第7話

 翌日、いつものようにヘロヘロの状態で帰ってきた影人を出迎えたのは黒毛玉だった。


「やぁ、おかえり」

「逃げ場なしか……」


 仕事から帰ってからまた仕事とかどんな拷問だ。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。変身すれば疲れは吹き飛ぶんだからさ」

「……なぁ、やっぱり魔法少女やらないと駄目なのか?」

「一応言っておくけどホイホイ契約出来るようなもんじゃないんだよ?魔法少女をやれる人って本当に希少なんだから」

「じゃあ、その希少な魔法少女とやらは何人くらい居るんだ?」

「8千人くらい?」


 魔法少女のバーゲンセール状態だった。


「寝る」

「待って待って!人数だけなら多く聞こえるかもしれないけど、100万人に1人の割合しか居ないんだよ!日本だと君を含めて87人しかいない希少な存在で人手が足りてないんだって」

「一般的な戦隊ヒーローの10倍以上も居て人手が足りない訳無いだろ!」

「シャドウの数は人口密度に比例して多くなるんだよ!」


 正確には生物の密度なので意外とアマゾン等の生態系が豊かな場所に多く発生するようだ。

 逆に砂漠等の生物が生きるのに厳しい環境ではシャドウの数も少ない。


 しかし、シャドウと言う存在は生物の感情にも発生が左右され、感情が豊かな生物である人間は大量のシャドウを生み出すので人口密度に比例すると言うのは間違いではない。


「それにシャドウだけじゃなくてインベーダーの件もあるしね」


 世界を壊す存在と言われたインベーダー。

 自身が何もしなかったせいで世界が滅んだなんてことにはなりたく無い。


「……はぁ、分かった。色んな意味で不本意だが契約をした以上社会人として責務を果たしてやろう」


 そして、影人は魔法少女の姿へと変身する。


「……騙したわね」

「え?」

「疲れが取れないわ……」


 魔法少女となった影人の疲れは全然取れていなかったのである。


「肉体の疲労は引き継がない筈だけど……」


 しかし、精神的な疲労は別である。

 影人が本当に疲れていたのは肉体では無く精神なのだ。


「このまま寝たいわ」

「寝ないでよ!じゃあ、早速だけどハザマに行こう」

「どうやって?」


 二人の間に沈黙が流れる。

 黒毛玉の表情は予想外デスと雄弁に物語っている。


「……なんだろう。今までにない反応でボク物凄い不安になってきたんだけど」


 とりあえず、黒毛玉は影人にハザマへの入り方を教えてハザマの中へと入り込んだ。



 ―――――――――――――――――――


 ハザマの中

 先日と同じ湖面のような波打つ空の下で影人は目的地に向けて爆走していた。


 法定速度をぶっちぎって時速160キロ。


 到底人間が出して良い速度じゃない。


 それでも大した肉体的な疲労もなく走り続けられるのは幻想体と言う魔法少女特有の身体故だろうか。


「これ、ハザマを経由すれば通勤物凄く楽に通勤できるんじゃないかしら」

「早速悪用しようとしてるよ……禁止はしないけど程々にね」


 ハザマと現実世界を移動する際は一種の認識阻害が発生するらしく、移動した瞬間を周囲の人間は認識出来ない。

 先日の影人のようにハザマに迷い込んだとしても、周囲の人間は消えたと言う現象を認知出来ずに少ししてから行方不明扱いとなる。


 俗に言う神隠しだ。


 影人の胸に抱えられたまま黒毛玉は話を続ける。


「目的地にたどり着くまでに魔法少女としてのルールを1つ言っておくね」

「魔法少女にも社内規則があるのね」

「ツッコまないからね。暗黙のルール、それは魔法少女同士お互いに身の上の詮索しない事」

「する気もさせる気も無いわよ」


 影人としては自身が美少女に変身する等という事実は墓の中まで秘密にして置きたい事である。

 こんななりに成り果てても男の尊厳は守りたいらしい。


「インターネットと同じさ。個人情報を知られると禄なことにならない。リアルで押しかけられても困るだろう?」

「そうね」


 全ての人間が善人と言う訳でも無いし、魔法少女である事を知られれば何かしらの脅しに使われるだろう。

 現実世界でも極僅かながら魔法少女の力を使えるので、魔法少女を悪用しようと考える組織も居る筈だ。


 マフィアとかテロリスト、政府の秘密組織とか……


 1人の魔法少女が捕らえられ、芋蔓式に他の魔法少女の個人情報がバレるのを防ぐ為と考えれば妥当だろう。


「おっと!そろそろ目的地に着くかな」


 胸に抱えられた黒毛玉がそう呟く。

 県外に移動するのに1時間も掛からなかった。


「ここが目的地ね。一見すると普通の公園のように見えるけど……」


 見てくれだけは普通の大きめの公園だった。

 しかし、木陰等を良く見ると暗がりに黒い煙のような物が蠢いている。


「ここは弱いシャドウの溜まり場なんだよ。新人が力を試すにはうってつけの場所さ。あと、もう一人キミの先輩に当たる魔法少女を呼んだんだけど……」

「ああ!居た!」


 突然、上の方から声が聞こえてきた。

 影人が上を見上げると空からゆっくりと人影が降りてくる。


「もう、待ち合わせ場所を間違えたかと思ったよ」

「アンタは……」

「こんばんは」


 赤いマフラーをはためかせながら魔法少女が地面に降り立つ。


「私の名前はレインバレット。よろしくね。後輩ちゃん」

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