日本好きのアメリカ人たちの秘密

ミトイルテッド

第1話 ステーキハウスにて(前編)

 その日僕は地元のステーキハウスで、ケンタッキー州出身のアンディと、シカゴのゲットー(貧民街)から成り上がったCKという男の三人でテーブルを囲んでいた。色々とあって、その日の食事は僕のおごりということになっていた。


 CKは僕よりも一回り年下で、僕のことを日本語でミトさんと呼ぶ。ゲットー育ちの彼はまともに学校に通ったことがない。生まれた地域の治安が悪すぎて、両親が彼を学校へ通わせなかったのだ。彼は懸命に自宅学習を続けてゲットーから抜け出した。学校へ行かなかったので同年代の友人はほとんどいないらしい。日本語は独学を続け、日常会話レベルならば問題なく話すことができる。日本が大好きで、趣味は日本のテレビドラマを見ること。NHKの大河ドラマも見るが、最近のお気に入りは半沢直樹だそうだ。今更ではあるが、僕たちの間で「倍返しだ!」と言い合うのが密かなブームになりつつある。


 アンディは日本語はさっぱりだが、CKと同じく親日家。大の酒好きで、酔っ払っては軽快なジョークを飛ばしまくる一緒にいて楽しいアメリカ人の典型である。CKもアンディも何度も日本へ行ったことがあるのだが、アンディは今、日本のラーメンにどっぷりとはまっている。渡航前には必ずネットで流行りの店をリサーチしていて、実際にそれを現地で味わうのを最上の喜びとしているのだ。彼のスマホにはRAMENと名付けられた画像フォルダが存在し、至高の一杯を撮影した写真を僕に見せながら「ここの店のチャーシューは絶品だった」などと薀蓄を垂れてくることがある。

 

 少し話がそれるが、アメリカ人が自分の生まれ故郷の州に大きな誇りを持っていることを知っているだろうか? 日本で言えば、神奈川県生まれ、福岡県生まれといった話と同等に扱いがちだが、実はちょっと事情が違う。アメリカ人にとっての生まれ故郷とは、日本人が想像しうるよりもはるかにシビアな問題なのだ。そもそもアメリカは各州に基本的な自治を委任している連邦国家で、それぞれに州軍や州政府、果ては州憲法まであったりする。州によって適用される法律や税率だって変わるのだ。アメフトやバスケなどのスポーツの試合にしたって、プロリーグよりも大学リーグの州対抗戦の方が注目を集めることが多い。ちょっと言い過ぎかもしれないが、州という名前の小さな国が集まってできたのがアメリカ合衆国だ、というイメージの方が近いのかもしれない。


 アンディもご多分に漏れず、故郷のケンタッキー州を愛して止まない男である。世界に誇るケンタッキー州の三大名産品。それは、ケンタッキーバーボン(ウイスキー)、馬(競馬のケンタッキーダービーが有名)、そしてケンタッキーフライドチキンだ。酒好きのアンディがケンタッキーバーボン以外の酒を飲むことはない。ビールですら飲まないというのがこの男のポリシーで、一杯目からバーボンのダブルをストレートで注文する。そんな離れ技をやってのけるアメリカンタフガイ、それがアンディなのだ。


 ジムビーム、フォアローゼス、ワイルドターキー、アーリータイムズ。このあたりがケンタッキーバーボンの有名どころだろうか。日本のコンビニにも陳列してある銘柄だと思う。僕は全く知らなかったのだが、アンディ曰く、ケンタッキーバーボンの蒸留所はどんどん日本資本の傘下になってきているという。並々ならぬ地元愛を持つアンディにとって、それはさぞ不愉快なできごとだろうと思ったのだが、「日本なら許す」というのが彼が下した結論らしかった。


 そんなアンディが一杯目のバーボンを水のようにスッと飲み干したころ、ウェイターが料理の注文を取りにやってきた。僕とアンディはリブアイステーキの1ポンド(約450グラム)をそれぞれオーダー。するとCKが何を思ったのかチーズバーガーを頼もうとする。


「おいおいCK、ここはマクドナルドじゃないだぜ。なんでチーズバーガーなんだよ」

 すかさず突っ込みを入れるアンディ。

「そうだよ。今日は僕のおごりなんだし、遠慮せずにステーキ食べたらいいじゃん」

「ありがとう。でも僕はチーズバーガーが好きなんだ」

 大真面目な表情で答えるCK。変わった男だ。しかし本人がバーガーを食べたいのならばこれ以上は何も言うまい。


 それから話はCKの恋愛相談へと移っていった。CKは彼女募集中なのだが、彼はアメリカ人に全く興味がない。どうしても日本人の彼女が欲しいらしく、これまで幾度となくチャレンジを続けては玉砕してきた。女性は日本人、韓国人、中国人の順番で好きだそうだが、なぜそうなのかはわからない。ちなみにCKは黒人である(アンディは白人)。リアーナやニッキーミナージュにも全くそそられないらしい。


 これは僕の勝手なプロファイリングだが、CKはゲットー育ちなので、これまで色々と差別されてきたんじゃないかと思う。残念なことにアメリカにはまだまだ差別が根強く残っているし、アメリカ人女性にいい思い出がないのではないのだろうか。彼は日本で短期の英語教師として働いていたことがあり、その時出会った日本人女性達が彼を色眼鏡で見なかった。きっとCKはそのことに深い感銘を受けたに違いない。


 さて、彼の恋愛相談とはこうだった。昨年、とあるパーティーでアメリカに研修に来ていた日本人女性と知り合いになったCK。彼女とは何度かデートを重ね、それなりに愛を育んだらしい。しかし研修が終わって彼女が帰国してしまった。そこで先日思い切ってLINEで告白したのだが、その返信の内容がよく理解できないと言うのだ。そのことを僕に聞きたかったらしい。


「CK、そのLINEのやり取りを見せてもらっていい?」


 スマホを受け取り、画面を指でスクロールしていく。そこにはCKが拙い日本語を駆使しながら、どうにか彼女とコミュニケーションを取ろうとしている様が見て取れた。CKは確かに彼女に告白していた。○○が日本に帰ってしまって寂しい、好きだ、付き合って下さい、というようなことが平仮名で書いてある。それに対する彼女の回答はこうだった。CKの気持ちは嬉しいけど、日本に帰ってきたばかりだし気持ちの整理がつかないの。今度日本に来ることがあればまた連絡してね、的なニュアンスだった。

 

「CK、はっきり言うけどこれは確実に振られてるよ。彼女のことは諦めたほうがいい」

 僕はきっぱりと言い切った。

「オーノー。ならどうして彼女はまた連絡してくれなんて言うんだ……」

 悲しそうな表情のCK。


 なるほどなあ、と思った。そもそもアメリカには日本式のという概念がない。「付き合って下さい」と愛の告白をし、OKをもらってから正式に恋人同士になるというイベント自体がないのだ。告白するときはプロポーズの時だけ。特定の恋人のことをステディと呼んだりするが、ステディになるのに別に告白が必要な訳でもない。僕の印象ではこの傾向は特に西海岸で顕著で、男でも女でも、おい、それって二股なんじゃないの? と言いたくなるような場面に遭遇することがある。きっとCKは自分なりに日本の恋愛事情を勉強して告白してみたのだろう。結局、彼女の返答の意味は理解できなかった訳だが、そりゃそうだ。僕だって当人の立場だったら、頑張ればまだチャンスがあるんじゃないか、と期待してしまうかもしれない。日本人にだって判断が難しいのだから、アメリカ人にわかるはずがない。逆にこういった日本的で曖昧な表現、つまり内面をさらけ出さないどことなくミステリアスな雰囲気がCKのような外国人を魅了する一因になっている気もする。手を伸ばせば届きそうだけど届かない、そういったものに人は引き付けられるのだ。


「はあ、いつになったら日本人の彼女ができるんだ……」

 沈痛な面持ちで嘆くCK。

「そうだぞ、ミト。早くCKに日本人の女を紹介してやれよ。今すぐに、だ」

 今すぐに(Now)、の箇所で下に向けた人差し指でテーブルをトントンと叩く。

「まあまあ、アンディはちょっと落ち着いて。そもそもなんでCKはそんなに日本人と付き合いたいんだよ?」

「決まってるじゃん。日本人と結婚して将来日本に住むんだよ」

 

 そう、CKは純粋に日本が大好きなのだ。半沢直樹だけじゃない。北野映画も見るし、JPOPも聞くし、アニメだって大好き。だからこそ四年もかけて独学で日本語を勉強してきた。そんなCKに僕は言ってやった。


「大丈夫。いつかきっとCKにも日本人の彼女ができるよ」

「なんで? どうしてミトさんにそんなことがわかるんだよ?」

「理由、教えて欲しい?」

 当然のように頷くCK。少し迷ったが、僕は常日頃から思っていたことを正直に伝えることにした。

「あのさ、CKが可愛いっていう日本人。いつも可愛くないから」

「は?」

「多分だけど、CKの基準は日本人の一般的な美意識からズレてる。何が言いたいかっていうと、CKが綺麗だと思う女性は日本ではモテない。つまりライバルが少ないってこと」

「そうなの……かな?」

 複雑な表情を浮かべるCK。 

「ああ、間違いないよ。CKだけじゃないんだ、実は昔からそう思ってた。きっと人種によって顔の好みの傾向があるんだと思う」


 ちょうどいい機会だ。このテーブルには黒人も白人も黄色人もいる。僕はスマホで最近日本で売れている女性タレントやアイドルを検索し、次から次へと画面に表示していった。そして三人でこの子は可愛い、可愛くないだのをあーだこーだと言い合った。


 たった三人での判断なのでサンプル数が少ない感は否めないが、なかなかに興味深い結果となった。結論から言うと三人の好みは明確に分かれたのだが、いわゆるアイドル的な愛らしいルックスはアンディとCKの二人には全く受け入れられないことがわかった。二人が言うには、あまりにも子供っぽくて、恋愛対象として見ること自体あり得ないのだそうだ。アンディは大人っぽい、どちらかと言えばセクシーなタイプの女性に惹かれるようだった。アンディの好みに僕は同意できる部分があったし、一般的な日本人の感覚に照らし合わせてもそんなにおかしなものではなかったと思う。しかし、CKの好みは明らかに違っていた。CKが魅力的だと評する顔立ちは、そのどれもがストライクゾーンから大きく外れていて、嘘だろ? と驚くようなものばかりであった。


「う~ん。まあ、好みは人それぞれだからね」

 最終的に僕らはこう結論づけてこの話を打ち切った。CKは超がつくほどの真面目な男、そして勉強家でもある。若干世間ズレしているところもあるが、思いやりのある優しい性格だし、僕はいつの日か彼の夢が叶うことを切に願うのだ。

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