第4話『聖地遠征!戦艦アイスウァルト出港せよ』

 アーノルト国王の勅命を受け、内閣のエアハルト宰相と軍務大臣を経て海軍連合艦隊司令長官ローラント大将に命令が下された。


 まどろっこしい手続きではあるがこの精霊王国にも文民統制シビリアンコントロールの概念はある。軍人は内閣に従うし、内閣は元老院に抑制される。宰相エアハルト公爵は王室のならわしによりかつては武官であったが今は文民だ。

 エアハルトこそこの文民統制を推した張本人である。やはり人情というもので文民としての自身の権限を拡大したいというのが本音だ。権限争いは双方とも頑なに譲らず、文民トップの王弟エアハルトと武官トップの王太子アルベルトとの対立軸がある。これは国王にも諌められない。


 国家を揺るがすよほどの危機でも起こらぬ限りエアハルトとアルベルトは仲違いしたままであろう。


 ……そう、よほどの危機でも起こらぬかぎり──


     *    *


 ……港町には木造の戦艦が係留されていた。白い帆のかがやきは王太子座乗艦の高貴さを象徴していた。全長は数十メートルほどか。

 ──王国海軍戦艦アイスウァルト!

 戦場に出るため意匠はそれほど豪華ではないが、華やかな宮殿の雰囲気とは違い、洗練されたスマートな強さがあった。まさにアルベルトの聖地遠征にあてがわれたふさわしい艦だ。

 人員、装備を積み、あとは首脳部が乗るばかり。


 桟橋から搭乗するための橋が渡され、アルベルトが先導しクラウスとこのはが続く。

 アルベルトは甲板にかろやかな身のこなしで降り立ち、連合艦隊司令長官ローラント大将の敬礼を受ける。

 このはがアルベルトに見とれる──

「わ……!」

 橋と甲板との段差に転ぶ! ──が、クラウスがすぐに支えた。

 クラウスに肩を触られ、髪がふれあい、このはは照れて耳を赤らめる。

 だめ押しに、いつもの落ち着いた低い官能的な声色で気遣う言葉をかけた。

 男性経験のないこのはにとって刺激的でしびれるものだ。それこそ彼女が転生前に夢見ていた創作の世界だ。現在のところ、このはの気持ちでは、ぶっきらぼうなアルベルトより優しいクラウスの方に軍配が上がっている。

 同じく彼女を支えようとしたアルベルトが手を宙に出したまま、格好がつかなくなってしまった……手を引っ込めるが、親密そうなふたりに妬く。アルベルトの子供じみた一面である。


 妙な展開に見かねたローラント大将が咳払いした。


「……殿下、クラウス殿、コノハ殿、ご案内いたします」


     *    *


 船は進行方向と逆側、つまり船尾側が上等の部屋とされる。

 船尾楼に設けられた客室にアルベルトたちは案内された。無論アルベルトには最上級の船室だ。


 あてがわれた部屋はそこまで広くないが、船らしからぬ清楚で華やかな造りであった。クラウスに聞くと、女性王族の座乗を想定して設けられたという。このはは恐縮する。


 彼女はベッドに腰掛けた……


「……桜の巫女現れし時、高貴なる女王アポロニアは目覚める、か」


 ため息をつく。

 様々なことがあった。

 だが、彼女は流されるまま乗り込んだのではない。

 短文投稿型SNSにて『創作クラスタ』と呼ばれるように、彼女の趣味は二次元作品に没頭し、小説を書くことである。

 異世界に行ってしまいたい、とは何度も考えたし、そのような作品も目にしている。それがこの精霊王国パルパティアに早く順応した理由だ。

 それにしても……

 ──今の状況が彼女の創作世界に似ているのだ。

 桜を巡るファンタジー世界。

 彼女が描いていたのは和風ファンタジーと、剣と精霊魔法の異世界との違いこそあれど似ている。

 自身の名字は桜である。これを奇跡と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 

 期待と不安が入り交じる中、扉がノックされた。


「アルベルトだ。入るぞ」

 何の用か、と彼女は身構えた。クラウスは優しく無害だがアルベルトはどこか怖い。

 装備を外した簡易な制服姿の彼が入った。

「いきなり……入らないでもらえますか、一応女子なんで」

「俺は王太子だぞ。近衛師団大佐にして公爵だ」

 注意するこのはにアルベルトは言い返す。マナーの問題を肩書きの話にすりかえた。


 この青年はこんな尊大な物腰でどうやって今まで生きてきたのだろう。想像していたこのはだったが、ふいに吹き出してしまった。

「……何がおかしい」

「殿下、失礼ですが年は?」

「十九だが?」

「…………え!?…………私二十一。年下じゃない」

 急にアルベルトが可愛らしく思えてきた。このはが笑う──


 ──バン! とアルベルトが手を壁に叩きつけ左膝をベッドに乗せつつ、このはに迫った。

 眉、目が震えている。逆鱗に触れたようだ。顔もどことなく赤い。

 野心的な青氷色アイスブルーの瞳が鋭く光る。


「(壁ドン!?)」

 胸が高鳴る。

 異性にこのように迫られるのはこのはにとっても初めての体験だった。彼女は太ももをくねらせ、腕を動かす。

 このははオオカミに睨まれたウサギのように怯え、震えるのだった。

 

 見つめあうふたり……


「王太子殿下、こちらにいらっしゃいますか!? ローラント司令長官から報告が…… ──!」

 クラウスが入室するが、藍色の髪を揺らし驚いた。

 男女が同室で迫っていた。

「……失礼いたしました殿下」

 目をそらし、後ずさるクラウス。

 アルベルトが慌てて起き上がる。

「連合艦隊司令長官からか! わかった、聞こう」

「では士官室にご案内いたします」

 士官室とは、海軍将校の会議、執務、食事に使われる部屋である。

 このはが安堵し、身なりを整える。気持ちを落ち着けようと思ったが。

「コノハ様もぜひ同席していただきたいとローラント長官が」

「え? ……あ、わかりました」


 三人が部屋から退出する。


 どこから入りこんだのだろうか、なぜか床には桜の花びらがふわりと舞い降りた……




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