第1章 『はじまりの村のオウガバトル』

新人冒険者ヒチコック、『ハルマゲドン・ゼロ』の世界の扉を開く

第2話 ヒチコック、死織と出会う



「来たぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!」


 その少女は騒々しく雄叫びを上げながら、ログイン・ゲートから飛び出してきた。

 飛び出してきた勢いのまま、つんのめり、すっ転んで、床をゴロゴロ転がり、木製のテーブルとイスを薙ぎ倒してやっと止まる。


「痛ったたたたたたぁ……」


 木の床の上にひっくり返った少女は、お尻をさすりながら立ち上がり、周囲を見回す。

 昼間だというのに、薄暗い店内。古くさい木造建築。太い梁が天井を走り、床も壁も年期の入ったこげ茶色。


 明かり取りの窓から差し込む陽射しで、レトロに照らされる室内は、近世ヨーロッパか、はたまた西部開拓時代のアメリカ。もしくは、ビックサンダー・マウンテンの出発ロビー。

 そんな感じだった。


「うおっ!」少女は興奮してガッツポーズをとる。「酒場! 来たぁぁーーーーーーーっ!」


 入口にはスイング・ドア。奥はハゲ親父の立つカウンター・バー。丸テーブルがいくつかと、頑丈そうな木の椅子。うち一部がなぜか、床の上で派手に倒れている。


 ──テーブルが倒れている!


 彼女は、目をみはり、名探偵のように顎に拳をあてて推理した。


「テーブルとイスが倒れている。とすると、すでに乱闘騒ぎがあったということか?」


「アホかっ!」

 突っ込まれた。


 少女のつぶやきに、奥のカウンターで止まり木に尻を乗せていた美人のお姉さんが、猛烈な突っ込みを入れてきたのだ。


「アホかっ! おまえ、アホなのかっ! いま、お前さんがログイン・ゲートから、カタパルト発進したモビルスーツみたいに飛び出してきて、ゲイザー技みたいに薙ぎ倒したんだろうが。これがボウリングなら見事なストライクだが、ここは『ハルマゲドン・ゼロ』だぜ。とんだお騒がせ屋だ」


 綺麗なお姉さんだった。

 とがった顎と、ふっくらした頬。ぱっちり開いた眼は、かすかに青味を帯びた茶色。人形のように可愛らしく、そのうえ整った顔立ち。ちょっとアイドルの松本七瀬ちゃんに似ている。


 茶髪の三つ編みを輪っかにして、頭の両サイドにまとめていた。

 背が高く、びっくりするくらい胸が大きく、それでいてウエストはきゅっとくびれていて、脚なんか電柱のように長い。いや電柱……。うーん、もっといい表現ないかな。


「どうも、初めまして」さっと前髪をかき上げて、少女は倒れたテーブルに肘をついて寄りかかり、軽く足を組んで見せる。「ぼくは、ヒチコック。新人の冒険者です」


 ふっと口元に王子様の笑みをたたえ、クールな視線でお姉さんを見つめる。


「おう、初めまして」お姉さんは答えると、小さく2本指をぴっと振って挨拶を返してくる。「俺は死織しおり職業ジョブはクレリック。LV7だ」


 死織と名乗ったお姉さんは、止まり木から降りると、かつかつとヒールを鳴らしてヒチコックの方へ歩み寄った。


 赤いチャイナ・ドレスを着ている。ノースリーブで白い腕は全開。腕を上げれば、腋も全開。

 スカートは短く膝上の丈。両サイドにざっくりスリットが入っていて、歩くたびに白い美脚が腿の上までちらちらと覗ける。左胸には、金色のネームプレートで『死織』と刻印されていた。


「ぼくはヒチコックです」

「さっき聞いたよ」

「いま、この世界に来ました」

「見てたから、知ってる」

「まだLV1です」

「当然そうなるな」


「でも、良かった」ヒチコックは、鼻にかかった声でクールに告げると、自分の胸に掌をあてる。「あなたのような美人に、出会えて」

「おまえのそのキャラ、なんのつもりだ?」


「ぼくですか? いやだなぁ、ごらんの通りですよ。まあちょっと、『ラブ・ドラゴニア』のミッチェル少尉は意識してますけどね」


「ミッチェル少尉?」死織は眉間に皴を寄せて首を傾げる。「あのホモ・アニメの?」

「ボーイズ・ラブです!」

「おまえ、金髪で青い目のイケメンのつもりか?」


「ふっ」ヒチコックは苦笑し、一度下げた目線を斜め上にあげ、天井に流し目を送った。「まあ、意識したつもりはないんですが、ミッチェル少尉に似てるって、よく言われるんですよ」


「いや、言われてないだろ。いま来たばかりなんだから……」ちょっと呆れた死織は、死んだ虫でもつつくように、ヒチコックのことを指さした。「おまえの外見、どう見ても、女子中学生だぞ。それ、キャラ・メイク失敗してないか?」

「え?」

 ヒチコックは、きょとんと死織を見上げた。


 死織はちいさく嘆息すると、壁にある鏡を指さす。


 天井近くまである大きな鏡で、端っこのところに掠れた金文字で『テッドの酒場』と描かれたやつ。いまは薄暗い店内の様子をやる気なく映し出している。


 ヒチコックはダッシュで鏡の前に行くと、自分の姿を確認した。

 そして絶叫する。


「NOォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーー!」


 絶望の雄叫びをあげて、ムンクの『叫び』みたいに慟哭する。

 両手をがっと頭に突っ込み、髪の毛を掴む。掴まれた髪の毛が、子犬の耳みたいに立ち上がった。


 大きな鏡の中。

 そこにいたのは、金髪に青い目のイケメン──ミッチェル少尉ではなかった。


 背が低い、やせっぽちの女子中学生。丸顔で、目は小さめ。真っ黒な髪はショートボブ……というより中学生にありがちなオカッパ! 前髪ぱっつん!


 いつもの自分!

 見慣れた自分!

 見飽きた自分!!

 大嫌いな自分だ!!


 ゲームの世界で違和感あるくらい現実感バリバリの、素顔の女子中学生がそこにいた。


「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!!」


「騒々しい奴だなぁ」


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