第15話

 湖面のように波打つ空。

 昼も夜もなく常に一定の明るさが保たれた世界で少女は一人佇んでいる。


 ここはハザマにあって現実世界に存在しない特異な場所。

 魔法少女達でさえ知る者が少ない聖域の一つ。


 濡羽色とでも言うのだろうか。

 派手な髪色の多い魔法少女の中で、艶のある綺麗な黒髪は逆に異彩である。

 服装は神社で良く見かける巫女服のままであり、魔法少女の格好としても派手さが欠ける。



 少女は周囲を漂う黒い煙に目を向ける。


「障気が濃いな……」


 黒い煙、黒霧、シャドースモッグ、ダークマター

 特に正式な名前も決められていないので、各々が好き勝手呼んでいるシャドーが放つ黒い煙。

 取り分けこの少女は障気と言う言葉を好んで使っている。


 その言葉こそがその物質の本質に近いと思っているからだ。

 少女が手で払う動作を行うと黒い煙が消滅し、周囲の空気が清浄な状態となる。


 少女は静かに時を待つ。


 そして、静寂を引き裂くように砂埃を巻き上げながら何者かが少女のいる領域へと訪れる。


「来たか……」


 少女はゆっくりと背後を振り返り……


「ぶあっはぁッ!?!?」


 盛大にむせた。



 ―――――――――――――――――――


 雪華晶は初対面で盛大にむせた少女を見て眉根を寄せる。

 何だコイツと心の中で思ったがそれを口に出さずにグッと堪えた。


「な、な、な、何故ソナタがここにおる!?!?」

「はぁ?」


 流石に声に出た。

 少女と雪華晶は初対面であり、面識なぞこれっぽっちもない。


「田舎に行ったのではないのか!?」

「だから何の話よ!誰かと間違えてるんじゃないの?」

「いや、そんな訳……ハッ!」


 少女はギギギと油の切れたロボットのように雪華晶の隣で浮かんでいるナビィに顔を向けた。


「こっちに来い!」


 少女は目にも留まらぬ速さでナビィを乱暴に掴むと雪華晶から距離を離してコソコソと内緒話を始めた。


(オヌシ、誰と契約した?)

(魔法少女のプライバシーに関わる質問はNGだから答えられないんだ。個人を特定するのはご法度だよ)

(あの顔を見れば少なくとも3人に絞り込めるわ!!)

(そーかなー?魔法少女の素質って別に血筋に拠らないし他人の空似かもよ)

(オヌシ……他人の空似は流石に無理があると思うぞ……)


「いい加減に話進めない?」


 コソコソ喋り続ける二人に雪華晶は少し機嫌悪そうに言葉を掛けた。


 ――――――――――――――――――


「では、改めて自己紹介をしよう。ワラワはヒノミコ、今日からソナタの指南役を務める」

「アタシは雪華晶。これからお世話になります。」

「敬語は使わなくて良い。見てくれは同年代であるからな」


 雪華晶は魔法少女としては不完全も良いところだ。

 自然に覚える筈の魔法を覚えられず、変身の仕方も教えられるまで分からなかった。


 故にナビィは特別に指南役を用意したのだ。


「それにしても随分と親切なのね。こういう魔法少女物って契約したら後は勝手に戦えって奴がほとんどでしょ?」

「半分はナビィ自身の為であるぞ。契約したのに満足に力を与えられなかったとなれば、自身の身に何が起こるかわからぬからな」

「そこら辺の事情は言わなくて良いから!せっかくの好印象が台無しじゃないか!」


 ナビィの印象はさて置き、雪華晶とヒノミコお互いに少し離れて向き合う。


「ワラワにはソナタの実力が分からぬ。故にここで試させてもらう。怪異討伐者の実力、期待しておるぞ」


 瞬間、雪華晶は吹き飛んだ。


「ッか!!」


 銅鑼を叩いたような盛大な衝突音を立てて雪華晶は見えない壁に激突してズルズルと地面に滑り落ちる。

 先程まで雪華晶が立っていた場所にはヒノミコが拳を振り抜いた格好で立っていた。


「反応できんかったか」


 近付いて殴る単純な動作。

 ただし、それは常人では捉える事の出来ない速度で行われた。


 雪華晶はキッとヒノミコを睨み付ける。


「氷縛」


 この時点でかなりの実力差を感じていたが、一矢報いる為にヒノミコに向かって動きを縛る氷のラインが伸ばす。


「ほい」


 ヒノミコが気合の入っていない掛け声と共に地面を思い切り踏み付けると地面が爆ぜて氷縛は不発に終わった。


 舞い上がった土煙に雪華晶はヒノミコが土煙の中から飛び出して追撃を仕掛けてくる予感を感じて横に跳ぶ。


「なっ!?」


 しかし、跳んだ先には既にヒノミコが待ち構えていた。

 雪華晶は咄嗟に武器を出し、両手でしっかりと握り締めて鞘で衝撃を受け止める。


「ほう、止めたか」


 更に3発。

 雪華晶の防御を掻い潜ってヒノミコの拳が突き刺さる。


 心の何処かで雪華晶は魔法少女を少しナメていたのかもしれない。

 ポンコツと言われようが少しくらいは喰らい付ける程の力はあるのでは無いかと思っていた。


 しかし、蓋を開けてみれば相手に手加減をされた上で手も足も出ずに一方的にボコボコにされている。


 俺、格好悪いな……


 薄れ行く意識の中で雪華晶は圧倒的なまでの実力差を感じながら意識を手放した。

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