わがココロのタカマガハラ

 みんな勘違いしておるわ。


「ひいさまあ、どうしてお月さまに着いたのにまだ高天原タカマガハラに着かないのですかあ」

「浅はかじゃのう、赤子セキコ。元の世界でわらわたちは地べたを這いずってようやく時空の歪みに辿りついたであろうが。お月さまとて同じことじゃわ」

「疲れます〜」


 月面はほぼ馬車と戦車で移動できるのじゃから疲れるのは白兎はくとだけであろうが、とは思うが、山女王国を出てからもう随分と経っておるからの。仕方ないことではあるよの。


 だけれどもの、とうとうその時が来たのじゃが。


「姫さま」

「うむう。間違いないわ」

「ひ、ひいさまっ!」

「やりましたねっ!」


 それはとても質素だったのじゃが。

 けれども、ココロの底から、ほうっ、と安堵が漏れるような、そんな大地じゃったよ。


 下乗が掟じゃからの。

 かわいそうじゃが白兎は手前に留まらせて進んだのじゃ。

 もし神さまとお会いできたなら、白兎が歩み入ってもよいかお聞きしよう。


「空気がある!?」


 鈴木の声でわらわもようやく気づいたわ。

 固形酸素を舐めながら歩いて徐々に地面の色が灰色から土色に変わるエリアに入っていくとの、確かに息ができるのじゃ。


 なので、次の固形酸素はパッケージを開けずに取り置いた。


「奇跡かえ?」


 空気があるからにはわらわの声もしっかりと皆に伝わっておるものよ。

 鈴木が味なことをうたもんじゃ。


「姫さま。死んだ私の祖母の言葉ですが・・・『神様のエリアがほんとはごく日常なのじゃ。我らの世界こそが異常なのじゃ』と」

「なるほどのう・・・よき婆じゃの」

「ありがとうございます」


 わらわたちはその『その』とも呼んでよいであろう質素な整地されたエリアを歩いたものよ。

 なんじゃろうの・・・下地はコンクリでもなく石畳でもなく。強いて言えば月の土砂を叩いた土間のような質感であろうかの。

 そしての。


「ひいさま! お花が咲いております〜!」

「これこれ。赤子セキコ青子ショウコ。仮にも神様のお住まいじゃぞ。乙女のようにはしゃぐでない」

「でもでもぉ〜、美しい芝桜しばざくらですよぉー!」

「ほんに、美しいものよのう。可憐、といえば良いのかのう」


 わらわたちは多少なりとも神社の社殿のようなイメージを意識しておったのじゃが。

 どうやらそういう概念ではなさそうじゃの。


「姫さま」

「うむ。いよいよのようじゃの」


 空気が少し潤ったような気がしたのじゃが。


 突然、ゴオオ、と地表を風が這ったのじゃ。

 そしての、なんとあられがボザザザ、とわらわたちの頬を打ったのじゃ。


「わ! 耳に霰が!」

「せ、赤子、落ち着かんか! どうせすぐに溶けるわい」

「しかし、お月さまで霰に遭おうとは」

「姫さま。神秘的ですね」

「お。鈴木。洒落とるのう」

「武士は洒落て気が利かぬと」


 そうじゃわ。

 鈴木はまるで武士のようなのじゃわ。

 佐藤の部下とは思えぬ清々しさじゃの。


 そんなこんなでしばらく月面を歩いたのじゃが。


 ほんとに唐突に、ぽつん、と白を基調とした着物を召した方がお立ちじゃった。大抵のことでは驚かぬわらわは心底びっくりした。ただ、『あー、びっくりしたー!』などと大声を出すことは無礼の極地じゃから、わらわは無理にも平常心で応対させていただいたのじゃ。


「畏れながら。女神めがみさまでございますね」

「そうじゃが」

「あの、お名前を」

天照アマテラスじゃ」


 おおっ!

 まさかお月さまにおわそうとは!


「ず、ずっとファンでしたっ!」


 手を組んで乙女ぶって訳の分からぬ挙動をする赤子と青子の手のひらをわらわは、ぺしん、とはたいたものじゃが。


「これこれ、姫よ。今さら躾けずともよいぞ。二人とももう(成長は)無理であろう」

「は。この者どもの性根を既にお見通しとは、おみそれいたしました」

「ひいさま、ひどいです!」


 わらわはいつものごとく赤子と青子は軽くいなしておいて、神さまのご機嫌を伺ったのじゃ。


「神さま、まさかお逢いできようとは」

「ほほ。姫よ、そなたたちの善根、まるで映画のごとくつぶさに鑑賞しておったさ」

「善根、ですか?」

「そうじゃ。あの神の森の無数の神木をよくぞ燃さずに守ってくれたのう。感謝するぞ」

「はい。嬉しいお言葉です」


緑子リョッコのお陰じゃわ・・・


「のう、姫よ」

「はい」

「あの森の神々も、数多おる神々も皆愚痴ひとつこぼさずにおるから気がつかぬかもしれんが、みな、艱難辛苦を超えて人間の長久を守っておるのじゃ」

「はい」

「そなたたちがの、神木を切り倒すことを指して、『住まいを奪われたら嘆くであろう』と言ってくれた言葉、嬉しかったぞ」

「はい・・・」

「姫。姫の氏神もの、毎早朝から氏子の家に分身してまわり、家人が起き出す前から祝詞で守り通しなのだ。ほれ、天井から聞こえたであろう? 高天原へ来るよう促したのは姫の地元の氏神だ」

「そうでしたか・・・」

「太陽も文句を言わず、悠久の恵みを照らし出しておろう。ほんとはの、結構ヘトヘトなんじゃぞ」


 きっと、本音でおわすのだろう。

 ただ、わらわはどうしてもお聞きしたいことを聞いてみたのじゃが。


「神さま。お日さまである神様がどうしてお月さまにおられるのですか?」

「ふふ。日月にちげつの交わりと言うであろうが。日光も、月影つきかげも等しく人間の長久のために降り注いでおると知れよ」

「は、はいっ!」


 ああ。

 来てよかった。


 賢き馬も呼べよ、と神さまがおっしゃってくださり、白兎も面会できたものよ。


「ではの、姫、皆の者。生きておるうちにまた来いよ」

「いえっ! もう結構ですっ!」


 合唱する赤子と青子の口をぐにぐにと塞いだのじゃが。神さまはお笑いになっておられたわ。


「おさらばです」

「おさらば」


 辞去の言葉を申してから、一同、また火山の火口へとダイブしたわ。

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