第9回 ギャルと普通っ娘のコンビって萌えるよね

「ド、ドローン!?」

 榎本潤は、思わず声をあげていました。

 そう、彼のすぐそばにある草むらから茂みから、うなりを上げて飛び立った一群の物体は、無人多重回転翼機マルチコプター――いわゆるドローンでした。目印のためか、どの機体も赤く塗装されています。

 すでにおなじみのマシンとはいえ、現物をこんなにも間近に、しかも大量に見たことがなかった潤は、ひたすら目を丸くするばかりでした。そこへマキが、

「そらよっ、これぐらいゲームで扱ったことあるだろ?」

 言うなり、もう一台のコントローラーを投げてよこしたから驚きました。

 え、これは? と目をパチつかせた潤に、マキはさらに言いました。

「おれは……じゃない、赤いのを操作するから、青のはあんたに任せた!」

(へ、なに? 僕に任せたってこれを? それに今たしか「おれ」って……てことはやっぱり?)

 いろんな意味で驚かされながらも、潤は気がつくとコントローラーのレバーを操りだしていました。自分の間近をかすめて一気に飛び立つ青い機体のドローンたち。あまりにとっさのことで、群れをなして乱れ飛びだしたそれらは、互いに衝突しかねないありさまでしたが、

「何してる、あっちだ! おれはあの巫女さんを守るから、君は黒スーツのやつらの相手を頼む。なんでもいい、ぶっつけてやればいいんだよ!」

「わ、わ、わかった」

 潤はもう自分も相手も、女の子としてしゃべっているんだかいないんだかの区別さえつかなくなりながら、機械仕掛けの雄蜂ドローンを操りました。

 最初はできるもんかと思いましたが、マキが奇妙なヘッドセットのようなものを装着しながら、

「ほい、これ着けて」

 同じものを、これも投げてよこしました。潤がわけのわからないままそれをつけると、なぜか空中の青いドローン群とコントローラーを操作する手指の動きが、頭の中のイメージを通じてシンクロし、かなり自由に動かせるようになりました。

 マキの言った通り、赤いドローンは舞台の上に空中停止ホバリングして、巫女姿の中條世梨子を護るように取り囲みます。一方、潤はそこまで巧みではないものの、なおもしつこくお姫様に迫ろうとする男たちに容赦なく機体をぶつけました。

 ほんとは間近をかすめさせるなどして、相手を引き下がらせるつもりだったのですが、そこまで細かい技は使えず、ギャッと叫んで逃げ出したり舞台から派手に転げ落ちたりさせるのがせいぜい。

 あと、たぶんこれは目の錯覚だと思うのですが、何やら赤いしぶきが飛び散ったりしたのにはギョッとさせられました。

(えっ、今のはまさか?)

 と思わずひるんだ潤に、マキは平気な顔で、

「気にしない気にしない、あれについてるローターは人間の体よりはるかに強いからだいじょうぶ!」

 と、あまり不安解消にはならないことを言い、さらなる攻撃を命令するのでした。とにかく夢中で受け持ちのドローン群を操作し続けて、どれぐらいの時間がたったでしょうか。

「よしっ、作戦終了。全機撤収!」

 マキの声にあらためて下界を見れば、すでに全ては終わっていました。侵入者たちはあるいは倒れ、あるいは逃げ散って、舞台の上にはさっきと同じ姿で毅然と立つ中條世梨子の姿があるのみなのでした……。

「やったね!」

「やったやった!」

 潤とマキはにっこりと顔を見かわすと、互いの手と手を打ち鳴らしました。

 そして、そのとき潤は気づいたのです――この風早マキも自分同様、もとは男の子なのだと。そして、これまた自分と同様に何らかの事情で本来の姿と立場を捨てざるを得なくなり、護憲局の証人保護プログラムによって、一人の女子高生として生まれ変わったのだと。

 そこで潤はマキに歩み寄り、思い切って言いました。

「あらためて自己紹介させてよ。学校では榎本ジュンだけど、ほんとは漢字で潤って書くんだ」

「おや、そっちもかい? こっちも本名は風早まき――以後、よろしく!」

 こうして二人の元男子高校生(マキも、もともと高二とのことでした)は、今はともに女子高生として、少年らしい固い握手と少女にふさわしい熱いハグを交わしたのでした。

 片や黒髪ロングのすっぴん普通っ娘、こなた髪を染め化粧も施したギャル。この二人のとりあわせは、おそらくこの神社が創建されて以来の萌える光景となったのでした。


 ――とにかくこうして、榎本潤にとっての最初のミッションが幕を閉じました。

 偶然に巻きこまれた結果そうなったのをそう呼んでいいかは疑問の余地もありますが、とにかくこれで一つの陰謀が粉砕され、憲法擁護局の目的が達せられたのは確かでした。

 その陰謀というのは、小さいながら人々の信仰を天弦神社が、その上部組織である神祇本省から宮司の解職と社格の取り消し、さらには土地建物の召し上げを宣告されたことに始まりました。

 それは帝国会議の差し金で、その目的はそこの娘であり、美貌と高貴さと、そして不思議な力を秘めているという評判の世梨子を政府の広告塔として、あけすけに言えば一種の宗教アイドルとして売り出すのが目的でした。

 それを承知しなければ「社屋」も「社有地」も失うことになるぞと脅されたのですが、事情を知らず、ましてそれが宮司の娘で巫女の口から出たことに気づかなければ、それらが何か会社の土地建物を指しているように錯覚したのもやむを得ないことなのでした。

 そう考えるといろいろ腑に落ちるとともに、かえって解けない疑問もあって、

「じゃあ何、あのときトイレですすり泣きしながら、お父さんらしい人と電話してたのは、君じゃなくて中條さんだったの?」

 神社の境内から俗世間に下った潤は、風早マキにたずねました。二人して入ったファミレスのボックス席でのことでした。

 そう訊かれるなりマキこと風早槙はハア? とあきれ顔になって、

「何を今さらトンチンカンなこと言ってるのさ。あれは、天弦神社の宮司であるおひい様こと中條世梨子の父親が、自分たちの苦境を娘に伝え、でも彼女を犠牲にするつもりはないことを伝える通話だった。それを何で、このおれ――じゃないや、あたしが電話に出てたと思ったのよ」

 いくら二人だきりとはいえ、本物の女子高生たちも多数いてにぎわうファミレスでは、言葉づかいに気をつける必要がありました。

「だって、あのとき僕――」潤はあわてて口を押えると、「いけない、わたしまでつられちゃったじゃない。とにかくこっちは中條さんのことを知らなかったし、個室から出たところでそっちと出くわしたもんだから声の主をまちがえてしまったってわけ。それに……」

「それに?」

 マキがきょとんとして潤の顔を見つめます。その色気と迫力に、潤はついどぎまぎしてしまいながら、

「あのとき風早君が、いや風早さんが――」

「マキでいいよ」と風早マキ。「ていうか、こんなときまで JKになりきらなくってもいいんじゃないのかな。まわり見たけど、みんな、あんま気にしてないと思うよ」

「そう言いたいとこだけど、まだこっちは板についてないから、やっぱり徹底しとこうと思って」

 潤が言うと、風早マキは半ば感心、半ばあきれた顔になりながら、

「まぁいいや。で、『それに』何だって?」

「それに」潤は言いました。「あのときマキちゃんの目元に涙の跡があったから。それで、てっきり――」

 するとマキは「へ?」とびっくり目になり、すぐ笑いながら手を振って、

「ないない、何であたしがあの状況で泣かなきゃならないのさ」

「でも、あのとき確かに……」

 なおも納得できない潤を、マキは「だからないってば、そんなこと」とはぐらかし続けるのでしたが、このときやっとわかったのです。

 あのときあのトイレで、中條世梨子の身辺を見張るというミッションのもと、そっとそばについていたマキは“お姫様“と父との通話を盗み聞きして、彼女の置かれた立場と敵の卑劣さに心を動かされ、それでつい涙をにじませたのだと。こう見えて、マキも意外に人情家なのかもしれない――ということに。

 そして、このとき潤は決意したのでした。

 やっぱり、このまま隠れ住んでいるだけではいやだ。目の前のマキや、憲法擁護局の人たちといっしょに巨大な敵と戦おう。そして、自分と家族を、あのかけがえのない日常を取りもどすのだ――と。

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