鈴木君8

「甘やかされてて、なんも考えてなくて、他人に好かれようとか。裏から手をまわしてどうかしようとか、そういう気すら回らなくて、ただ目の前にある好意とか敵意とかを、深く考えもせずに受け入れて、それが当たり前みたいに、傷ついたり落ち込んだり喜んだり。鯉みたいだなー、平和だなー、って思ってたら無性に叩き潰したくなって。アリの巣ぶち壊すときの感覚と一緒」


「それって鈴木君的には嫌いなの、好きなの、妬ましいの?」


 って佐多が聞くので一瞬言葉に詰まった。体感的にはどれでもない。それはそういうものだ。としか俺には言いようがなかった。


「鈴木君ってあんまり人と触れ合ったりしてなさそうじゃん。私もだけど。それで、かまってほしいとき、ちょっとじゃれるつもりで、力加減が有り余って、相手のことを傷つけたり、壊しちゃう、なんか、群れから離れて育てられた猛獣みたいな赴きあるもんね」

 佐多はソフトクリームを食べ終えたようで、ちらりと俺の方へ視線を向けると、すぐに手元に落とした。

「人のことバカみたいに言うなよ」

 ふふふ、と佐多が笑う。いちいち癇に障る笑い声だ。

「人のこと簡単に馬鹿って言うくせに、自分は言われたくないんだ」

 一瞬カッとなってテーブルの足を蹴り倒しそうになった。こらえる。少し前まではおどおどしてて扱いやすいやつだったのに、最近急にふてぶてしくなった。やりずらい。テンポが乱れる。

「たぶんなんだけど。目的が共有できないと、コミュニケーションって成立しないと思う」

 佐多が机の上にあったナフキンで口と手元をぬぐいながら言った。

「だからね、仲良くなりたいとか、もっと相手のこと知りたいとか、一緒にいたいとか、いたくないとか、普通気持ちと行動って連動してると思うのね」

 使い終わったナフキンを折りたたみながら続ける。

「でも鈴木君の言葉と行動、あと思考って全部ってばらばらじゃん。それで伝わらないんだと思う」「伝わらなかったら何か問題でも?」

 俺の発話は佐多の語尾にすこしかかった。つまりほとんど食い気味だった。

「ほら、そういうところ」

「俺は別に不自由してない」

「違うよ、してる。ぜったいしてる。だってほんとは仁科君のこと気になって、好きで仕方ないんじゃん。それなのに、いらないふりして強がってる。だっさ」

 もとはと言えばてめぇのせいだろうが、と言おうとして、止めた。

「いるとかいらないとかじゃない。キスしたいからした。無視したいからしてる。それだけ。そもそもお前には何の関係もない話じゃん」

「あるよ、私、仁科君の友達だし」

 俺は思わず、はっ、と短く息を吐いた。

「友達」

 虫のいい話だな。結局都合のいい相手をキープしときたいだけなんだろ。


「鈴木君は仁科君のこと好きじゃん。でも仁科君は鈴木君に嫌われてると思ってる。っていうか思った。ほんとにそれでいいの?」

 佐多が俺の顔を見る。

「好きって、なんで断定口調なんだよw」

「茶化すときは大体そうだから。図星で、その場から逃げ出したいとき」

 訳も分からずムッとした。ムッとしか言いようがない。不快な気持ち。

「お前こそ鎌田のこと好きじゃん。俺仁科にそのこと話そうとして、止めろって言われて、それでもみ合いになって、キスもまあしたかも。触れ合う程度の、事故みたいなもんだろ。仁科が気にしてるから、俺も気になるじゃん。それで距離を置いてみただけ」

「嘘。ぜったいうそ。鈴木君が饒舌な時ってだいたいなんか隠してるよね」

 佐多が首を傾けて、ぎ、と俺を見た。

「キスしたかったらしたいって言えばいいじゃん」

 佐多が子どもみたいに唇を尖らせた。可愛くない。

「なんで自分の気持ちにまで嘘つこうとするの? 嘘って普通他人を欺くためのものでしょ? 自分を騙してどうしたいの? なにがしたいの?」

「別に何も」

 べつに。なにも。これは心の底からそう思えた。おれはほんとは、なにもしたくない。考えたくもないし、喋りたくもなければ、息もしたくない。存在も。したくない。

「こないだの。仁科君の家に行ったとき。あのときの鈴木君、嘘ついてない感じがした。自分の気持ちを、話そうとしてる気がした。それに好きでもない人のためにわざわざ怒ったりしないじゃん。ぜったい鈴木君、仁科君のこと好きだよ。嫌われたくないから、わざと先に嫌いになってみせるんでしょ。ダサいダサい死ぬほどダサいからねそれ」

「で」

 俺はわざと大きなため息を吐いた。

「はいはいわかった。好きでいい。それを認めたらお前は納得して帰ってくれるの?」

 佐多はきょとんとした顔で俺を見た。

「むしろここからが本題なんだけど」

「まだあるのかよ」




 佐多とそのあと何を話したのか、あまり記憶にない。ただやっぱり女はめんどくさくて嫌いだとあらためて思った。帰り道、少しだけ仁科のことを考えた。バカみたいなきょとんとした表情とか、声を出さない、顔をくしゃっとゆがめる笑い方とか、不意に思い出されてきて、でも歩いているうちに割とどうでもよくなった。ただ手のひらに、仁科の喉の骨。喉ぼとけのこりこりした感触。それらがまざまざと蘇ってきて、うっすら勃起した。それから無性に情けなくなって、歩いているうちに、このままどこへでもいいから消えてしまいたい、という風なことを思った。


 スーパーで買い物をして帰った。値引きの牛カルビを焼いて朝炊いていた白飯と一緒に食べる。カット野菜を適当に炒めて焼肉のたれで食べた。そこそこいける。牛肉はうまい。誰が焼いてもうまい。


 佐多の声が蘇ってきた。かわいそうでしょ。いたいんだよ。キャベツをほおばると、芯のところに火が通っていなかったのか、脳髄に派手な音が響いた。キャベツだって喋らないだけで。痛いかもしれない。牛だって無残に殺される瞬間、痛みを感じている。祖母だって、死ぬ瞬間は、めいいっぱい痛かった。きっと。

 だからなんだって言うんだ。鳩だってちゃんと下処理して食えばうまい。土に埋めたら肥料になる。人骨だって人肉だって同じだ。何も違いはない。


 ださいださい連呼されたことを思い出したらムカついてきた。食洗器に食器をセットしてスマホで動画見ながらソファで丸まって寝た。


 一晩寝たのに、まだイライラが体から抜けない。無性にムカついたから、適当にクラスのやつをいびって気を晴らした。なんでそんなことするのって、楽しいからに決まってる。

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