「昭子さん、起きてくださいよ。そろそろ時間ですよ」

昭子の肩を揺らして起こしている太郎は、こたつの上に置きっぱなしになっている飲んだ形跡のない湯呑みに入っているこんぶ茶に顔を近づけて、「もったいない」と湯呑みに向かってことばを吐く。

侍は時計を確認し、「昭子さん、とっとと起きてくださいよ。邪魔くさい」と横になっている昭子の背中を蹴ってみた。いきなり起きて怒られるのも怖いのですぐに太郎の後ろに隠れた。

「おいおい侍さん、それじゃあ俺が蹴ったみてえになるじゃねえか」

「だって怖いだろう」

「だったら最初から蹴るなよ、俺だって怖いんだから。こうやりゃ一発さ。俺はこの前ので一つ学習したことがある」

腕組みをし、侍に笑いかけた太郎は、

にゃあお。

猫がエサをくれといわんばかりの甘えた切ない声を出した。侍がなるほどと手を一つ打つ。


直後、今まで深い眠りの中にいた昭子がむくりとその体を起こした。

「ねこちゃんがいるわね」

起きたて一番に発したことばがこれだ。そして自分の周りに目を這わせ、猫の姿を探す。

「ねえ、今ねこちゃんの声聞こえたでしょ? ねえ」

太郎と侍に猫はどこにいるのか問う。

「昭子さん、寝ぼけてんじゃないですかい? 猫なんてどこにもいりゃしませんよ。もしここにいるとしたらそれは死んでる猫ってもんでしょう」

太郎が昭子の湯呑みを台所に下げる。

「そうよね。いるわけないのよねえ。おかしいわね、夢でも見たのかしら」

昭子は小首を傾げ、人差し指をこめかみにやる。

「そうですよ。夢ですよ。寝ぼけてます? ふつう夢はみないんですけどねえ」

太郎がふきんを持ってきてこたつの上を拭き始めた。

「この世を楽しんでんだからいいじゃないか。人は夢をみるもんだろう?」

太郎と昭子の掛け合いを聞いていた侍は、すっかりきれいに平らげたぼた餅の入った箱を自分の横に置く。中は空っぽだけど、まだ餡が残っているのだ。

「それにしても背中が痛いわ。誰かに蹴られたみたいに痛い」

昭子が己の背中を手で摩る。首を左右に振ったり、伸びをしたりして体をほぐしてみる。

目を合わせた太郎と侍は、「寝すぎですよ」「そんな硬い床で寝るから」と昭子を納得させにかかるが、バレるのは時間の問題かもしれないと感じた。

昭子は恐ろしく感がいいのだ。

話を変えないときっとこの空気を感じとって昭子が怒る。そうなると面倒くさい。まだ時間はあるが、今夜は早めに太郎が、


「お。来たみたいだぜ。じゃ、そろそろ始めるぜい」

と、素早くこたつの上に蝋燭を乗せた。

侍も首振り人形のように小刻みに首を振る。


昭子がなにやらゴタついたことを言い始めているが、無視し、ふうっと火を消したのだった。

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