顔ナシ

第19話

 ハザマ

 異形の存在が蔓延る世界の裏側。

 魔法少女達はそれが何なのか、何の為に存在しているのかを知らされる事なく戦いに身を投じている。


 多くの魔法少女は特に気にしないが、中には物好きもおりハザマが何なのかを調べようとする者もいる。


「そろそろね」


 とある情報を手に入れた雪華晶はハザマの世界のビルの屋上にて時を待つ。


 ピピピピ……ピピピピ……


 18時33分


 スマホのアラームが時を告げる。


「……来た!」


 湖面の空が大きく波打ち周囲に巨大で透明な壁が大量に現れる。

 壁はまるで世界を塗り替えるかのように動き出す。


 壁が通り抜けると戦闘によって破壊された建物が元通りの姿となり、道路ではあった車が消えて新しい車が出現する。


 生命以外の全てが更新されて行く。


 その光景は神秘的と言うより何処か機械的な印象を受ける。


 そして、その現象は古来より人々の間ではこう呼ばれていた。


「逢魔ヶ刻……凄いわね」


 逢魔ヶ刻

 昔から他界と現界を繋ぐ時間の境目と言われている時刻だ。

 昔からこの時間は現実世界からハザマへ人間が迷い込む事が頻発している。

 ハザマが現実世界を写し取る時に世界の境界が曖昧になるからだ。

 迷い人は魔法少女によって現実世界へと送り返される。


 無論、便利な事に一般人はここでの記憶は無くなるらしい。

 厳密には記憶が無くなると言うよりは夢だと誤認してしまうのが正しいらしいのだが、詳しい原理は雪華晶にも分からない。


 ピロン


「ん?」


 突然の電子音。

 雪華晶は手を虚空へと伸ばすとストンと手の中にスマホ落ちてくる。

 転移機能。

 最近、気が付いた便利機能だ。


「迷い人発生、至急救助せよ……近場の魔法少女に通知が行くわけね」


 どうやらハザマの中に一般人が迷い込んできたようだ。

 ちなみに無視や拒否をするとまた別の魔法少女に通知が行く仕組みになっている。

 しかし、この救助任務は難易度の割には非常にポイントが美味しいので、拒否する魔法少女はまず居ない。


 ポイントを腐らせてる雪華晶は数秒どうしたもんかなと悩んだが、すぐに結論は出た。


「無視するのもアレだし、助けに行きましょうかね」


 だが、雪華晶はこの言葉をすぐに後悔することとなった。


「ぶゅひょおー!こすぷれらぁ!」

「……」


 酔っ払いがいた。

 しかも知り合いだった。


(定時で上がった後に何やってんすか先輩……)


 いつぞやのアイドルのCDを押し付けて来た先輩がベロンベロンに酔っ払った状態になっている。


「ちみ、きいてくれお」

「おえ!酒クサ!離れなさい!」


 赤ら顔を近付けてくる職場の先輩を鞘の先端でど突いて引き離す。


「ミコミコがよぉ……ミコミコが……」

「ミコミコ?」


 先輩の推しのアイドルだっただろうか?

 雪華晶の脳裏にCDを押し付けられたあの日の光景が思い浮かぶ。


 これだけ酔うほどだ。

 きっと飲まずにはいられない出来事があったのだろう。


 例えば……スキャンダルとか?


 雪華晶がそんな事を考えていると先輩がそのまま涙を流しながら言葉を続ける。


「ミコミコが……ドラマにしゅつえんだっておおおおおおおお!!!祝い酒!!飲まずにはいられない!!」

「……」


 雪華晶は顔に手を当てて本気で救助に来た事を後悔し始めた時だ。



 ザザ―――


「?」


 雪華晶の耳に微かにノイズ音のような音が聞こえてきた。


「……ここでじっとしなさい」

「んえ?」


 そして、とてつもなく嫌な予感がした。


「死にたいの!ここでじっとしなさい!」


 雪華晶の剣幕に先輩はビビリチラシながら石像のように大人しくなる。


 確証はない。

 だが、雪華晶は微かな異変によって周囲の空気が変わり始めたのを感じる。

 現実世界から直接ハザマへ引き摺り込む怪異のような日常に溶け込んだ異常の薫り。


(遅いっ!)


 1分

 それが現実世界とハザマを移動するのに掛かる時間。

 しかし、雪華晶にそれを短縮するための術は無い。


 パソコンの中にあるアプリを起動させるような物であり、魔法少女にそれがどのような原理で動いているのか把握してる者は居ないのだ。


 不気味なまでの静寂。

 張り詰めた空気の中で雪華晶は常に周囲に気を配りながら時が来るのを待つ。


「間に合った!」

「うお!なんだんこれ!?」


 雪華晶と先輩の身体が世界を移動し始める。

 階段を駆け下りて踏み外したような浮遊感を感じながら、雪華晶は現実世界へ戻る……事はなかった。


「!?」


 本来ならば一瞬の筈だが、世界移動が終わらない。

 まるで、何かに引っ張られらているように現実世界へ辿り着けない。


 このままでは先輩と共にハザマへ引き戻されてしまう。


「う、うべ」


 慣れない浮遊感に吐きそうになっている先輩を見て、雪華晶は……


「飛んでけ!」


 思いっ切り蹴り飛ばした。


 何が最善手だったかは分からない。

 しかし、雪華晶は原因が自分にあると見て先輩をあえて蹴り飛ばした。


 その判断が功をなしたのかは分からない。

 しかし、先輩は現実世界へと送り返す事に成功した。


 そして、雪華晶は波打つ空を見上げて現実世界への移動に失敗した事を悟る。


「怪異と出会ってからそんな経って無い筈なのに、ちょっと不幸過ぎないかしら?」


 景色が砂嵐のような電子ノイズを撒き散らす。

 激しくなる電子ノイズの中で雪華晶は何か這い出してきた気配を感じる。


 ザザザザザザザザザザザザザザザザザ―――


「!!」


 雪華晶が抜刀すると同時に先程までの電子ノイズは嘘のように掻き消えて……


 代わりに存在しない筈の物が現れた。

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