第12話 10人目 佐野忠 地図屋と呼ばれた男

佐野忠はぼんやりした頭で異世界人の説明を聞いていた。ここの仕組みを説明してくれているのだが、頭に入らない。もとは彼が説明してほしいと頼んだのだが、いろんなことが気になってダメだ。

「あ、もういいです。やっぱ、混乱しててダメ」

そう言うと立ち上がった。23歳の佐野忠と同じくらいの年齢の女性の姿をした異世界人ふたりはすぐに黙った。

「自由に外に出ていいんですよね?」

佐野が確認すると、異世界人はうなずいた。

「では、私たちは帰ります」

佐野が立ち上がると異世界人たちも立ち上がる。

「どこへ?」

なんとなく訪ねてみた。

「その質問をしたのはあなたが初めてです。私たちもこの街に住んでいます」

「待って。おかしくない? だってみんな同じタイミングであなたがたにあってるわけでしょ? どうやって他の人が同じ質問していないってわかるわけ?」

「私たちは肉体は複数ありますが、生命体としてはひとつです」

「は?」

「地球人に手足や爪や髪の毛があって、それぞれ別々ですが、ひとつの人間であるように、私たちは複数の肉体でひとつの生命体です」

「いや、だって別人でしょ。離れてる」

「物理的には離れていますが、精神はひとつです。ですから全員が同じ記憶、感覚を共有しています。見たものも会話内容もリアルタイムで全員が体験しています」

「一度にそんなことできるの?」

「地球人も息をしながらテレビを観てジュースを飲みんだりします。同時に複数の端末からの情報を処理するのは特別なことではありません」

「そう言われればそうかも。どうでもいいや」

要するにこいつらは違う生き物なのだ。ここには100人の地球人がいるからメンターの異世界人は200人。それがひとりってわけだ。変なの。


マンションを出ると佐野はすぐに中年のおっさんに話しかけられた。

「はじめまして」

昨日までだったら無視だが、さすがにたった100人しかいない地球人だ。無視しにくい。

「どうも」

軽く頭を下げる。

「君、学生? どこから来たの?」

おっさんは作り笑顔で馴れ馴れしく近寄ってくる。なんだ、こいつ。

「僕はさ。東京の調布に住んでたんだけど、なんだか全然実感わかなくて。だって昨日連絡があって、目が覚めたらここだぜ」

暑苦しい。面倒くさい。近寄らないでくれ。

「ごめんなさい」

佐野はもう一度頭を下げると、逃げるようにその場を去った。

「え? ちょっとどうしたの?」

おっさんはしばらく後をついてきたけど、佐野が小走りになるとあきらめた。

息が切れたので立ち止まると、別のヤツが近づいてきた。佐野は無視して歩き出す。誰もいないところまで歩いてやる。そう思って、小一時間も歩くと誰もいなくなった。オフィス街のような一角。人も車もない。

まるで映画を見ているような現実感のなさだ。ちゃんと部屋まで戻れるかな、と思った時、地図がないことに気がついた。この街のどこにも地図がない。街区表示もない。異世界人からもらったスマホをチェックしてもそれらしきものはない。地図があると便利だよな。


その日から佐野は地図を作り始めた。異世界人に地図を作るツールを用意してもらい、スマホで歩きながら描いてゆく。コンビニの場所、住めそうなマンションの場所、入り口のないオフィスビル。ていねいに特徴を書き加えながら埋めていった。


地図は他の転生者が使えるように共有にした。地図は評判よかったようで数日経つと佐野を見かけて挨拶する人が増えた。中には話しかけてくる人やお礼を言う人もいた。話しかけられるのは苦手だが、人に礼を言われるのは悪くない。佐野は地図作りが楽しくなった。


毎日、朝から出かけて日が暮れるまで歩き続けて地図を作った。しかし、この街はしょせん異世界人が100人のためだけに作ったものだ。1週間も経たずに地図は完成した。佐野は街の外の地図も作りたいと思ったが、外に出ることはできなかった。

目で見ると街が続いているように見えるのだが、ある場所まで来ると急に重力が強くなって足を動かしにくくなる。それでも無理に進むことはできるが、先に進むほど重くなり、やがて全く動けなくなる。


「それが街の境界です。そこから先はまだ行けません」

異世界人にはそう言われた。

「あの向こうにはなにがあるんです?」

「私たちの世界です。あなたがたの感覚だと草原が一番近い」

「見たいんですけど」

「ここは異世界です。空気の組成も重力もなにもかも地球と異なります。地球人が棲息できるのはこの街だけです。特殊な装備をすれば外に出ることは可能ですが、おすすめしません」

「でも、あなたたちはふつうに生きてる。つまり、あなたがたの世界も地球に似てるんじゃないんですか?」

「この肉体はこの街でみなさんの相手をするために作りました。本来の私たちの世界では使えない肉体です」

「待って! 意味がわからないんだけど」

「ひとつの生命体が複数の肉体を持つことができます。肉体は必要に応じて増減でき、種類も変えられます。わかりますか? 端末のようなものなのです」

佐野はやっとわかってきた。コンピュータのサーバと端末のような関係なのだろう。では、サーバ=本体はどこにあるどんなものだ?

「本体はどこにあるんです? やっぱり脳みそだけとか?」

「本体はここです。全ての肉体が本体であり、端末です。ひとつだけ肉体があれば生命は維持できます。通常は安全のため複数を同時に使います」

「よくわからないけど、それはもういいや。街の外には出られないんだ。装備を貸してくれないの?」

「宇宙空間のようなものです。装備を点けるだけではなく、トレーニングをしなければ無理です」

「ああ、そうなんだ」

最初はどうしても街の外を見たいと思っていたが、だんだん面倒くさくなってきた。


翌日から佐野は外に出なくなった。1日中、自分の作った地図をながめては悦に入っていた。時折、疑問が湧くと出かけて行って場所を確認する。そんな日々が続いたある日、佐野は地図の確認に出かけた時、女の子から話かけられた。

「地図助かってます。ありがとうございます」

女の子はていねいな口調でそう言うと頭を下げた。かわいい子だし、悪い気はしない。

「でも、なんで地図を造ろうと思ったんですか? 異世界人に頼めばもらえたかもしれないのに」

言われて見ればその通りだ。なぜ、自分で造ろうと思ったのかわからなくなった。

「おもしろそうだったからかな」

思ってもないことをつぶやく。

「変なの」

女の子は笑いながら去って行った。その後ろ姿を見送った時、佐野は無性に虚無を感じた。


気がつくと自分の部屋でロープを首に巻いていた。なぜ急に死にたくなったにかわからない。悲しいとか、つらいとかはない。ただ、苦しくて死にたいと思うだけだ。死んだ後も似たような世界だったら嫌だな。ふとそう思った。

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