三人の顔には、苦虫を噛み潰したような、酸っぱい梅干しを食ったときのような、複雑な表情が張り付いている。


しばしの間、沈黙が訪れた。


外を通るバイクの音に沈黙は破られた。通り過ぎたバイクの音を追うように雨音が聞こえてくる。

知らない間に降り始めた雨に世界はねずみ色に濡れていたのだ。

シトシトと降る雨のにおいを猫夜が鼻をヒクつかせて嗅いで嫌な顔をした。

猫夜は雨が嫌いなのだ。

犬飼が小さく頷いた。


「死んでからもう一度殺さねえと気がすまねえ」

湿ってよどんでいる空気を切ったのは太郎で、

「その男、どのツラさげて生きてきやがったんだ。俺がこの手で同じことをしてやりてえ。どんなツラでこっちに来るか、楽しみになって来たぜ」

と、どす黒い殺気を帯びた低い声で独り言ち、犬飼と猫夜を睨みつける。

「太郎、この子達を睨んだってしょうがないじゃないか。あんたが動物を好きなのは知ってるけどねえ、猫ちゃんはまだしもワンちゃんがびびってるわよ。おやめなさいな」

昭子が酒の入ったグラスをゆっくり口に運ぶ。


「どっちにしろ今日でおまえらの恨みが晴らせるんだから、思い切りやってやれよ」

侍の言葉に猫夜も犬飼も大きく頷き合う。


「どれ、じゃ、ちょっとばかり早い時間だが俺の気がおさまらねえ。そろそろその男のところに出向いてみるとしますか」

太郎が目をギラつかせてにやつく。

昭子のように表には出さないが、太郎も昭子に負けず劣らず動物が大好きなのだ。

猫夜の仕草を見ても顔色一つ変えていないから皆には感情がわからないが、実は、足の指をもじもじさせて触りたい衝動を必死に抑えていたのだ。


そんなこととはつゆ知らず。猫夜と犬飼は少しばかり太郎に恐怖を感じていた。


「その前に、お宅様方はどなた様なんですか? あたしらは侍さんはわかります。侍さんのおかげであたしらは復讐できるんですから。ですが、お宅様方は……」

猫夜がいろいろと話はしたが、今目の前にいる二人が一体なんなのか、検討もつかなかったのである。

話しながらいろいろ考えを巡らせてはみたものの、今までに会ったことはない。接点がまったくないのだ。

太郎と昭子のことはどんな人なのか、なぜここにいるのか。

はたまた太郎がどうやらリーダーっぽいと思うが、それがなぜなのか、いまいち解せないでいた。


「それは俺が説明しちゃる。俺がお前らに会ったときに話しただろ。そのときが来たら『俺ら』に話せって。その俺らっつーのがこの二人のことよ。俺には力はまったくねえが、この二人はそれができる。おまえらの恨みを晴らす手伝いをしてくれる」

侍が答え、猫夜と犬飼が、なるほどとストンと事情を飲み込んだ。

どうやらこの三人は仲間らしい。


「俺たちは江戸の頃からここに生きてるんだよ。お前さん方よりうんと昔からいる。その時代時代で姿形を変えながら、もうずうっとこの地で人間の生き様を見て来たさ。なあに、時代が変わっただけで人間なんてなにも変わりゃあしない。全て欲に従って動いてるだけのいきもんだ。最後には百パーセント死ぬっつうのに、人と己を比べてもがきまくって生きている。おもしれえだろ。けっこうな数を見て来てな、だいたいみんな似たり寄ったりな生き方、死に方に正直飽きたわけよ」

侍がそれはそれは可笑しそうに人間とはなんたるかを説明した。


「それでねえ、頭のいいあたしたちは気づいたわけ。生きてる人間は欲で動く。欲にまみれて生きすぎると、人は人を殺すってね。殺された人は幽霊になるのよ。それで、殺したやつに取り付くか、今生を忘れたい一心で逃げるように上に逝くの」

昭子も侍同様に目をギラつかせて猫夜と犬飼をじいっと見る。

猫夜と犬飼は顔を見合わせ、唾を飲んだ、猫夜の耳が後ろに倒れている。犬飼の尻尾は腹にぺったりとつけて隠れていた。


「そこでだ、俺たちはこの幽霊を相手にこの世を楽しもうと考えたわけさ。まず俺がその辺をふらふらしておまえらみたいな恨み辛みを纏ってどうにもならない幽霊を捕まえる。そして、お前らの恨みを晴らさせてやる代わりにお前えらに起こったことを話してもらう。それが酒の肴にもってこいなんだよ。これは前にも言ったろ? 話ってもんは最高の肴でな。その約束ができたら取引完了だ。殺した奴が死ぬ時期にお前らが現れるように細工し、復讐の機会を与えてやる。でもだ、俺一人じゃそれはできねえ。でも、この二人がいたら可能なんだよ。わかったか?」

侍がメロンソーダのグラスをまるでワイングラスのように手の内で回している。


犬飼は何かしゃべらないと己の身になにか怖いことが起こりそうな気がして、口を開こうとしたところで猫夜にその開いた口をパンチされる。


「はあ、なるほど。お三人方があたしらの無念を晴らすお手伝いをしてくださるということですね」

猫夜が喉の奥でにゃんと唸った。


「長年この地に住み着いているとうことは、みなさま方はよもや幽霊ではなく、もしやあの影の内に潜むという」

「妖怪って言いたいのかい?」

猫夜の疑問を素早く引き取って太郎が先に答える。

「違うんですか? あたしの母猫が昔あたしに教えてくれたことがあります。この世には猫又という猫の妖怪がいる。妖怪は神出鬼没だ。いつどこで会うかわからない。妖怪というのは昔からこの地にいる地の神だ。出会ったら幸運。何を言われても何をやられても神様には絶対に逆らうな。と。だから、よもやあなた方はきっと」

「さあな、どうだろうなあ」

含むように笑った三人を見て、猫夜は理解したとばかりに大きく頷くが、犬飼は眉間あたりに皺を寄せたまま頭を傾けていた。

そんな犬飼を猫夜はこバカにしたように黄色い目を線のように細めていた。


昭子と侍が後ろで、あたしらは神様だってよ。この前は守り神とか言われたねえ、そうだ、これからは神と名乗ろう。あたしらはたぶん神だね。そうだと思ってましたよ。やっぱりねえ。などと、嬉しそうな声で有る事無い事言い合っていた。


「よし、じゃあ、そろそろ行くぜい」

太郎が楽しげな目を犬飼と猫夜に向けた。

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