第13話
最後の車両へ足を踏み入れると背後で扉が閉まる音がする。
「次はー終点ー次はー終点ー」
そのアナウンスは車内のスピーカーを通さずに直接シャドウ本人から発せられた。
シャドウが立ち上がる。
その毛むくじゃらの手足に毛の無い赤い顔、風貌はニホンザルに似ているが体型は人間のように手足が長く直立姿勢を保っている。
その頭には車掌である事を示しているのか、しっかりと帽子まで付いていた。
黒い煙が車内に充満し視界が霞む。
だが、それでも猿人間の姿を覆い隠す程濃くは無い。
「最後は煙の中でタイマンって訳ね。ペーペーの新人魔法少女に負けるクソ雑魚具合に絶望するが良いわ!おサルの悪趣味列車も今日でお終いよ!」
雪華晶は威勢良く啖呵を切って刃先が削れた刀を猿人間に向ける。
そうでもしないと眼の前の猿人間のようなシャドウから放たれるプレッシャーに押し潰されてしまいそうだからだ。
もし、この場を別の魔法少女が観測したのするのならば、絶望的と評されていただろう。
「クク……」
猿人間の口から音が漏れる。
「アハハヒャハハハヒャハハハハハハハハハヒィハハハハヒィハハハハヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
次の瞬間、水道管が破裂したかのように猿人間の口から笑い声が発せられた。
腕を広げ、上体を仰け反らし天に吠える様。
先程までのアナウンスとは違い様々な感情を込められた笑い声だ。
愉悦、侮蔑、憤怒、悲哀、感嘆
聞く者によって様々な印象を受けるであろう猿人間の感情の爆発。
その余りにも異様な様子に雪華晶は僅かに気圧される。
「これじゃあまるで道化じゃあないですかぁあああ!!!」
言葉の勢いのままに猿人間が体勢を低くして雪華晶へと突進した。
猿人間は雪華晶へと近付きながら壁の中に手を突っ込む。
まるで水面を手で入れるかのように壁に傷を付ける事はなく、壁から出てきた猿の手には鋭い刃が握られていた。
鋭い刃が自立して移動してた時よりも遥かに素早い速度で雪華晶へと迫る。
だが……
「インベーダー程じゃあ無いわね」
かつて、圧倒的なまでのスピードとパワーを兼ね備えたインベーダーの攻撃を経験した事のある雪華晶に取っては猿人間の攻撃は大した攻撃にはならなかった。
雪華晶は冷静に猿人間の攻撃を躱し、その胴体にカウンター気味に一太刀を入れる。
「……」
「……」
二人の間に静寂が流れる。
それはたった一回の攻防で雌雄を決した事に他ならない。
交差し、背中合わせのまま猿人間は言葉を発した。
「呆気ないですねー。余りにも呆気ない」
猿人間の身体が解ける様に傷口から消滅を始め、握力が無くなったのか手から刃が零れ落ちて床に吸い込まれる。
静かな湖面に石を落としたように、刃の落ちた場所から波紋が広がり電車全体が波打ち始めた。
「今回は潔く退場させて頂きましょう。まぁ、復活したばかりで本調子じゃあありませんでしたがねー」
こいつ復活するのかと雪華晶は嫌そうな顔をする。
一度生まれれば何度だって現れる。
覆水は盆に返らぬように生まれてしまった事実は消える事は無い。
人の噂に戸を立てる事は出来ないのだから。
「復活したばかりで魔法少女と出会うなんて、アンタ相当運が悪いわね」
ランクだけで見るのならば本来雪華晶が勝てるような相手では無かったのだろう。
だが、復活したばかりと言う弱体化した状態であったのでその限りでは無かった。
その点を考えれば雪華晶はとても幸運だったと言える。
「クク……果たしてどっちが本当に運が悪かったんですかねー」
「は?どう言う意味よ?別にアンタに勝ったからって慢心したりしないわよ」
雪華晶は猿人間の方へ振り返るのと同時に頭部だけしか残ってない猿人間も振り返った。
「種は芽吹いた……とだけ言っておきますかねー。アハハヒャハハハヒハハハ……」
猿人間は意味深な事を呟き笑い声と共に消えた。
―――――――――――――――――――
気が付くと雪華晶は駅のホームのベンチで横たわっていた。
空を見上げる限り、どうやらハザマの中に居るようだ。
「夢……じゃないわよね」
討伐ポイントはしっかりと入ってるし、怪我や衣装の破損もそのままなので少なくとも夢と言う事は無いだろう。
雪華晶は駅名を確認してため息を吐く。
どう見ても終点の駅名である。
「遠いし……」
スマホが震える。
画面を見てみるとナビィと表示されていた。
おそらく、言いつけを破ってシャドウと戦った事について何か言われるのだろう。
例え不可抗力だったとしても理不尽に説教を喰らうのは社会人に良くある事だ。
「説教あるし……」
雪華晶は呼び出し音が鳴り響く中で何処か遠い目をしながら猿人間が発した最後の言葉を思い返す。
「意味分かんないし!!」
雪華晶の叫びはハザマの駅のホームで寂しく響くのであった。
そして、その様子を少し遠くから見詰める人影があった。
「……」
その人影は満足気に口元を歪ませると空間に溶ける様に消えて行く。
誰にも認識される事なく、始めからそこに居なかったかのように痕跡は残ってはない。
無論、駅のホームで頭を抱える雪華晶が人影に気が付く事は無かった。
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