第15話

 持ってみた感想。まず思ったのは、予想よりも軽い、ということだ。当然である。弾倉が抜かれているのだから。

 次は、単純な興味だった。これは、どういう仕組みで動くのだろう? 優海に教わった部分もあるが、百聞は一見に如かず、だ。僕は手元でベレッタを弄び、銃口を自分に向けそうになって、慌てた田宮に怒鳴られた。

 そして最後に脳裏をよぎったのは、何と言っても『これは対人殺傷道具である』という、動かしがたい現実だった。また、それを手中に収めているという意味では、『自分は暴力という概念に肩入れしている』という罪悪感も、少なからず覚える。


「どうだ、優翔? 初めて拳銃を手にした感想は?」


 田宮が問うてくる。僕への関心がある、というよりは、僕が拳銃を扱うに相応しいかどうか、それを見定めようとしている、といったほうが正確だろう。

 そんな田宮に対し、僕は答えにならないことを申し出た。


「使い方を教えてください」


 すると、珍しく田宮は目を丸くした。


「いいのか? お前、あれほど武器を手に取ることを嫌がってたじゃないか」

「それは過去の僕の話です。今の僕にはもう、関係ない」


 僕はじっと、田宮から目を逸らさずに、そう言い捨てた。過去を引きずっていては――暴力というものを容認しなければ、もうこの世界では生きていけない。そんな強迫観念に囚われていた。


 田宮は僕よりも先に目を逸らし、『そうか』と呟いた。


「じゃあまずは、お前に適正があるかどうかを試したい。撃ってみろ。的はすぐに作る。ペイント弾の弾倉も準備するから、少し待て。その間、セーフティは外すなよ」


 そう言って、田宮は一旦、手前のプレハブへと引っ込んだ。


         ※


 田宮が持ってきたのは、人間大の厚紙だった。形も、かなり簡略化されているが人間のようである。

 田宮は一旦、僕からベレッタを取り上げ、もう一つの弾倉をバチンと叩き込み、カバーをスライドさせて初弾を装填、セーフティを解除。そのまま無造作に腕を上げ、引き金を引いた。パン。


「うわっ!」

「おい優翔、たかがペイント弾だぞ。このくらいの銃声でビビるんじゃない」

「す、すみません……」


 僕は、不作法を親に注意された小学生のように小さくなった。

 的の方を見ると、見事に的の中心、腹部が青く染まっていた。田宮の射撃の腕は相当なものなのだろう。

 赤いペイント弾の方が分かりやすいのでは、などと思ったが、僕が流血を連想しなくても済むようにという、田宮なりの配慮があったのかもしれない。


 カチリ、と操作音を立てて、田宮は僕にベレッタの把手を差し出した。


「おっと」


 先ほどよりは、随分重い。また、よりひんやりとしたような気もする。


「撃ってみろ。俺に当てなければ、どこにでもいい」

「ど、どこにでも、って……」

「取り敢えず、的のある方向へ撃て。まずはそれだけでいい。両手で持って、反動に備えろ」

「は、反動?」

「いいから撃て」

「はい!」


 僕は背筋を伸ばし、ベレッタを握った腕を上げた。

 的のある方か。腕が重さで震えてくるが、最初はこんなものなのだろうと思い、なんとか狙いをつけようと試みる。

 そして、パン。


「うっ」


 反動は、思ったより小さかった。


「おいおい、撃つ瞬間に目を閉じるなよ。せっかく狙いをつけても、それでは当たらん」

「そう言われても……」


 田宮はベレッタを上から押さえ込むようにして、僕の腕を下ろさせた。


「見てみろ」


 田宮の視線の先では、青い飛沫が壁に貼りついていた。人型の的など掠りもせず、真正面の壁にすら当たっていない。斜めに大きく逸れたのだ。


「こいつは重症だな」

「僕も、そう思います……」


 田宮は再度、僕にベレッタを握らせてから語りだした。


「練習には付き合ってやれるが、実弾を使わせるにはまだ早いな」

「もう一度、お願いします!」

「いや、お前はイメトレからやっていく必要があるな。構える。セーフティを外す。引き金を引く。反動を逃がす。セーフティをかける。この五段階の動きが滑らかにできなければ、お前を戦力としてカウントすることはできん」

「そ、そうですか」


 ゆっくりと僕の手から、ベレッタを取り上げる田宮。今更になって、僕はベレッタの把手が、手汗で濡れていることに気づいた。それから、悔しいような、安心するような、不思議な感じを覚えた。


「今日は優海と一緒に自宅に戻れ。皆、こことは別に自宅やアパートの部屋を取って活動している。怪しまれないようにするためにな。優翔、明日の予定は?」

「朝からバイトです」

「分かった。休まずに通勤しろ。でないと怪しまれる。ベレッタはまだこっちで預かっておくからな」

「はい」


 武器庫を出ようとして、僕は一つの疑問を覚えた。


「田宮さん、僕はベレッタを使い始めるまでの間、何を使って戦えばいいですか?」

「ナイフ、スタンガン、いろいろあるが、今日の戦いぶりを見るに、鉄パイプあたりが妥当だろうな」

「鉄パイプ、ですか」

「不満か?」

「いえ、そういうわけでは」


 僕はそう言いながら、左右に首を振った。


「リーチがあるから牽制もできるし、いざとなれば敵を殴殺できる。ナイフが相手なら十分時間稼ぎができるだろう」

「時間稼ぎ、っていうのは?」

「俺たちがお前を助けるには時間がかかるから、それまで自衛してろってことだ」


 それを聞いて、鋭い不安が胸中をよぎる。


「相手が拳銃を持っていたら……?」

「その時はその時だ。応戦は諦めろ。物陰に隠れて、味方の援護を待つんだな」

「はい」


 田宮はドアを開け、僕を先に、優海たちのいる部屋に遣った。自分はベレッタの整備に入るらしい。


「兄ちゃん、どうだった? 初めて拳銃をぶっ放した感想は!」


 優海が興味津々で訊いてくる。まさか、連射して全弾命中させた、とでも言わせたいのだろうか。だとしたら、残念な報告になるな。


「僕には、射的の才能はないようだ。鉄パイプで戦うように勧められたよ」

「鉄パイプだって?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、武人だ。


「優翔、お前な、あんな棒っ切れで戦えると思ってんのか?」

「間違って背中を撃たれるよりはマシだろう、武人」


 むぐ、といって言葉に詰まる武人。まったく、分かりやすいやつだ。

 ちょうどその時、がらりとドアが開いて、麻実が入ってきた。


「麻実姉ちゃん! 遅かったね、何かあったの?」


 優海が尋ねると、麻実はさもなんでもないことのように言った。


「今日は派手にやりすぎちゃったからね。情報統制が大変だったのよ」

「どんな情報を流したんです?」


 僕も興味があったので尋ねてみると、交番前の道路下のガス管が爆発した、という筋書きが作られたらしい。


「今は『掃除係』のメンバーが、薬莢の回収や偽装情報の流布を始めてる。ちょっと出遅れたから、結局私たちに疑いがかかるかもしれないけれど。まあ、その時はその時ね。いずれにしても、大した問題じゃないわ。このアジトは捨てるつもりだったから」

「次はどこへ拠点を構えるんですか?」


 武人の問いに、麻実は一度頷いてみせた。


「三番埠頭のコンテナ集積場に、ちょうどいい空き家があるわ。そこに行きましょう。詳しい場所は、秘匿回線のLINEで皆に送るから」


 そう簡単にアジトを変えられるものだろうか。僕は疑問に思ったが、考えてみれば、輸送トラックもあるし、それに対して運ぶべき武器は少ない。地理的に場所が変わるだけで、何か特別な変化が訪れるわけでもないのだろう。


「それじゃ、今日はお開きね。日の出まであと三時間くらいしかないけれど」


 すると、ちょうど会話を聞いていたかのようなタイミングで、田宮がこちらのプレハブに入ってきた。


「行き帰りに支障のあるやつは、ドラックで送るから乗ってくれ。バイクを所持していない『はず』の者もな」


 そうか。僕は優海の運転するバイクでここまで来たが、優海がバイクを扱えるなんて、今まで知らなかった。つまりは緊急移動用の乗り物がバイクだったわけだ。これがアパートの近くで見つかるのは、そろそろマズいのだろう。


「手隙のやつは、武器をトラックに載せるのを手伝ってくれ。次にここに来ることはないかもしれんからな」


 それを聞いて、武人は『了解です!』と言って立ち上がり、向こうのプレハブへと向かって行った。


「優翔くん、優海ちゃん、あなたたちは朝早いでしょう? 後のことは任せて、帰って構わないわ。田宮くん、よろしく」

「了解だ。よし、二人共、さっきのトラックの荷台に乗ってくれ」

「分かりました」

「あーい」


 こうして僕と優海は、長かったような短かったような一日を終えて、帰途についた。

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