第9話

 日曜日。

 一般的な社会人ならば休みであるべき日だ。

 影人に取っては二週間ぶりの休みである。


 影人はナビィから受け取った方のスマホを弄ってシャドウ予報を見ていた。


「……うわぁ」


 影人の口から思わず言葉が漏れる。

 何故ならシャドウ予報の東京が赤く染まっていたからだ。

 どうやら、サークルがシャドウの出現エリアを大まかに表した物のようで、サークルが何重にも折り重なって東京を赤く染めていた。


 サークルの色は緑、黄、赤、黒の4種類。

 大まかな危険度を表しており、緑は安全、黄が要注意、赤が危険で黒は大変危険となっている。


 そのサークル一つ一つには更に細かく危険度が割り振られており、星の数で危険度を表している。

 確認できる範囲では星1つから星36。


 星の数が5刻みで色が変化し、16以上は全て黒色のサークルになっている。


 歪なランク分けだと影人は思ったが、単にランクの上限を設けていないだけである。

 中央値で言えば緑サークルか黄サークルの内に収まるだろう。


 しかし、東京は真っ赤である。


「勤務先の東京が魔境とかやってらんねぇ……」


 知りたくも無かった真実である。

 魔法少女達も遊んでいる訳では無いが、ナビィの言う通り手が足りていないのが現状である。

 都会の魔法少女の人数が発生するシャドウの数に追い付いていないのだ。


 都会の人間が田舎に憧れるのもこうした状態を薄々感じているからかもしれない。


 スマホを投げ出して、10分くらい天井を見上げていた影人はベッドから起き上がる。


「出掛けるか」


 ―――――――――――――――――――――



 出掛けた場所は近所の本屋。

 CDやDVDのレンタル屋も兼ねている。


 普段の影人なら見向きもしない場所なのだが、今回は目的があってやってきた。

 手に取ったのは剣道の指南書。


 魔法がほぼ使えないなら剣技を磨くしかない。


 魔法少女として活動するに当たって短所を補うよりは長所を伸ばす方向で考えた影人は戦いのヒントを求めて訪れた。


「いや……」


 良く良く考えてみれば剣道と言うのは対人のスポーツ剣術である。

 人外の何かと戦うのに参考になるのだろうか?

 数ページ捲って考えを変えた影人はそのまま奥のレンタルエリアへと向かう。


 影人の脳裏に浮かんだのはアニメだ。


 先人達が考えたファンタジーバトルならば今後の役に立つに違いない。


 何か役に立ちそうなアニメを探してウロウロしていると、影人の視界に18禁と書かれた暖簾が入ってきた。


「……」


 止まる脚。

 ちょっぴり気になる暖簾の向こう側。


 しかし、最近ご無沙汰しているとか、溜まっているとかそういう理由では断じてない。


 暖簾の下から黒い煙がじわじわと漏れ出しているからだ。


 魔法少女となった事で影人はサラリーマンな現実体でも、現実世界に影響を及ぼしているシャドウが見えるようになっていた。


 シャドウは命の灯火が落とす影。

 感情の揺らぎから落ちる何か。


 そんな物の断片が降り積もって結晶化した何かが18禁の暖簾の向こうにある。

 何が降り積もっているのかは余程純情な少年少女を除けば、一瞬で察してしまうだろう。


 シャドウ予報で確認すれば案の定レッドサークル。


 ナビィから戦うことに待ったを掛けられてる上に、レッドサークルは確実に格上の相手である。


 今の影人の選択では見て見ぬ振りが正解だろう。


「……その内な」


 今は勝てないかもしれない。

 しかし、レッドサークルの相手に勝てる自信が付いたらまた来よう。


 そう決断した影人が暖簾に背を向けるのとほぼ同時に暖簾の中から湿った音が響き渡った。


 まるで血の滴る肉が押し潰されて引き千切れるような生々しい音が暖簾の向こうから何度も響き渡る。


 背後から感じる凄まじいプレッシャー。

 影人の第六感が警鈴を鳴らす。


 何か……いる!!


 影人は息を呑んで、一気に振り返った。


「っ!?」

「……」


 眼の前にいたのはとても美しい少女だった。

 あまりにも美しいが故に世界から浮き上がっているかの如く異質な存在感を放っている。

 少女は影人とすれ違う様に流し目でチラリと影人を視界に収めてから出口へと歩いて行った。


「……何だったんだ?」


 プレッシャーもいつの間にか消え去り、暖簾の下から漏れる黒い煙も無くなっている。

 影人がシャドウ予報を見ると先程まであったレッドサークルも消え去っていた。


「魔法少女……だったのか?」


 状況的に考えれば、シャドウの反応も消えたのと同時くらいに現れたので魔法少女の可能性は高い。

 だが、影人は魔法少女では無いのかも知れ無いと考えた。


「……」


 影人は出口の方へ視線を向ける。

 そこには既に少女の姿はない。


 本当に美しい少女だった。

 美しい……

 そう、“美しい”と言う情報だけしか影人の頭の中に入ってこなかった。


 髪の長さ、髪の色、服装、身長、体型、肌の色、顔立ち。


 何もかもが不明瞭だと言うのに影人は美しいと感じたのだ。


 影人は魔法少女の世界に踏み込んで、世界の裏側が分かった気になっていたが、それはまだ入口に立っただけだと言うことを認識した。


「こっちでも俺はまだまだ世の中を知らない新人か」


 影人はアニメを借りてレンタル屋を後にした。

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