第11話

 ガキィン


 鈍い音を立てて鋭い刃が獲物を切り裂く寸前で止められる。


「ざけんじゃないわよ」


 鋭い刃は左手に握られていた刀の鞘の部分で受け止められていた。

 そこには既にうだつの上がらないサラリーマンの姿はない。


「砕けちれぇ!!」


 そこにはシャドウ狩る魔法少女の姿があった。

 雪華晶の細腕から繰り出されたとは思えない力で刃を押し返し、その勢で車内の支柱に叩きつけて刃を圧し折った。


「変身バンクがないタイプの魔法少女で良かったわ。にしても……」


 壁や天井、床からサメの背ビレの群の如く生えてくる刃を見て雪華晶が呟く。


「衣装も魔法少女の奴に変わってるし、一応ハザマって事で良いのよね?」


 雪華晶の問いに返答は無く、生えてきた刃の群が一斉に動き出す。


「問答無用と……それに現実世界に逃げるだけの時間は与えてくれないわよね」


 残念ながらハザマと現実世界を行き来するには1分程その場に目を閉じた状態で待機しなければならない。

 余りにも無防備な姿を晒す為、基本的に身の回りの安全を確保した状態でないと使用は出来ないのだ。


 雪華晶は刀身を鞘から抜き放ち、刃の群を迎え撃つ。


 刃の群の動き自体は緩慢だ。

 近付くまでの移動速度は人が走るのとそう変わらない。

 雪華晶も冷静に近くの刃を刀で叩き切る。

 幸いにも雪華晶の刀で安易に切り捨てる事が出来る強度ではあるが、電車の中と言う空間が雪華晶の動きを阻害する。


「っ!」


 雪華晶の刀は座席に付いている支柱に当たり甲高い音を立てて弾かれた。


 車内の支柱や座席は雪華晶の刀でも傷一つ付かないくらいの強度があり、刀を大振りしよう物なら車内の備品が障害となる。

 それに対して刃の群はまるで空気を切るように車内の障害物を擦り抜ける。


 雪華晶は脇を締め、刀が大振りにならない様に細く振らざるを得ない。


 その上……


「ぐっ」


 狭い車両内で満足に回避行動が取れない雪華晶の身体に少しずつ傷が刻まれて行く。

 鋭い刃は雪華晶が1つ折る度に1つ補充されて、まるで手応えと言う物が感じられない。


「打つ手無しと。こうなったら……」


 雪華晶の視線が車両の接続部にある扉に注がれる。


「逃げるしか無いわよね!!」


 雪華晶は扉に向かって全力で走り始めた。

 それに反応してか鋭い刃が雪華晶の進路を妨害するかのように次々と現れる。


 雪華晶はそれを見てニヤリとほくそ笑む。


 反応が変わった。

 それはつまり雪華晶の進行方向の先に行かれると困ると言う事を如実に表している事に他ならない。


 僅か10メートルの先の扉など雪華晶が本気で走れば0.5秒にも満たない時間で走破できる。

 立ち塞がる刃を躱し、瞬きをする間もなく扉に到着した雪華晶は隣の車両へと移った。


 背後を振り返れば扉の前に恨めしげに刃の群がひしめき合っていた。

 戻る必要は感じられないが、この状態では前の車両に戻る事は出来ないだろう。


 前方の扉のガラスから奥の様子を見る限りでは残りの車両は雪華晶が乗っている車両を含めて3車両。


「何かいるわね」


 前の車両では刃の群の対処で手一杯だった為に気が付かなかったが、電車の最奥に人影のような物が黒い煙を揺らしながら座り込んでいるのを見付けた。


 雪華晶が人影に気が付くのとほぼ同時くらいに車内にアナウンスが流れ始めた。


『次はー抉り出しー次はー抉り出しー』

「抉り出し?これって……」


 また、平坦な調子でなされるアナウンスに雪華晶が何かに気が付いた。

 何年か前にインターネットの掲示板で見た都市伝説。

 このアナウンスはそれに擬えているのではないだろうか?


 雪華晶が思考に沈んだ一瞬、その僅かな隙が致命的なミスとなる。


 ズシュ!!


 雪華晶は腹部に違和感を感じて視線を下に下げた。


「や…り?」


 鋭利な先端に釣り針のような返しが付いた槍が腹部から飛び出していた。

 音もなく貫いたそれは先程の刃と同じように車内の壁から飛び出している。

 そこそこ薄い壁の何処にこんな長い槍を収納出来ると言うのだろうか。


 鋭い痛みの知覚と共に雪華晶は先程のアナウンスの言葉を思い出す。


 抉り出し


 その言葉通りにしようというのならば、返しの付いた槍が行う動作は1つしかない。

 引き戻しだ。


「ああああああああ!!」


 壁の中に身を捻りながら戻ろうとする槍の先端を痛みに耐えて切り飛ばす。

 間一髪、内蔵を抉り出される前に先端の破壊に成功し、雪華晶は難を逃れる。


 だが、この電車のシャドウは少女を痛め付けるだけでは満足をしないだろう。

 もしも都市伝説の通りならば、この電車に乗ってしまった人間はいつかは死んでしまうのだ。


「ペッ!……アンタ相当有名よね?なんせ、アタシが知ってるくらいだし」


 口から血の塊を吐き出し、傷口を氷で止血しながら電車の奥に潜むシャドウに話し掛ける。


 それは創作された小さな悪意を核に数多の影が寄り集まって生まれ、インターネットの普及と共に成長し続ける暗闇。


 現実世界に多大な影響を与え、人を喰い散らかす影達を魔法少女達は畏怖を込めてこう呼んだ。


 怪異


 星42相当シャドウ

 怪異・モンキートレイン

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