第21話 パートナー ③

 アイドル蕗村咲として迎えた初のテレビ収録は、何事もなく無事に終了した。

 やはり前もって段取りを理解していることは大きい、聞かれたことに対してちゃんと発言ができた、打ち合わせの大切さが身に染みてわかった。



 現アイドル業界の最先端を突っ走る枢木夏向が、新人アイドルとユニットを組む。この衝撃的な事実をテレビに報道するのは明日のお昼らしい、一体どんなリアクションが返ってくるのか気にならないといえば嘘になる。



 視聴者が注目する内容は、間違いなく僕のことだろう。どこの馬の骨が、あの天使の生まれ変わりである枢木夏向のパートナーを務めるのか。

 


 そう、非公式ではあるが……女装した男(僕)がパートナーである。


 

 本当に今更だが、後ろめたさがないと言えば嘘になった。

 しかし、こんな僕でも彼女の支えになれるのなら受け入れよう。

 多くの人を騙してしまっている背徳感も、女装している羞恥心も、これから枢木夏向と一緒に送るアイドル生活の糧にしてやるのだっ!



「あ~、やっと終わったぁ~」


「えぇ。どうにか……、一息つけたって感じね……」



 テレビの収録を終えて楽屋に戻った僕と秦泉寺さんは、椅子に座って深く息を吐く。秦泉寺さんの吐息に含まれたさまざまな要因を、僕は肌で感じとった。



「秦泉寺さん、僕が男であるばかりに要らぬ心労をおかけしてしまって……」


「何を言ってるのよ、私が無理を言って夏向の相方を頼んだんだもの。蕗村さんが気に病むことは何一つ無いわ」


「でも……」


「それに、これでもう引き返せないわ。ふふふ、私とアナタはもう絶対に知られてはいけない秘密を共有する関係……言っている意味は分かるわね?」


「(こくり……)」



 あえて言葉にはださず、僕はゆっくりと首を縦に振って見せた。

 冷ややかな笑みを浮かべる秦泉寺さんの表情は青白く、後悔の念が否応なしに伝わってくる。そこまでの覚悟をもって、僕をアイドルにしてくれたのだ。秦泉寺さんのためにも、僕はアイドルとして頑張らなくてはならない。



「咲! 秦泉寺さん! お待たせしました! 雑誌記者さんとのインタビュー、今終わりました」



 しーんっと静まり返った楽屋に快活な風を運び込んでくれたのは、アイドル神の枢木夏向だった。テレビ局の中はエアコンがきいている筈なのに、彼女は額に汗を掻いていた。きっと、撮影していたスタジオからわざわざ走ってきたのだろう。



「お疲れ様、夏向。新ユニットのこと、あれこれ聞かれて疲れたんじゃない?」


「いえ、全然! パッケージとして始まる咲との活躍が、今からとても楽しみですって答えてきました!」



 パッケージ、それが僕と枢木夏向の二人が組んだアイドルユニットの名である。

 名前については、ユニットを組むことを決めた菊地原社長と秦泉寺さんの二人が事前に決めていたらしい。

 僕達二人がアイドル界の金字塔となり、その存在を日本にとどまらず世界に刻み付けて欲しい――そんな願いが込められていると、社長が力説していた。


 また、デビュー曲のタイトルもパッケージである。どんなメロディーで、どんな歌詞が綴られているのかは、未だ僕も夏向も聞かされていなかった。



「秦泉寺さん、私と咲が歌う曲って、まだ聴けないんですか?」


「明日、レコーディングスタジオに行く事になっているわ。二人はそこで聴くことになるわね」


「そっかぁ~。楽しみだね、咲」


「う、うん。でも私、歌に自信が無いっていうか……ダンスの振り付けも上手く出来るかわかんないし……考え出したら不安しか出てこなくて……」



 そう、それこそがアイドルとしての僕が、最初に乗り越えなくてはならない壁だった。蕗村咲あらため、紫吹肇の歌唱力と運動センスは並みの高校生レベル。

特に秀でた才能は持ち合わせていないことは、これまでに自分が歩んできた人生経験からよーくわかっている。


 

 だからこそ、夏向の足を引っ張らないかが心配でならなかった。



「大丈夫だよ、私だって新しい曲の振り付けや歌い方なんてまだわからないんだし。アイドルとしては先輩でも、ユニットとして活動をスタートしたのは一緒だよ。だから二人で手を取り合って、一緒に頑張っていこう!」


「夏向……うんっ! ありがとう!」



 なんて……なんて優しい人なんだ。

 さすが僕の天使、枢木夏向! 



 夏向に励まされた事で、不安で押しつぶされそうな心に光が射した。今なら目前の立ちはだかる壁ですら、軽く乗り越えらそうな気にさえなってしまう。

 気持ちを切り替えて、僕は楽屋を出る秦泉寺さんの後に続いた。



「あーら、そこにいらっしゃるのは新人アイドルとユニットを組んで調子に乗っている枢木夏向じゃありませんこと?」



 テレビ局を出たところで聞こえてきた声に振り向くと、顔見知りの金髪幼女が腕を組んで立っていた。まったく、どストレートに彼女の性格の歪みが台詞に表れている、もっと言い方ってものを考えてくれてもいいだろ、先輩なんだから……。



「斗羽利ちゃん、お疲れ様です!」


「お疲れ様です、霧生院先輩……」



 幼児体型に長いブロンド、見下しているのに見下ろされている先輩アイドル。彼女こそ夏向の衣装に納豆を塗りたくって、ライブを台無しにしようとした張本人。

 絶対に許してはいけない女性だ。



「咲……といったかしら、貴女? 初めての仕事はどうだった?」


「夏向のおかげで、なんとか無事終えられました」


「違いますわ、私様のお・か・げ……でしょう? 事務所の新人アイドルということで、この私様が貴女を持ち上げて差し上げたんですのよ。光栄に思いなさい」


「は、はぁ……。収録では、ありがとうございました……」



 僕は言われるがまま、心にも無い感謝の言葉を斗羽利に伝えた。


 実際の会見では、斗羽利は自分がアイドルになった頃の苦労話を延々と語って周りからの同情を自分の人気に持っていこうとしていた。僕としても、いいように出汁にされている気がして感謝する気になれないのが本音である。



「斗羽利、あなたこのあと番組の収録でしょ? 早く行きなさい」


「ふふっ、それもそうですわね。まぁせいぜい、貴女も頑張りなさいな。昨日今日この業界に足を踏み入れた底辺アイドルが、まがいなりにも支持を得ている夏向と組めるんですもの。絶対に事務所……いえ、私様の顔に泥を塗るようなことだけはしないでちょうだい」


「頑張ります……」



 言いたいことが言えてスッキリしたのか、斗羽利は満足そうな笑みを浮かべてテレビ局の中へ入っていった。



「気にすることないわよ、咲。あなたが夏向の相方アイドルとして恥ずかしく思うことは何も無いわ、胸を張って夏向の隣に立ちなさい」


「そうだよ、咲。二人で斗羽利ちゃんを驚かせるくらいのアイドルになれば、もう何も言ってくることはなくなるよ。むしろ尊敬されちゃうかも」



 だと、いいんだけどね……。

 


 それが僕の本心だ。

 お互いに認め合うことができれば、それに越したことはない。だがそれができない一部のアイドルは夏向の人気に嫉妬し、斗羽利のような陰湿な方法で嫌がらせをしてくる。

 


 しっかりしなくちゃ、これくらいで気負されてちゃ夏向を守れないぞ!



「さ、ここ居ても仕方ないわ。車に乗って、事務所へ戻るわよ」


「はーい」


「うっ!」



 秦泉寺さんの口から車という単語を聞いただけで、今日体験した高速道路での記憶が僕の脳裏を過ぎった。



「秦泉寺さん……。もしかして、また高速道路を……?」


「いいえ、今日はもう乗らないわ。事務所はここからそう遠くない距離だし」


「よかったぁ~」

 


 疾走感を一日に二度も体験するのは心臓に悪過ぎる、本気で勘弁願いたかった。

 

 駐車場へとたどり着いた僕は、夏向と一緒に車の後部座席へと乗り込む。

 そして秦泉寺さんが運転する車は、テレビ局を後にした――。

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