仁科君3

 部活は辞めたけど友達はできた。って言ったら母さんは喜んでくれるだろうか。また馬鹿にされそうな気がする。お母さんにとって友達っていうのは、休みの日に群れになって電車を乗り継いで商業施設へ連れて行ってくれるような人たちのことだし、ぼくを小突いたり馬鹿にするような人たちのことだ。


 鈴木も帰宅部らしかった。ふたりで放課後、佐多さんが出没しそうなところをふらふらする。一日一回佐多さんを観測出来たら大勝利。それ以外の日は商業施設で佐多さんの行動を分析したり次回のプランを話し合ったりした。


「あ、そうだ。ノート買わないといけないんだった。付き合ってよ」

「なんで?」

「いいから来いって」

 ぼくが何かを提案しても、鈴木は絶対一回は「は?」とか「なんで?」とか言ってくる。たぶん育ちがよくないんだろう。可哀そうに。


 鈴木は傲慢なんだけど、なんか憎めないところがあって、つい世話を焼きたくなってしまうというか、放っておけない感じがあった。ひとりで生きていくことが困難そうだな……と思う。しかもあんまり人間同士の関り? に慣れていない印象があり、不憫だった。ハイパー人間性の塊、兄と暮らしていたぼくからすると、鈴木はなんていうか、群れから隔離されて育った子猿って感じだった。鈴木の家に兄貴を派遣したい、と思う。



 とか考えながらノートを物色していると(節約したいから安いのがいい)、

「制服で大型商業施設をうろつくのは校則違反ですよ」

 という声が降ってきた。

「うわ」

 美術の鎌田だ。

「見回ってんですか、先生も暇ですね」

「いや、文化祭の絵の具が切れたから買い出しの引率」

「こういうの書類に残ったりするの?」

「初回だから口頭注意」

「へー」

「お前ら最近仲いいよな」

 鎌田がぼくたちを見て呟いた。

「うん、まぁ」

「とっとと行けよ。俺お前のこと嫌いなんだよ」

 鈴木があからさまに顔を歪めて、鎌田を追い払うジェスチャーをした。

「お前らもとっとと帰んなさいよ。寄り道してるんじゃありません」

 ぼくは、ノート買ったら帰りまーす。と言ったけど、鈴木は返事をしなかった。


 鎌田の声掛けに反抗するためだろうか、鈴木はそのあとフードコートでラーメンを食べた。たいして美味しくないし、複合商業施設を出て少し行ったところに美味しい昔ながらのラーメンを出してくれるところがあるのに。なんか子供っぽくて笑った。



「こういうとこのメニューって味濃いよね」

「味覚音痴増やして一生養ってく算段なんだろ」

「鈴木の味覚鈍そう」

「なんで?」

「なんとなく」


 なんていうんだろう。ぼくは自分のことを割とコミュ障だと思ってたけど、そうでもないのかも。鈴木を見ていたら自信が出てきた。それに部活を辞めたら元気がガンガン出てきて、負ける気がしない。



「部活辞めてよかった」

「そう」

「でも親は続けてほしかったみたい」

「あ、そう」

「兄貴と比べられてしんどかったな」

「兄弟もバレーやってたわけ?」

 鈴木がラーメン鉢からちらりと目線を上げてぼくを見た。

「まぁね、兄貴四つ上なんだけど」

「じゃあ今大学生?」

「そう。家にはいない」

 へぇ、と気のない返事がなんだか嬉しかった。鈴木は兄貴に興味がない。たぶん、ぼくにも興味がない。同じように扱われるのが、嬉しい。


 そう言えば、最近ぼくあんまり佐多さんのことを考えなくなってきてる。好きな人が欲しかったわけじゃなくて、本当は友達が欲しかったんだろうか。いやでも、佐多さんと放課後こういう風に遊べたら、それはとても嬉しい気がする。


 やっぱりこれは好きなんだろうか。


「なんだよ急に黙って」

「いや、おれやっぱりお前のこと好きだなと思って」


 鈴木がむせた。


「兄貴はおれのこと弟、って感じで目にかけてくれるけど、対等って感じではない。クラスの友達も、部活のやつらも、なんか違う感じがする。わかる? 表面の温度が、違う。でもお前は、おれのこと普通に見てくれるから、嬉しい」

「普通って?」

「馬鹿でも秀才の弟でもなく、ただの仁科って」


「だって俺お前の兄貴のこと知らねぇし」

 鈴木はそう言って頭を掻いた。

「知らないでいてくれることが嬉しい」


 鈴木の眉根がぐっと寄った。理解しがたい、という感じだろうか。まぁでもぼくは嬉しい。どんな形でも、側にいてくれることが。



「親に部活行ってないこと今日こそ話そうと思った」

「あ、そう。頑張って」

 鈴木の返事はそっけない。でも、いつものことだ。

「お前は部活とか入ってたりしたの?」

「そんなめんどくせぇことするかよ」

「へー、でも絵、上手いじゃん」

「なんで知ってんの?」

「よく美術室のとこに貼りだしてあるから」

「見んな」

「できることがあるのが、うらやましい」

「お前もなんか一個くらいあるだろ。できること。ペプシ早飲みとか」

「それ、できることのうちに数えていいものなの?」

「なんでもいいんだよ、特技なんか。勝手に胸張ってろ」

「いや、だって……」


 鈴木はぼくの口にチャーシューを押し込んで、ずずっとスープを飲み干した。


「帰るぞ」


 と言ってやおら立ち上がる。


 いやこっちの様子も見てくれよ、まだシェイク残ってんだけど。

 ぼくは無言でストローからシェイクをずずず、と音を立てて吸い上げ、しぶしぶ椅子から腰を上げた。

 

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