第4話 悪意の欠片



 エースやミストの本業は何であるか。


 本業ではなく仕事としたなら答えはいくつかあるが、本業とすれば問いの答えはただ一つ、『学生』だ。ならば学生の仕事である勉学に励むことは何もおかしくない。


 迷宮内での魔物掃討の依頼を終えた次の日。まだまだ平日ど真ん中の火曜日である今日も、エースとミストはいつもと変わりない学校への道のりを吞気に歩いていた。


 エースたちの通う魔導士育成学校の敷地は非常に広大で、中学棟、高校棟、教師棟、演習棟がそれぞれ1つずつと学生寮が4つ、同じ敷地内に所狭しどころか所広しと建っている。


 その敷地の、端から端まで行こうとすると軽く10分はかかるほどの道を通り、さらに奥の森の中の小道も抜けた先に、今エースはたちが住んでいる家がある。そのため最短ルートを使えば、生徒が利用する玄関口までは15分近くほどでたどりつける。


 しかしその道を使うとエースたちの住処が敷地内もしくはその近くにあるという予想が簡単に出来てしまうため、やや遠回りのルートで迂回し、今使用している歩いている道へと出るのが常套手段となっている。


 時間に関しても、25分かかる道のりの末、始業時間ギリギリに最終目的地である教室に着くようにあらかじめ計算してしている。


 そうした、あえて近くからなのか遠くからなのかを惑わせるための策などを練っている2人は、今日も揃って始業時間ギリギリに教室に来る。だが、滑り込みセーフを狙わなければならないというほど急ぐ必要があるわけでもない、絶妙にギリギリな時間だ。この絶妙な時間に来るために、2人は入学当初から思考錯誤を続けて、2年ほど前にこの時間に狙って着けるようになった。


 教室に2人が入って来た時の反応は挨拶をする者、忌まわしそうに見る者、自分たちの会話に夢中な者、と様々だ。挨拶をしてくれた人にはきちんと返し、その他は基本触れないというスタンスを保って2人は今日も席に座る。双子ではあるが姓が違う2人の席は現在隣同士なので、少なくとも左右のどちらかから消しゴムが飛んでくることはない。


「エース、今日の予定は?」


「俺は1なしで2限から連続4つ。そっちは?」


「僕も似たようなものかな。ただ僕は5コマ目も空きだよ」


「あーそれいいなぁ」


 2人の会話からもある程度分かるように、この魔導士育成学校では、育成学校ではどの授業を取るか、というのは基本的に生徒に一任されている。最低限取らなければならない授業数と科目だけを確定させておき、残りは自由に選ぶことが出来るようになっているのは、たった4校しかない育成学校が幅広い人材を育成するための工夫なのだ。


 そしてすべての座学、実習が共に専用の教室で行われるため、ホームルーム教室は基本的に出席確認と依頼掲示のためにあるものでしかなく、基本的に始業してすぐに始まる5分ほどの伝達が終わった後はもぬけの殻に近くなる。


 よって、今日も5分間の伝達の後は、基本的には皆フリーになる。そのフリーになった時間を使って、生徒は勉学に励んだり、依頼に出たりするのだ。エースやミストは、今日は依頼ではなく座学や実習を行う日としているので、学校外に出ることは放課後になるまではない。


「あ、そうだ。先に今日食べたいもの聞いとく。何がいい?」


「そうだなぁ……今日はヘルシーにいくか?」


「ヘルシーだともれなく野菜炒めになるけど」


「じゃあ却下」


 このように、他愛ない会話を交わす2人。ここに同じホームルーム教室を使うセレシアが加わった3人で話すこともあるのだが、今日はセレシアがすでに授業へと移動しているため2人となっている。他の生徒は少数が言い伝えに乗っとる形で、大多数がその少数に引っ張られるように極力関わらないようにしているので、他の人は伝達事項がない限りは来ない。


 そして、2人になると高確率で起こる出来事が1つだけある。


「『リオート・シールド』」


 座席に座ったままのエースが右手を窓側に向けると、そこに薄い氷の壁が出現する。それが造作もなく弾いたのは、氷もしくは岩で出来た礫。地面に落ちて数秒も経たないうちに霧散していくことから、それらは魔法によるものであることが分かる。


 向かってきた方向を遡ってみても誰もいないことから、魔法の主はもうすでにその場から逃げ出していたようだ。


「なんとまぁ、意気地なしな人たちだね。面と向かってなら、いくらでも僕たちを殴れるチャンスが来るのに」


「それは反撃なしならの話だろ。対等にやってあんだけボッコボコにしたんだから、面と向かってくるやつなんてそういない。少なくともこのクラスには」


 ミストの吐いた毒と皮肉に、エースが涼しい顔で答える。


 今のエースたちは高等部の2年生。2人が双子の関係であるという事実が明るみに出たのは1年生の秋ごろであり、その直後は執拗な嫌がらせ行為が続いた。最初は小さなものだったものの、次第に大きくなり勉学に支障が出たために見かねた校長が出てきて勝負をセッティング、キレ気味だったエースがミストと共にクラスで嫌がらせをしていた生徒たちとの2対多のバトルで叩きのめすという離れ技を行ったため、それ以降面と向かってエースたちに嫌がらせをする人はいなくなった。


 その代わりに、このような姑息な嫌がらせを行ってくることが増えた。規模が小さいためノーダメージで防ぐことも出来るようになったものの、いつどのタイミングで行われるのかが分からない。2人の時なのかな、と予測を立てた数日後にセレシアと3人で話している最中に狙われた、ということもあったので、現在に至るまで一度も未然防止は出来ていない。


「それもそうだね」


「まぁ、何かあればその都度対処していけばいい。今んとこケガには至ってないわけだし」


 出来ることならば後出しじゃんけんのような形ではなく先に手を打ちたいところではあるが、そういった予防策ではなくあくまでも対処という策を取るのは、自分たちの立場上、この学校内で不必要に揉め事を起こすことはよろしくないからだ。


 自分たちがこの学校で生活を送る上で必要な後ろ盾を失うのは、避けなければならない。そうしないと、これからの人生に大きな支障が出てしまう。


「おーい、フォンバレンにスプラヴィーン、校長がお呼びだぞ」


「校長が?」


「分かりました。今すぐ行きます」


 その大きな支障を回避する代わりに、目をつけられるようなことはしていなくとも、校長に呼ばれることは避けられない2人。自分たちを呼びだした校長の今いそうな場所――教師棟の最上階へと、揃って迷いなく歩いて行くのであった。







* * * * * * *







「おうおう、来たか少年ども」


 生徒たちが学校生活を過ごすのが中学棟や高校棟。


 それとは別に色んな教師がいるのが教師棟であり、そこの最上階の一番奥の部屋が校長室。


 その中にて、光沢を放つ茶塗りの長机を挟んでその向こう側に座っているのが、この学校の校長であり、2人の現在の親代わりとなっているパードレ・ファルシュである。


 性格は大らかというべきか、大ざっぱと言うべきか、細かいことをそこまで気にしない性格である。しかしながら他人への気配りは出来る人間であることから、教師陣からの信頼は厚い。また氷属性魔法の使い手でもあり、エースの魔法の師でもある。


 そして何より好ましいのが、このパードレという人物は差別をしないことだ。忌み嫌われる存在である同い年の兄弟姉妹でさえも常日頃から平等に接し、この学校に入れている。そのため差別を日常的にしている生徒はともかく、その他の多数の生徒からは好まれている。エースやミストが信頼しているのも、そういう部分があるからである。


「来ましたけども、何ですか」


「まーそう構えずに。ここ最近ろくに話もしてないだろう」


「それはそうですけども僕らこの時間しか空きないんで、そこんとこはよろしくお願いします」


「む、そうか。しょうがねえなぁ。なら要件だけでも話しておこう」


 ミストが早く話すように促すと、色々と話したかったのか、パードレの顔には名残惜しさのようなものが浮かんでいた、だが時間は有限であり、有効に使わねばあっという間になくなってしまう。


 普段はただの気のいいおっさんであるとはいえ、大陸に4校しかない魔導士育成学校のうちの1つの校長を務めるような人物であることに違いはない。時間の有限性を理解し、パードレの話はすぐに要件へと移った。


「率直に聞くが……お前らはここ最近、この近辺で生徒が襲われた、という話は聞いたことあるか? もしかしたら誰かから話がいっているかもしれん」


 その口から低く威厳を感じさせる声で語られた話は、聞いただけでその異様さを漂わせるものだった。姿勢を正して聞いていた2人は語られた初耳の情報に関しての問いに、否定の意を示すべく首を横に振る。


「いや、全く」


「そうか。まぁ、まだ噂話程度でしかないからな。だが、お前らも気をつけておけよ。噂によると何件か依頼帰りの奴らが襲われたらしいからな。幸い重傷者はまだ出てないが、これから出ない、ということにはなり得んからな」


 パードレが真剣な表情で言うこともあり、エースとミストは聞き入るように彼の話を聞いている。彼が真剣な顔になるというのは、それだけ大変なことが起こっているということの証明になり得るくらい、珍しいことなのだ。


「お前らの実力でやられることはそうないだろうが、かと言って知っておいて損はない話だ。お前らが悪いわけじゃないが恨みつらみでこれから標的になるかもしれんし、見かけるかもしれん。もし見つけたら報告を頼む」


「分かりました」


 自分たちにもかかるかもしれない火の粉の発生源は、パードレの言うようにもちろんエースとミストが好んで作った恨みではない。生まれた時から望まずともついてきてしまう、いわば呪いのようなものだ。


 それ故に、自分たちに一切非がなくとも、降りかかる可能性はゼロにならない。それは自分たちが一番よく知っている。


「そしてもう1つ、これは校長としての俺からの依頼という形をとらせてもらう。内容は、可能ならその人物の捕縛を頼みたい、ということだ」


「また急ですね」


「何かあったんですか?」


 追加される形で言われたパードレからの捕縛依頼。その背景を勘ぐろうと、2人はすぐさま聞き返す。話をした時点で何かしらあるということを考えるのはそう難しいことではない。


 だがそれは内容を聞かなくともよい、ということとイコールではない。


「いや、逆だ。俺としては重傷者が出る前に手を打ちたい。とりあえず、俺はこの事件をうちの生徒によるものだと考えている」


「それは何故?」


「現時点までの話になるが、うちの生徒しか狙われていないからだ。それも、その日に依頼から帰ってくる生徒ばかり。もし犯人がうちの関係者でないなら、これまでに帰宅途中の生徒が1人くらい狙われていてもおかしくないからな。この共通点は偶然とは考えにくい」


「なるほど」


 パードレの語る理由に、エースとミストは揃って頷く。


 確かに、この学校の生徒の中でその日に依頼から返ってくる人だけを襲う、となれば同じ生徒による反抗と考えることが出来る。教師は依頼を受けたかそうでないかという情報しか知らないこともあり、犯人の候補からは外れずとも可能性は低いため、生徒が犯人である、というのが現時点でのパードレの結論なのだろう。そして、その対処を自分たちに頼んだ、と。


 そこまで考えたところで、エースの脳内に新たな疑問が浮かぶ。即座に解決すべく、エースはその疑問を口にした。


「しかし、それなら校長が動けばいいのでは?」


「もちろんそれが出来るならいいが、普段ふらっとしている俺が急にそういう捜査をし始めたら怪しまれかねんからな。その分生徒であるお前らの方が色々と融通が利く。まぁ、可能ならば捕まえてくれってだけだ。無理に命賭けてまで捕まえろとは言わん」


 結局のところ、パードレは捕まえることそのものよりも情報収集を優先させたい、そのためには自分がコソコソと嗅ぎまわるよりも生徒である2人に任せた方が情報が入ってきやすい、ということらしい。


「とりあえず、最低限情報は集めて報告、可能ならば捕縛、ということでよろしいですか?」


 ミストがその場のやりとりを綺麗にまとめて簡潔に言うと、パードレはその反応に満足したのかひげ面のやや強面に笑みを浮かべて頷いた。


「うむ、そういうことだ。よろしく頼む」


「分かりました」


 エースとミストが揃って首を縦に振る。自分たちも被害者になり得る事柄であるが故に、縦以外に振る方向は見つからない。危険を前もって排除しておくことは生きていく上では大事だ。


「今回話したかったことは以上だ。質問はあるか?」


「いえ、特には」


「なら、また何か疑問があれば言いに来てくれ。頑張れよ、2人とも」


 校長としての発言の最後に、少しだけ付け加えられた父親としての言葉。2人はそれに生徒ではなく息子としての反応として子供のような笑顔を返した後、校長室の扉を閉めた。


「また厄介事が増えそうだ」


「だね」


 揃って少しぼやきながらも、これからの授業に備えて高校棟へと戻っていく2人であった。

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