聖霊さんは優秀です。異論は認めません。



「その年代まではこの優秀な聖霊さんが送ってあげます。安心して!」


 先生が「安心できるわけがない!」と文句を垂れたが、聖霊さんは聞く耳を持たない。

 そして、ジョーダムの死体は続けて言う。


「1420年のフルールの国へ赴き、人狼を排除することから始めるとよいでしょう。

 とはいえ、気を付けなさい、使徒よ。あの場所は、百年戦争の最中ですから」


 先生がそれを受けて俺に言う。


「百年戦争ねぇ……茶島くんの居た世界の史実でもあった戦争かね?」

「百年戦争……ですか。んー、有ったような無かったような」


 当然、俺は歴史の授業とか真面目に受けてないタイプの生徒である。あったかどうか微妙にわからない。

 百年戦争と言っても、ロボットアニメじゃないからなぁ。


「1420年の頃の百年戦争と言えば、フルールとイングラの争いが主ですかね。有名なフルール菓子はあと一世紀は後ですね……ちょっと残念ですが、バターケーキや揚げ菓子は有るはずです。それで手を打ちましょう」


 と、先生が着ているタマモちんローブが言う。流石である。



 百年戦争と言われてもピンと来ていない俺の様子を見て、先生が言う。


「んー、まぁ、ある程度は僕が知ってるから、良いとしようか。まず客室に荷物の回収。それから茶島くん、一度帰って荷物の準備を……」


 と、そこで先生の言葉を聖霊さんの笑い声が遮り、続けて言う。


「いやいや、使徒とその同行者よ。から。具体的にはあと十秒後。聖霊さんね、忙しい身なの」


 は? 今なんて?


「はい、いーち、にーい、さーん……」

「い、急いで戻ろう! せめてトランクを!!」

「あー! タマモのスイーツブックが!!」

「お、俺も戻るんですか!? いや、もう無理でしょ、十秒じゃ!」


 俺たちは咄嗟に踵を返して、元の客室へ戻ろうと足掻いた。

 まぁ……うん……無駄だよね。解ってる。


「省略して十!!」


 もはや何をするでもなく、ただ聖霊に抗議の言葉を吐いている間に、俺たちの体は、直視できないほど強い光に包まれた。











 目を開けた時には、そこは汽車の車内ではなく、石畳の街中だった。

 石と木材で作られた街並みに、曲がりくねった道。往来する人々のにぎやかな雑踏。

 行きかう人々の人種は様々で、人間、人猫、人兎……あれは爬虫類系だろうか? 色々な人が居る。

 果物を売る露天商や織物を売る露天商、少し離れたところに整った服装の兵士も見える。


 街中を通る風に乗る、かすかに香るパンの香ばしい匂いと……微かな異臭に濃い香水の臭い。

 それらが陽光の中で、人々の生活と共にある。至って平和な、日常の光景だ。

 そんな街中の、ここは路地裏。見上げるほど大きな石造りの城の、その下に広がる城下町の路地裏だ。




 俺たちは有無を言わさずに転移させられていた。文句を言いたくとも、既に事後である。


「おのれ、あのクソ……御う〇ち聖霊め……!」

「タマモの……スイーツの記録が……」


 俺のすぐ傍で、うなだれる少年とローブタマモちんが居る。


「あの……うなだれてるところ悪いんですが、それで、先生、ここからどうしましょ?」


 俺の問いかけに、先生は何とか言葉を絞り出すように言う。


「仕方がない。さっさと『ミッション』を終えよう。

 確か……そう、『人狼の排除』……それが『ミッション』の内容だったね……」






 かくて、この異世界ファンタジアでの、俺の最初の大きな旅が始まった。

 それは、俺にとって忘れ難いものになる……






 かもしれない。






 第一話:白磁の少年、19世紀後半にて、巻き込まれた電車ハイジャックを解決する。


 了



 次回:第二話へ続く……


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