第四話

あの男が私に覆いかぶさってきた時、私の未来は終わったと諦めた。


今まで、失望は散々繰り返してきた。


いつも、私はひとりぼっち。



私には親の記憶がない。


気がついたら一人。


親の暖かさを感じた事はない。


気がつけば暗い中、ほんの少しの固いパンと冷たいスープを食べ、洞穴のような場所で鞭に打たれながら働く日々。


私の他にも同じくらいの年の子が何人もいたけど…

その子達はいつも、

親を怨み、

鞭打つ大人を怨み、

自分を救ってくれない神や境遇を怨みながら倒れ、

そしてその姿を見せる事はなかった。


それに関しては私は恵まれていたかもしれない。


私は、この世に神などいない。

いれば、私のように

鞭を打たれ働かされる子も

寒さや飢えに苦しむ子も

いるはずがないって思うから。


自分にいたはずの親の暖かさも知らず

周りの子が鳴きながら叫んでいた愛情の深さも知らない。

ただ、日々空腹や痛みに耐え、ひたすら時が過ぎ去るのを待つだけ。


今日を生きていくのが精一杯

終わりの見えない苦痛がただ続くだけ

希望や夢では飢えは満たせない

ただ諦めるしかなかった。


そんな灰色の景色で周りの子が倒れていく中、

次は私ではないかといつも思っていた


けど、獣人である私は他の子より丈夫だったらしく、

同じ事の繰り返しの中、気が付けば時は経ち

体はすっかり大人になってしまった。


体が大きくなった私は鉱山で働くことが出来なくなった。

狭い洞窟に入れなくなった私に周りの大人は私を売り渡したらしい。

私の前で札束を数えている大人がとても気持ち悪いものに見えた。


そんな私に与えられた次の仕事は、貴族様の狩りの手伝い。

貴族様の前に出るのだからと、何もわからないまま小さい部屋に押し込まれ、鞭を持った男に叩かれながら言葉遣いからはじまり、算術や地理、礼儀作法を文字通り叩き込まれた。


混乱した頭が元に戻らないまま、今度は獣追いかけるからと剣や弓を叩き込まれる。心も体もボロボロになりながらも、周りの大人はお金のために私を生かし続ける。ここでも鞭 鞭 鞭の繰り返し。


教育が終わったと言われ連れていかれた先で、私は生き物を殺し続けた。


獣を追いかけ殺し

首筋にナイフを突き立てるたびに

生き物の弾力を感じながら血を浴びる


無駄に命を奪う事が私の仕事になっていた


私は一部の大人のために無駄に命を奪うために生きていたのか?

刃を突き立て、貴族様に下賎の者と笑われるために生きていたのか?


そんな事を苦痛や空腹に耐えながら感じていた。


無駄に命を奪っている私には明日の希望はない。


そしていつの間にか、死ぬ事が自分の救いと思うようになっていった。


そんなある日。

狩場で控えていた私に貴族の男が覆いかぶさってきた。

発情したのか私の頬を殴り、ナイフを片手に私の服を強引に剥ぎ取ろうとしているのを客観的に見ていた。


目の前の男が過去にも同じような事をしていたという事を聞いたことがある。

事後襲われた奴隷の姿を見ていない。

つまりそのまま殺され捨てられたという事であろうと思う。


ただ私は少し安堵していた。


やっと死という終わりが来たと思った。


飽きたら捨てる男の事。


あと少しだけ我慢すれば

苦痛のあとに来る苦痛のあとに終わりが来るのだろう

ようやくこの苦痛の日々に終わりが来る


そうと思ったけど、世は無情なもの。


気が付けば時が止まり、私の目の前には白いローブ姿の女性が立っていた。


金色の髪

背中には羽が生え

頭には光り輝く輪

これが周りの人達が「女神さま」と呼んでるモノだろうと思った。


周りの時が止まっている事や、目の前の綺麗なものに戸惑っていると、目の前の綺麗なモノは私に向かって語りかける。


「あなたがここにいるのは間違いです。あなたの人生はこれから光り輝くものでなければなりません」


「このような場所でこのような男に汚され、明日の夢を見ることもなく、生きることを諦めながら、この世からいなくなるという諦めの気持ちを捨て、光り輝くもとに向かわなければなりません。その時が来るまで、しばしお休みなさい」


次の瞬間。

私の体は 自分の意思とは関係なく徐々に固くなっていく。


手も足も動かなくなり、自分というものがなくなっていく感覚に襲われる。


微笑む綺麗なモノが視界から消え、徐々に周りが暗くなり、そして闇が私を覆いかぶさる。


闇が全てを覆う中、手も足も唇や目も動かなくなった。


自決することも出来ず、ただ時が経つのを待つばかり。



神様と言うものは、私に死と言う終わりも与えてくれないのか!!


永遠に続く拘束の中、忘れかけていた怒りと言う感情が沸き立った時。


気が付いたら、私はとても暖かい場所にいた。



見えない、聞こえない、体も動かない。


けど、感じる事は出来た。


私が夢見た事のある『家庭』の暖かさ。


男の人と女の人が何か話していて、気が付いたら私の体は暖かい腕に抱かれた。


そして、何か温かいものに包まれた後、


「少し痛いかもしれないけど体を拭くね。疲れてるのかな?ゆっくりお休みなさい」


と言われた気がした。


女の人の温かい手で、暖かい布で体拭かれ、すっかり冷たくなってしまった私の体が少しずつ暖かくなってきたように思えた。


ここがどこだか分からない。


分からないけど、何か温かいものを感じた。


もしかしたら、これが『家庭』というものなのかもしれない。


お父さんとお母さんがいて、子供がいて、一つの暖かい部屋に集まり、温かいご飯を食べて今日あった事を話す。


そんな、今まで私にはなかった温かい経験がここにあるのではないか?と、顔はみえないけど存在を感じてる、男の人と女の人から感じ、私はこの二人に身を預けた。


しばらくして、そろそろおやすみなさい と男の人の言葉で、女の人が離れたように思えた。


正直に言うと、私の隣に知らない男の人が一人だけ立つというのは、とても怖いと思ったのだけど、男の人は


『ごめんな、今、カミサン寝かしてあげないと可哀想だし辛いから。俺はお前さんに怖いことはしない。お願いだから見守らせてくれよ』


と声が聞こえ、少しほっとした。


私の額に冷たいタオルが置かれ、少しするとその冷たいものがなくなり、また冷たいものが乗っかる。


それらが定期的に続くのを感じながら、男の人がたまに話すのを聞いていた。


『こんなに色々な傷がついて…お前さんも辛い思いしてたんだな。せめてここにいる間だけでもあったかいものを食べて、色々な楽しい所に行って、俺らと楽しいことができるといいんだけどな』


『目を開けて元気な顔を見せてくれるといいんだけどな』


『元気になったら、どこか楽しいところに出かけようか? あ、 ま、まぁ、俺はお前さんの身内でもないんだけど』


『何言ってるんだろうな俺? まるでお前さんの父ちゃんみたいだな』


そんな声が聞こえてきて、私は少し嬉しくなった。


見ず知らずの私に向かって、そんな声をかけてくれた人など、今まで誰もいなかったからだ。


しばらくすると、その男の人の姿も、消えたり戻ったりを繰り返すようになった。


それを感じるたびに私は怖くなった。


この暖かい雰囲気がすべて夢ではないかと思うようになったのだ。


今感じているこの温かい気持ちが夢であって、夢から覚めたら、またあのくらい生活に戻るのか?


時が止まった後、あの男に襲われ、私は明日を見る見ないまま世からいなくなってしまうのではないか?


そう思ったら怖くて怖くて、思わず何かにしがみついたら、私は男の人の何かを掴んでいたらしい。


男の人はしばらくしてから、私の頭を優しく撫で、


『大丈夫大丈夫、父ちゃんここにいるからな安心してゆっくりおやすみ』


そう言ってくれた男の人の声に、私は涙が止まらなかった。


自分の体は動かないが、私の目から温かいものが流れていくのを感じ、私にもまだこんな感情が残っていたのか?と驚いた。


もし、私に 父親 母親 二人の記憶が残っていたのであれば、おそらく私の頭を撫でたその温かい大きい手の記憶は絶対忘れなかったのだろうと思う。


その温かい存在感を感じ、私も少しは明日への希望というものが感じられたのかもしれない。


できることであれば、この暖かい場所で、この温かい人達と何気ない話をして、何気ない生活送り、そして、その何気ないひとときに幸せを感じながら生きていきたい。私が生きていてもいいんだ!という気持ちを持ちたい。


そう思いながら、私の記憶は徐々に徐々に夢の中に消えていった。


私が次に起きる時はどこにいるのだろうか?


できることなら、この暖かい場所で目を覚ましたい。そして男の人と女の人の前で暖かさを感じさせてくれたことを、ありがたく思ったことを伝えたい。


この世に本当に神様がいるものなら、最後にこの夢くらい叶えて欲しい!と強く願いながら、ふたたび私は夢に呑み込まれて行ったのだ。

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