに、私が服を交換したなんて証拠があるんですか!」

辻木が噛みつき、俺の腕に縋った。しかし、もう後戻りは出来ない。

「……靴のサイズが、合わなかったから、かかとを踏んでるんじゃないですか」

再び、画面の彼女に視線が集まる。入った時にはきちんと履いていたのに、出てきた彼女は、突っかけるようにパンプスのかかとを踏んで履いていた。

「っ! いえ、試着室を出てから履き直すつもりで……。ショーを見たくて、急いでいたので……!」

「さっき、食料品売り場に行くって言ったじゃないすか。エコバッグ出す暇あったなら、靴履いたほうが良くない?」

苦しい弁解は、元村が切り捨てた。

「それは……」

フレアスカートの女性の顔は、帽子とマスクで隠れてほとんど見えなかった。辻木が自分だと言った彼女も。それ以外の部分では、二人は背格好も髪の長さも、よく似ていた。――監視カメラの荒い画像では、判別が付かないくらいには。

「辻木さん。しばらく身につけてたものなら、汗とか皮膚とか、探せば何かしら出てくる。あんまり抵抗しないほうがいい」

権藤刑事の言葉に、辻木は青ざめた顔で俺の腕から手を離し、足元に崩れ落ちた。

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