・・

「そこで何してるの? もしかして入ろうとしてる? 入らないでって言ったよ」

「違うの。これにはわけがあるの」

首を振ってドアのぶに伸びた手をひっこめた。


司は靴を脱ぎ、ゆっくりと家の中に入ってくる。後ろ手にベランダの戸を閉め、器用にカーテンまで閉めた。


「何が違うっていうの? そこにいるのは入ろうとしたからだよね。それに、家の中めちゃくちゃだし。何してたの」

ゆっくり近づいてくる司の目は見れたものじゃない。冷たく感情のない表情はただただ怖かった。

一歩後ずさる。


「違うの。お庭の小屋にだれかいるの」

「庭の小屋?」

司の動きが止まる。眉間にすうっと線が入り、こめかみがぴくりと動く。

「お庭を散歩していて、小屋の前を通ったら声が聞こえたの。まさかと思って呼びかけたら、助けてって声がして。だから私鍵を探しに来たの。たぶん近所のこどもが間違えて入っちゃったんじゃないかな。それで、鍵を家中探したけど無くて、だからもしかしたらって思って。でもね、入ろうと思ったけど、やめようとしたところに司が帰ってきたんだよ」

一息に話した。


「ふうん。そう。小屋行っちゃったんだ。しかも声が聞こえたって?」

おもむろにポケットに手を入れて司が取り出したのは、小さなポケットナイフだった。

なぜそんなものを出したのか不思議に思った瑞香だったが、ナイフに恐怖を感じ壁に背をつけ、一歩下がる。


司が顔の前でナイフを左右に振る。口元はうっすら笑っていた。

怖い。殺される。瑞香はそう直感し、逃げ道を探した。

しかし、後ろは既に壁だ。逃げるためには司を押し退けなければならない。


「小屋の中は入れないし開けられないよ。僕じゃなきゃ開けられないんだ。だって、鍵は僕が肌身離さず持っているから。それに、そうか、まだ生きてたんだ。それはびっくりだな、とうに死んでると思ったんだけど。そうか、新しい発見だね司」

自分自身に語りかけている司を目の前にし、瑞香の背筋に冷たい恐怖が這った。

顔つきが普通ではない。


「人を、殺したの?」

震える声を隠すように聞いた。

冗談だと信じたい。そんなことする人ではないと思いたい。小屋の中の人は間違えて入ってしまったんだと言ってほしかった。


「殺したつもりだよ」

まるでふつうに、なんの感情もなく答えた司の正体になぜもっと早く気がつかなかったんだろうとここに来て自分を責める。今までにだっていろいろおかしな面はあったじゃないか。


ナイフが光る。

己の肩が上下する。

身体が震える。


「君の番はもう少しあとだったのに、余計なことをするから予定が狂っちゃったよ」

にたついた司の目は、瑞香の感じる恐怖を楽しんでいるように見えた。

「あの人は誰なの」

恐怖に体も声も震えている。でも、あの人が誰なのか知りたかった。まだ逃げるチャンスはあるのだ。話を伸ばせたら逃げられる隙ができるかもしれない。うまく逃げられたら警察に駆け込もう。


「これから自分が死ぬって時に見たこともない女の心配?」

「女の人なの? なんで? なんで殺したの。いつからいるの」

「まだ死んでないんでしょう? 大丈夫だよ。あの小屋の中で朽ち果てたと思ってたけど、やはり女性の生命力は強いな。いつから? 二週間くらい前じゃないかな。どうせ殺すんだ。だから詳しいことなんて覚えてないよ。睡眠薬入りの飲み物を飲んで君がすやすや夢の中にいる間にやったことさ」

「睡眠薬、飲ませたの?」

自分の知らぬ間に睡眠薬を飲まされていたなんて。それが現実に起こったのだ。


恐怖と怒りが瑞香の身体を熱くする。

許せない。


「そうそう、その表情。最後に怒れば怒るほど身がしまるんだよ。身がしまるっていうのはさ、瑞香が朝食べた野菜あったでしょ、その土の下にはね、小屋で見つけた女の両腿を養分として埋めたんだ。皮を剥ぎ、腐らないようにしてね。美味しかったでしょう。本当は膝から下を埋めたところに咲いたバラの花びらを紅茶に浮かべて飲ませてあげたかったのに。それが叶わなくて残念だよ」

「信じられない」

「でしょう。でも本当のことだよ。野菜だって美味しい美味しいって言ってたべてたじゃない」


瑞香は朝食べた野菜を思い出して口元を両手でおさえた。

野菜の下にあるものを思い描けば描くほど口の中が酸っぱくなる。

とうとう我慢できなくなり両膝をつく。体が震える。嗚咽が漏れる。鼻の奥が痛い。

瑞香は堪えきれず、胃の中の内容物全てを吐き出した。


苦しみと気持ち悪さと恐怖に涙が落ちる。

こぼれ落ちる涙と止められない吐き気の向こう側で司が楽しそうに笑っている声が聞こえた。


何を言っているのかはわからないが、ああ、私はここで終わるんだ。ということが脳裏によぎったところで記憶がぷつりと途切れたのだった。

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