第9話

俺たちは目の前の光景に呆然となり暫く動けなかった。

女は幽鬼のように髪を揺らめかせこちらを見た。


「あらあら、まあまあ新しい子かしら?でもこんなガキじゃ面白くないわね」

女は期待するようなまた呆れたような声を出す。


「まあそれでもいいです、どうせこれじゃお遊びにもならなかったわけですし」

そう言って腕を軽く振り上げた。


ペルマディおじさんの体は易々と宙に上がり壊れた人形のように地面に叩きつけられた。

いや叩きつけられる直前に俺が受け止めた。


予想していなかった俺の俊敏な動きに女が一瞬動きを止めた。


ほんの刹那、だがその隙をレノアは逃さない。

瞬時に魔力で剣を生成し神速の突きを女の胸めがけ放つ。

その目にはありありと怒りの炎が宿っていた。


女は動かない。

ただ自分に迫る剣先を見て艶然と笑みをうかべている。


動かない女に一直線に剣が吸い込まれていく。

だがその刃は届かない。

寸前で女のものとは別の手によって止められていた。


鋭い爪に毛むくじゃらの手。

女の後ろに控えていたモンスターのうちの一体、アワルベアーがレノアの攻撃を受け止めていた。


アワルベアーは危険度C級、氷大鬼アイスオーガと同格の強力なモンスターだ。

まだ後ろにいる魔物もみなD級を超えている。C級に至っているのは見える限り二体だがどう考えても手に負えるレベルではない。

レノアの攻撃もアワルベアーの手に深く突き刺さっているが貫通には至っていない。


「驚いたわ。こんな辺境な村にそんな動きができる子がいるなんて。ふふふっ、只者じゃないってことね」

全く驚いて無いような声で女は言う。


「けど、私のかわいい子達相手にどこまで戦えるかしらねぇ?」

そう言葉が発せられると同時、控えていた魔物が一斉に襲いかかってきた。


「アトラス」

レノアがどこまでも静かな声で俺の名を呼んだ。

その眼は眼前の魔物ではなくただひたすら父を貫いた女を見ていた。その冷たい瞳はどこか大戦の時のレノアを彷彿とさせた。


「すまない。少しの間奴らを食い止めてくれ」

俺はそれだけ言いペルマディおじさんを抱え、父さん達が避難している場所まで後退した。


神聖第七上法七重聖域結界《セプトミクァージェ》」

レノアを除くこの場にいる村人全員が結界に包まれた。

治癒効果のある多重結界だ。

この結界によりこの場は聖域と化し、範囲内にいるものに治癒の加護を与える。

七重まで重ねがけしたこの結界は早々は破れない。


「アトラス・・・、ペルマディは?」

背後にいる父さんが俺に問いかけた。

俺は静かに首を振る。


父さんもかなり怪我はしているが一つ一つの傷はそこまで重傷ではない。結界内にいれば問題ないだろう

だがペルマディ おじさんをの傷だけは別だ。

肺を貫通し重要な血管をいくつも損傷している。

明らかな致命傷だ。

何よりも問題なのは呪いをかけられていることだ。

おそらくあの女の仕業であろう高度な術式を組まれており、普通の回復魔法をかけたとしても傷が回復しない。

苦い思いが思考を塗り潰す。


今の俺では直すことができない。

そう今の俺では・・・・


唇を噛み覚悟を決めた。

隠し通してきた切り札を切る覚悟を・・・


俺は立ち上がり虚空へと手を伸ばす。


『・・・我が手に顕現せよ、創聖剣ヴェルエトナ!その権能を持って人々に救済を与え給え!』


その言葉と共に聖なる剣が顕現した。

神々しい輝きを放ち膨大な魔力を秘めるその剣を俺は迷うことなく掴んだ。


聖剣を覆う眩い光がガラスのように砕け散りその姿が露わになった。


神の力を持つその剣に呼応するように剣を握る手の甲には勇者を示す翡翠色の紋様が刻まれた。


かつての力には程遠いが再び勇者の力が戻った。

当然纏う気配は先程までのものとはまるで違う。


「アトラス・・・なのか・・?」

父さんの不安そうな声が背後で響いた。


「大丈夫だよ、父さん。少しの間だけ危険だからそこで待っててくれ」

安心させるように微笑みを返し俺はペルマディおじさんへと向き直った。


第八聖護世印ケデダタエム

聖剣を翳しそう唱えた。

剣から夥しい量の魔力が溢れ出し空中にいくつもの魔法陣を描く。


「命あるものに聖者の加護を与え給え」

魔力に共鳴するようにペルマディおじさんの体が淡く発光しだす。

光は傷口に強く集まりその魔力に込められた癒しの加護を与える。


「まさか・・神聖魔法なのか・・・?」


愕然とした父さんの声が聞こえる。


それもそうだと内心苦笑する。

神聖魔法は光魔法の上位魔法。

そう簡単に会得できるようなものではない。


聖なる魔力がペルマディおじさんにかかった呪いを打ち砕き傷を癒す。


だが後少しで完全に傷が癒えるという時、俺の体に異常が起きた。

視界がぐらつき全身に倦怠感を覚える。

魔力の過剰使用による典型的な魔力酔いだ。


地面に聖剣を突き刺しふらつく体をなんとか立て直す。


だがペルマディおじさんにかかっていた加護は外れ光が霧散した。


「はぁはぁ・・・。なんとか間に合ったか・・・」

間一髪、ペルマディおじさんの怪我はぎりぎりで完治していた。

おじさんの治療はこれで大丈夫だ。


本当はすぐにでもレノアに加勢に行かなければならない。


けどレノアの援護に戻る前にやらなければならないことがあった。


俺は父さんを振り返った。

父さんは俺を見つめたまま立ち尽くしている。


そりゃそうだ。

自分の息子がいきなり別人みたいになってしまえば誰だってそうなる。


次に自分が発しようとしている言葉を考え、辛い気持ちになる。


けれど言わなければなるまい。


俺は父さんと向かい合う。

「・・・すまない父さん。これまで騙していて悪かったと思っている」

決意を固め振り絞るように言葉を紡いだ。

「迷惑をかけていた・・・。今までありがとう」


それだけ言いレノアに加勢するため結界を出ようとする。


けれど俺に向かって振り抜かれた拳に遮られた。

「・・・アトラス。お前達が昔から俺たちになにかを隠していたのは気づいていた」


尻餅をつき呆然とする俺に父さんは言葉を重ねる。

「お前は賢い子だ、だからこそ俺たちには知られたくないと思うことがあれば深入りはしないと決めていた。だがお前は俺の息子だ、お前が何者でもそれは絶対変わらない」


だから、と

「なにも気にすることはない。お前は誇りを持って自分の成すことを為せ。俺もできる限りのことをしよう」


目尻が熱くなった。頰を伝うものはきっと安堵によるものなのだろう。

俺はきっと前世の記憶があるせいで心の何処かではリューデルを父と認められていなかったのかもしれない。


しかしそんな思いももう吹き飛んだ。

一万年前、俺は願った。

もう誰一人失いたくないと。

今度こそレノアと共にその願いを叶えてみせる。


「ありがとう父さん」


「村は絶対俺たちが守る。ペルマディおじさんももう大丈夫だ。だから父さん達は避難して待っててくれ」


そう言い今度こそ父さんに背を向けた。


父さんは何か言いたげな表情ではなったが、自分では足手まといになってしまうとわかっていたのだろう。ペルマディおじさんを抱え母さん達の方へと向かっていった。


***


俺は父さんを見送ると結界の外へ一歩踏み出しす。


白く外界を隔てている結界を抜けるといきなり目の前に吹き飛んでくるレノアの姿が見えた。

片手で受け止めて追撃に備えて構えを取る。


だが仕掛けてくるものはいなかった。皆俺が変貌ぶりに警戒心を示し距離を置いていた。


「悪いレノア、遅くなっちまった。大丈夫だったか?」

傷だらけで横に立つレノアにそう問いかける。


「このくらい問題ない。妾より父上はどうした?・・・・いやその様子じゃ問題なさそうじゃな」

回復魔法を使用し体の傷を治しながらそう零す。


「よくあの量の魔物を捌けたな」

ボロボロではあるが俺の結界が破られなかったということは全てレノアが食い止めていたということだ。


「流石の妾でもあの量に一気に押し寄せられたらこの程度じゃ済まん。あの女の妾で遊んで楽しんでおったのじゃ」

レノアが怒りを露わに歯をくいしばる


「でも好都合だっただろう?」


そう言うと途端に危険な笑みを浮かべ、

「ああ、そうじゃな。奴らがちまちま戦ってくれたおかげでやっと術式が完成したところじゃ。妾を舐めてかかったこと冥府で後悔させてやろう」


凄絶に微笑みを浮かべを虚空に翳す。

『我が呼びかけに応え舞戻れ、灰魔剣ゼフォード。立ちはだかる愚者を切り裂き、全てを灰と化せ』


聖剣同じように空間を超え魔剣が現れた。

漆黒の繭のような鞘に収まっているその剣を引き抜くと闇色の剣身が露わとなった。


見るものを吸い込んでしまうような暗黒の剣。

正しく所有者の手に渡ったそれは聖剣に勝るとも劣らない輝きを放っていた



「さぁ、ここからが本当の戦いじゃ。貴様らに真の戦というものをその身をもって教えてやろう」


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