第14話『戦時内閣ローラント政権発足・クラウスとこのは』

 侍従に先導され、宮殿の廊下をローラント大将は武人らしく大股で歩く。

「困ったことになった……」

 愚痴をこぼしながら扉の前に着き、咳払いして謁見の間に入る。

 謁見の間に先に入った侍従が脇にそれ、宰相候補の名を高らかにうたい、新国王エアハルトと王太子アルベルトに到着を告げる──


「海軍連合艦隊司令長官ローラント大将閣下、ご入来!」


 謁見の間の玉座には国王エアハルトが構えていた。玉座から階段を降りたところに王太子アルベルトがクラウス、このはと共に立つ。

 玉座側には副宰相兼魔導大臣、宮内大臣、財務大臣、外務大臣、内務大臣、軍務大臣が侍立。入口から玉座に縦方向に伸びる間には燕尾服姿の文官が列をなす。黒地は共通しているが、深紅と濃紺とそれぞれ陸海軍ごとにデザインの異なる制服の武官が並んでいた。

 皆の視線が集中し、老練な将のローラントもたじろぐ。注目に耳が熱くなるのを感じた。

 赤絨毯を踏みしめつつ、ローラントは国王に歩みを進める……適当な距離で彼はひざまずいた。


 国王エアハルトは玉座から立ち上がる──


きょうに、内閣組閣を命ずる」


 内閣組閣! 

 パルパティア王国国王による宰相の辞令だ。聞かされた時は何らかの伝達の齟齬かと思ったが、国王による正式な命令であることが分かった。

 仰天しつつもローラントはこうべを垂れたまま申し立てる。

「私は老齢六十六にして、政治にはうとい現役の武官であり、内閣の首班、宰相として不適当です」

 今度はアルベルトが歩み寄り、ローラントに語りかける。

「この戦乱……叔父上が宰相から国王に即位し、宰相職が空席となった今、軍事に精通する者が必要だ。聖地ガイア、精霊女王アポロニアの秘密を理解し、しかもこれから統合任務部隊指揮官を務める俺と気心の知れているのは連合艦隊司令長官ローラント大将、貴官しかいない」

「……いやしかし。軍政に通じた宰相候補であれば現軍務大臣が適任なのでは?」

 アルベルトが目配せすると、軍務大臣が一歩前に出た。

「私としてもローラント大将を宰相に推挙いたします。現地でアポロニア陛下、魔界軍と遭遇されたローラント閣下こそが国王陛下を輔弼ほひつするにふさわしい。王太子殿下が仰るように、これから統合任務部隊指揮官を担われるアルベルト殿下と気心が知れているのは間違いなく閣下です」

 ……ローラントは沈黙する。


 アルベルトが歩みより、肩に手を置いた。それに気づき、ローラントがゆっくりと立ち上がる……


「もう他に人はいない! ……頼むから、どうか気持ちを曲げて承知してもらいたい」


     *    *


 ……結局ローラント大将は宰相職を引き受けた。宮中の、さらに枢機に関わる名誉ある職である。パルパティア王室に仕える忠実なる重臣であるローラントに断れる訳がなかった。


 一連の儀式、報告、会議、決済を終え、王太子にして統合任務部隊指揮官アルベルト上級大将は部隊運用計画を軍務大臣と打ち合わせた。

 アルベルトは私室に戻り、応接間のソファーに深く腰を沈める。一口に私室と言ってもいくつもの部屋からなる王太子にふさわしい豪華な造りである。疲れを吐き出すように、ため息をついた。

 緊張の糸が張りつめている。

 火焔転移砲についても思い巡らす。叔父エアハルトは自分を擁護してくれたが、この罪はパルパティア王室に生まれた者として自分ひとりが一生背負うものだ、と。


 と、木目調の扉がノックされる。


「クラウスでございます。失礼いたします」

 ティーセットをワゴンに乗せてクラウスが入室した。このはが気を利かせて扉を開けてやる。

 アルベルトの顔が明るくなった。心を許している腹心と、恋人の訪問である。もっともクラウスにしても、紅茶を口実にアルベルトのもとを訪れたかったに過ぎない……アルベルトとこのはがふたりっきり、というのがクラウスには寂しかった。


 香り高い紅茶が注がれ、皿に焼菓子が乗る。カップがふれあう音……つかの間の休息。至福の時だ。


 ……とりとめのない雑談に花を咲かせる諸氏だったが、アルベルトが神妙な面持ちとなり、カップを受け皿に置く。

「クラウス、コノハ。お前らふたりは王都に残っていてほしい」

 それは、アルベルトの切なる願いであった。

「……え……」

「なぜです、殿下」

 戸惑うふたりに、アルベルトが腕を組む。

「これから向かうのは激戦の地だ。軍人の場所だ。お前たちまで巻き込みたくない」

 クラウスが眉をひそめる。藍色の髪を揺らし憮然と立ち上がった。カップに揺れる紅茶にはクラウスの悲しみを帯びた顔が映った。

「私はアルベルト殿下をお守りすべく、あらゆる訓練に耐え、剣術も習いました。今やそこらの軍人にさえ引けはとりません。すべては殿下にお仕えいたすため。この仕事を光栄に思っております。どうか殿下のお側に」

 穏やかなクラウスが珍しく主張してくる。

「私も」

 このはも立ち上がった。

「私も、いつでも殿下のそばにいたい」

 憂いをおびつつも芯の強さを感じさせる愛する女の決意だ。炎のように熱い彼女の決意だった。

「お前ら……」


 アルベルトは熱くなる目頭を抑えるのに精一杯だった。

 自分はひとりではなかったのだ。

 あの聖地ガイアへの航海で自分は成長した。クラウス、ローラントという戦友を得た。叔父エアハルトとの和解。そして何より──桜このはと出会えたのだ。


「…………共に背負ってくれるか? 魔界軍との戦いも。火焔転移砲の引金を引く罪も」

「もちろん」

「もとよりその覚悟です……皆で背負います」


 アルベルトの頬を涙が濡らした。




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