勇者と魔王の転生譚

橋民レイカ

第1話

勇者と魔王の転生譚



魔王城最奥


そこで生きているのは二人だけ。

無数の屍に囲まれて、《勇者》と《魔王》は互いに剣を向けあっている。


「結局、最期はこうなっちまうのか... なんで、どうして、どこで俺たちは間違えた?」


「間違えてはおらんよ。ただ妾が魔王であり、また主が勇者であっただけのこと。そうやって世界はまわり続けている、わかっていたことではないのか?」


剣を持つ手は震えていた。


「それでも! そんな世界だったとしても俺はお前と一緒に生きたかった。ただそれだけで良かったのに!」


「なにもかも遅いのじゃ。妾とて出来るならばお主とともにいたかった。だがそれすらももう許されない。」


こんな時だっていうのに、あいつの言葉は淡々としている。


だが俺にはわかる。言葉は努めて冷静にしているが、あいつから漏れ出ている魔力はずっと揺れている。

俺もきっとそうなのだろう。


俺たちは、勇者と魔王として生まれ育ってきた。

いつかお互いを殺しあう聖戦の時のために、力を高めてきた。




だが出会うべきではなかったのだ。


いつか殺す相手だと教えて来られていた魔王と恋をしてしまった。


叶うはずのない、許されはずのない、苦しいだけの甘い感情を俺たちは抱いた。


俺たちは、人間の国と魔王率いる魔族や魔物達が起こす、聖戦を止めようとありとあらゆる手を打って今日まで過ごしてきた。


たとえどんな汚い手であっても、可能性がそこにあるならいくらでも使ってきた。

魔王とて同じだ。


それでも聖戦は止められなかった、運命を覆すことが出来なかった。


聖戦は終わらない、もう止められない。


勇者である俺には人々を守る義務があったし、魔王にも自ら軍を守る責任があった。


どちらかが戦いに参加しなくなれば情勢は一変してしまう。


「人と魔族の憎しみが消えることはない。お主の家族を殺したのも、師を殺したのも魔族であろう?」


「お前の親友を、大切な弟子や配下を殺したのもまた人間だった」


「そうだな、皆等しく傷ついた。」


もう誰から始まったかもわからない。

どちらかが最初に傷つけられた、傷つけられた方は報復に走った。


それが何十年、何百年も繰り返された。

今更どうにかなるなんてどちらも心の底では思えていなかった。


人間にも魔族にだって戦争を望まないものはいた。

それでも簡単に復讐の炎は消えやしない。


自分達の利益の為だけに争いの種を撒く貴族や王族もいた。


勇者だろうと魔王だろうとそれら全てを抑えこめやしない。


「だからこそ、妾達の命で終わりにしようではないか。」



「っ、ああ、わかってるさ」


向かい合う二人は、剣を振り上げ軽く打ち合った。


キンッ

二人の持つ聖剣と魔剣が合わさる。


それにその響きに呼応するように、剣の触れ合う場所から眩いばかりの光が溢れた。


「これは聖戦を終わらせる為の本当に最終手段だったんだがな..」


「今更じゃろ」


俺が苦い顔をして言った言葉をあいつは朗らかに笑い飛ばした。


膨大な魔力が渦を巻き、互いの姿が変化する。


魔王は闇より深い漆黒の瞳と髪に、俺は透き通るような白い髪と薄い銀の瞳に。


魔王には一本の角が、俺には勇者の紋章が額に浮かびあがった。


闇の衣と光の衣をそれぞれ纏う。


これが覚醒した勇者、そして魔王の本来の姿。


光は俺たちを囲み、二人の間に一条の光が引かれた。


地平線の彼方まで続く光だ。

俺たちのいる魔王城は魔王を守る為のものであるにもかかわらず、人と魔族の住む世界の境界に位置する。


魔王曰く、こちら側に攻められないようにするための砦として機能しているらしい。


確かに、人類は魔王がそこに居ることによって攻めあぐねていた。


今の俺たちにはとってはとても都合が良い。

魔王はこうなることがわかっていたのかもしれない。


発動させた魔法は次元魔法だ。


それも膨大な魔力を持つ魔王と勇者おれたちが使えば、絶対的な強制力を持たせることができる大魔法である。


効果は二つ。

一つは世界の隔絶。

魔族と人間、それぞれの世界をつなぐ空間を膨大な魔力で無理矢理引き離した。


俺たちの目の前にある光は、人と魔族の支配する世界を二つに分ける境界線だ。


争いが終わらないのならば、手の届かない位置に相手を追いやって仕舞えばいい。


互いの怨恨は時間と共に薄まっていくだろう


二つ目はお互いの世界に残っている人達をそれぞれの世界に転移させること。


これで完全に二つの世界は隔たれる。


本来ならばこんな広範囲に魔法を展開することなど絶対に不可能だ。

しかし俺たちの刃には人族、魔族それぞれの想いがある。

その想いを俺たちが繋ぎ全人族、全魔族に力を及ぼしている。


この魔法は術式構成に使われた俺たちの魔力が尽きるまで効果は消えない。


俺たちは勇者と魔王に覚醒した時から、人と魔族の領域を超えている。

それが半人半神勇者半魔半神魔王


魔王も勇者も神に祝福されたものだけが与えられる称号だ。


その力の全てを使い、世界を隔つ大魔法を発動する。


『凍りつくは世界、燃えゆくは命。創造の前には破壊が立つ

森羅万象に抗う人形、壊れる運命の歯車、終焉の世界に音は無し』


『我らの命と力の全てを糧として神の創造せし世界を隔ち、人の者と魔の者を幾千の時を持って分断する。

願わくば、時の流れが人々の心から憎しみを消し去ってくれると信じて!』


二人の声が反響し、共鳴する。


黒白の永平盟約ゼルシア


世界の運命を変える大魔法が発動される。


何十、何百、何千もの魔方陣が展開された。


術式の起点となった城は崩壊し、二人の姿は光に飲まれて消える。


それと同時に世界を分けた境界線から、光と闇の魔力が混じり溢れ出した。


優しい光が空を覆い尽くし、世界を繋ぐ鎖は解き放たれる。


その日、永遠に続くとすら思われた人と魔族の古の大戦に終わりが告げられた。




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幾千年と消えることのない勇者と魔王ふたりの想い

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