第10話『女将軍トリーナの猛攻!悲劇のグォーザス』

 ……黒煙が晴れる……


 敵艦隊に目を凝らす将軍ベガルタに、軍官が報告する。

「火焔転移砲、発射しました。されど攻撃評価不明」

 皇帝グォーザスがベガルタに歩み寄る。

「やったのか?」

 グォーザス、トリーナ、ベガルタが目を凝らす先には……


 ──無傷であった……パルパティア王国艦隊が誇るイージス艦隊は無傷であった!

 フ、と連合艦隊司令長官ローラント大将は不敵に笑った。


「馬鹿な……!」

 皇帝が驚き、落胆する。女軍団長のトリーナは皇帝の顔色をうかがい、眉間にしわを寄せた。

「防御魔法!!?」

 ベガルタが誰にというわけでもなく問いを投げかけるが、彼ら魔界軍は知らない。パルパティア王国海軍が、防御魔法を装備した護衛艦を魔方陣のように円環状に布陣することにより結界を張ったことを。

「皇帝陛下」

 見かねたトリーナがグォーザスに進言する。

「この状況ではじきに王国軍が聖地ガイアに上陸します。私が指揮をとりゴーレム部隊で迎え討ちます」

 澄みきった冬の空気のような凛々しい声でトリーナは上申した。彼女の魔族特有の青き肌はなめらかで、女軍団長らしい露出度の高い鎧に食い込む筋肉質な肉感は官能美を感じさせた。

「そうか。気をつけるのだぞ」


 皇帝は彼女の白銀の髪をいつくしむように撫で、大切なものに触れるようにトリーナが手を添えた。

 こののちの悲劇を知らずに──

 

     *    *


 パルパティア王国近衛師団は、真っ先に最前線に投入される緊急展開部隊、即応部隊としての特性を持つ。

 その例にもれず、近衛師団第一騎兵連隊隊長にして大佐の王太子アルベルト率いる戦闘騎は爆撃騎を護衛しつつ聖地ガイアに進入していた。

 アルベルトの背中にはこのはがしがみつく。鞍、ハーネスで固定されているが、落ちないよう必死でアルベルトにすがりつく。必然的にこのはのつつましやかな胸が密着しており、アルベルトは顔を真っ赤にする。


 聖地ガイア。

 その島は鬱蒼とした森に囲まれているが、サファイアを溶かしたような青き清水が泉からあふれ、精霊王国の聖地らしい神秘の島だ。……ちょうど雲が風になびき流れると、七色の虹が島の端から端に架かった……


 アルベルトが眼下の光景を眺める。

 崖に、何やら岩が次々と隆起するのが見えた。その周囲を数十人の部隊が囲む。

「敵を発見した。……ゴーレム部隊か。──中佐!」

 第一騎兵連隊副長を兼ねる侍従武官にアルベルトは呼びかける。

「貴様は部下を選抜して空中管制騎としてこの空域に残れ。戦艦アイスウァルトが狼煙を上げたら発煙弾を投下し待避しろ! ……あのゴーレムの巣窟を消滅魔法で焼き払う」

 消滅魔法!

 侍従武官は息を呑むが、すぐに威儀いぎを正す。

「……かしこまりました殿下」

「よし、帰還する!」


 アルベルトが騎をひるがえすと、戦闘騎、爆撃騎があとに続いた。


 眼下では、崖にゴーレム部隊、沖合に王国艦隊が対峙していた。


     *    *


「消滅魔法!!?」

 ローラント大将は問いただした。

「そうだ。ゴーレムには爆弾も物理攻撃も効かない。これしかない」

 アルベルトは平然と言ってのける。ローラントは渋る。

「……王太子殿下は軍人、戦術家としてたぐいまれなる才能をお持ちです。しかしながら、あの兵器は……」

「俺の責任で、俺がやる。文句があるのか」

 王太子として全てを背負うアルベルトの覚悟。鋭い青氷色アイスブルーの眼光に睨まれ、歴戦のローラントもついに折れた。

「……かしこまりました」

「狼煙を上げろ!」

「了解」


 戦艦アイスウァルトから狼煙が立ち昇る。


 ほぼ同時に、空中管制騎から発煙弾が落とされた。濃い煙を噴き、その存在をはっきりと示す。

 黒煙が青空を汚した。

 魔界軍地上部隊軍団長トリーナは異変に気づき、発煙弾を崖下に投げ飛ばす! ……だが、遅かった──


 ──空を覆い尽くさんばかりの巨大な青の魔方陣が出現!

 徐々に回転を速め、中心部がまばゆく光る。

 ……魔界軍の火焔転移砲と同じ原理の、かつてパルパティア王国の精霊王が放った消滅魔法だ。好きな場所を遠隔操作で焼野原にできるその兵器は野蛮で暴力的で──卑怯だ。

 果たしてパルパティア王国は魔界軍を「野蛮人」と呼べるのだろうか?

 トリーナは茫然自失としていた。瞳からしずくが光るのさえ、自分では気づかなかった。


「(…………グォーザス陛下…………)」


 皇帝グォーザスの愛するトリーナの意識は、そこで絶えた…………




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