解体された少年は玩具の臓器に夢を見るか

遠森 倖

プロローグ

プロローグ

 大輪の花束。

 もしくは片付けかけの玩具箱。青年はそれを見下ろしながらそんな感想を抱いた。

 地面に倒れた泥だらけの少年の腹部から、ビビットカラーのチューブやブロック、バルーンが飛び出している。

 最初こいつは腹に何を乗せて遊んでいるのかと思ったが、良く見ればそうじゃなく、文字通り腹からそれらが溢れはみ出ているのだと気付く。血は殆ど雨に洗われ、石畳の隙間を流れて行っていたので一見して何かわからなかったのだ。

 ああ、なんて気持ち悪い。爪先で辛うじて覗く少年の白い脇腹をつつくと、ピクリとその刺激に少年が反応した。青年は驚いて僅かに目を細める。

「なんだ、まだ死んでいないのか」

 その感想に、青年は知らず口元に皮肉な笑いを浮かべていた。まさに、どの口で言っているのかというように。

 霧雨が青年の髪を濡らす。水を含んだ焦げ色の髪は、すっかりワックスが溶け落ちてすて野良犬のように情けなく垂れ下がっている。頑丈さだけが取り柄の軍用コートも、いつの間にかしっとりと重みを増していた。

 曇った夜空の下、灰色が支配するくすんだ町並み。唯一車底に穴を開けずに走れるという意味ではメインストリートと呼べるこの大通りにも、終戦直後の燃料不足のご時勢では車など全く見当たらない。静かに沈む夜の町の上にかかる月が、冴え冴えとした光でもって細かな飛沫に濡れる少年の曝け出された中身を艶やかに浮かび上がらせている。

 その正体を青年は知っていた。人の手によって製作された人工臓器。我が国のお家芸。入り組んだパーツが組み合わさり、命を繋ぐ工業製品だ。胃は緑色、膵臓は紫、肺はピンク――――それらがキャンディーカラーに染められているのは、医者が取り違えないようにとユニバーサルに規格化されているためだ。毒々しささえ感じさせる。駄菓子のような生命維持装置。

「なあお前、自分の身体、どこにやったんだよ?」

 命が尽きかけているのか、少年の目は開いているもののその焦点は結ばれず、返事をすることも無い。活き活きと腹の上で輝く人工物の艶に反して、泥水に塗れた少年の顔のなんと惨めな事か。汚泥に浮かぶ美しい蓮の花。まるで、彼のほうが付属品のようだ。

 こんなもの放っておいて早く帰らないと――だが青年の瞳は、動かない少年の体から溢れた人工臓器の中の一つに釘付けになっていた。

ジ――ッ、カッション、ジ――ッ、カッション――

微かに振動しながら脈打つ動きその動きから、青年は目が離せない。

 それは余りに稚拙な造りの、金属製の螺子撒き式の心臓だった。もはや骨董品ともいえる旧式だ。

 しかも最悪なことに、その心臓は彼の身体に合っていなかった。まだ十にもならない少年に拡縮機能もない大人用の旧式パーツを繋いだようで、それが間違ったパズルピースとなり、全ての内臓が体内に納まりきらない原因となっているようだった。

ジ――ッ、カッション――――ジ――ッ――――カッション――

 間隔は広く、だが規則正しく。健気に機械式の心臓が少年の残り少ない血液を運ぼうと稼働している。

「…………」

 次第に弱くなる鼓動を、青年の暗紅色の瞳が爛々と光りながら見つめている。

 気付けば青年の空いた手が、少年の紛い物の心臓に伸ばされていた。指が触れるか触れないかのところで、はっと青年は我に返る。

「落ち着け……こいつは放って置いても死ぬ」 

 青年は深呼吸を一つして心を落ち着かせると、せめて少年の最期位は看取ってやろうと、汚れるのも構わずに片膝を突いて少年の上に上半身を傾かせた。傘など持っていなかったのでせめてもの雨よけにと考えての行動だったが、結果として月明かりを遮ったその黒い影が少年の意識を刺激し、揺り戻す。

「……?」

 少年の金色の瞳が瞬いた。目に僅かに取り戻した光が、暗い夜空に光る淡い月のように綺麗だった。

「何か、最期に伝えたいことはあるか?」

 青年は儀礼的に、事務的に、少年に声をかける。

 慣れたものだった。戦場で何百回と同じ事をし過ぎて、伝えるどころか忘れてしまった言葉のほうが多い。

「……」

 少年の口が微かに開き、震える声帯から小さな声が、絞り出された。


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