第二話

 身支度を済ませ、お買い物バスケットを片手にリリィは駅前の商店街を目指して家を出た。ちゃんと戸締りをし、キキにお留守番を命じてからドアが開かないことを確認する。


 商店街は最寄りの汽車の駅の駅前広場を囲むようにして建っていた。

 近くに騎士団や魔法院があるせいか、どのお店も街のサイズにしては規模が大きい。食料品店グローサリー肉屋ブッチャー魚屋フィッシュショップ雑貨屋ゼネラルストア製パン店ベーカリー。それぞれが昔からここに店を構えている、自然発生的にできあがった商店街だ。

 魔法院から駅前までの田舎道をトコトコと歩きながら、リリィは今日のショッピングリストを頭の中で確認した。

(とりあえず魚介類はちゃんと見て、鮮度が良さそうだったら買うことにしよう。ダメだったら仕方がないから豚肉かしら。新鮮なお魚の切り身フィレがあったらそれでもいいかも。ポークやお魚の切り身だったらどちらもバターソテーにできるし……)

 その他には食料品店で付け合わせのお野菜、ベーカリーでパン、雑貨屋でダベンポートの新聞とリリィの女性雑誌。卵と牛乳は魔法院の近所の農園で新鮮なものがいつでも手に入る。

 買い物はあとでお店に届けてもらうこともできたし、あらかじめ言っておけば配達してもらうことも出来る。しかし、リリィは自分の目で確かめて、自分で持って帰るのが好きだった。

 商店街に着くと、まずリリィは野菜とパンを調達した。ついで雑貨屋へ。

 お魚を買うのは最後にしないと。少しでも新鮮な状態で持って帰りたい。

「あらリリィ、いらっしゃい」

 雑貨屋に行くと、いつものように女主人が明るくリリィを出迎えた。

「こんにちは、マーガレットさん」

 バスケットを持っていたので片手でスカートをつまみ、左足を後ろに引いて腰を少し低くする。

「リリィは今日も元気そうね」

「はい、おかげさまで」

 リリィは雑誌のスタンドからいつも読んでいる女性雑誌を一冊、新聞スタンドから今日の新聞を一部抜き取ると、マーガレット夫人の前に置いた。

「リリィ、今日は何を作るの?」

 お金を受け取りながらマーガレット夫人が訊ねる。

「今日はお魚にしようと思っているのですが……」

 ちょっと口ごもる。

「品物を見てから考えようかなあって思ってます」

「あら、それなら今日はきっと大丈夫よ」

 マーガレット夫人はにっこりと笑った。

「そうなんですか?」

「今日はね、お魚屋さんのデイビッドさんの機嫌が良かったの。朝聞いてみたら、今日は仕入れが良かったんですって」

「へえ」

 そうか、今日はお魚が新鮮なんだ。

「ほら、デイビッドさんのところって鮮度がブレブレじゃない?」

 マーガレット夫人は少し小声になるとリリィの耳元で耳寄りな情報を囁いた。

「なんでもね、仲買人によって鮮度がすごく違うんですって。今日はいい仲買人がいたみたいよ」

…………


 王立卸売魚市場ロイヤル・フィッシュマーケットはセントラルの北、港のそばにある。開場が朝の四時三十分、閉場は午前九時三十分。

 マーガレット夫人によれば、魚屋のデイビッドは日曜日を除くほぼ毎日、セントラルの市場まで魚を仕入れに行っているのだという。

「だからデイビッドさんは馬車持ってるのよ」

 とマーガレット夫人はリリィに教えてくれた。

「まだ汽車が走っていない時間だからね」

 なるほどと関心しながら雑貨店を後にして魚屋へ。

 魚屋のデイビッドはもみあげから鼻の下まで続く濃い髭を貯えた、厳つい中年の男性だった。ヘンリーネックのシャツの腕を捲り上げ、営業時間中は常に腕組みをして店の前に仁王立ちになっている。

「こんにちは、デイビッドさん」

 リリィはスカートをつまみ、片膝を曲げて挨拶した。

「やあリリィちゃん、こんにちは」

 リリィを見るなり、デイビッドが相好を崩す。厳つい見た目とは異なり、笑顔が優しい。

「デイビッドさん」

 リリィは店先に並んだ魚介類を見ながらデイビッドに訊ねた。

「今日はカレイと魚介のワイン蒸しにしようと思うんですけど、カレイのいいものって入ってます?」

「ああ、今日のカレイはいいね。身が厚いし新鮮だ」

 デイビッドは一際大きな笑顔を浮かべた。

「魚介のワイン蒸しならムール貝と小エビもいいのが入ってるよ」

 そう言いながらムール貝と小エビの入った木箱を目で示す。

「ちょっと見てもいいですか?」

 リリィは断ってからデイビッドの言う『良いカレイ』を見てみた。

 丸い身体がなんか可愛い。確かに新鮮そう。身が締まっているし、色も綺麗。大きさも丁度良い。

「それはさ、ちょっと変わった仲買から仕入れているんだ」

 魚を吟味するリリィを見ながらデイビッドは言った。

「変わった仲買さん?」

「ああ」

 デイビッドは頷いた。

「変な奴でね、いつも少ししか魚を持ってこない。その代わり、そいつの持ってくる魚は市場でもまだ生きているんだ。すごいだろ?」

 生きた魚を市場で売っているなんて聞いたことがない。タラとかカレイとかのお魚はどこか遠くで獲って、氷詰めにして運んでくるのだとばっかり思っていた。

「本当ですね」

 リリィは感心して目を輝かせた。

「だからさ、俺はそいつの魚は優先的に買う事にしてるんだ」

 その後、リリィは海水に浸ったムール貝をちょっと突いてみたり、エビの入った木箱を覗いたりして慎重に鮮度をチェックした。

 ムール貝は活きが良いと突いた時に口を閉じる。エビの鮮度のチェックは簡単、頭が黒くなければ新鮮な証拠だ。

「じゃあ、カレイを二枚、ムール貝とエビをそれぞれ二人分、ください」

「カレイは捌くかい?」

「お願いします」

 デイビッドはハサミとナイフを使って器用にカレイを捌いてくれた。リリィが感心して見ている前で、出来上がったカレイとムール貝、それにエビを手早く紙に包む。

「お魚の鮮度って仲買人さんで決まっちゃうんですか?」

 リリィは少し迷ったが、お金を払いながらデイビッドに訊ねてみた。

「まあ、そうだねえ」

 お金と引き換えに魚の包みをリリィに渡しながらデイビッドが少し考え込む。

「お天気にもよるし、海の具合も関係するね。なんだリリィちゃん、魚に興味があるのかい?」

「いえ、そういう訳でも……」

 流石に「なんで鮮度がブレブレなんですか」とはデイビッドに訊けない。

「まあ、確かに他の食品に比べると魚介類は鮮度の当たり外れが大きいやなあ」

 デイビッドはリリィの心を読んだのか、ニヤッと笑った。

「どうだいリリィちゃん、今度一緒に市場行くかい? 一緒に行ったらその変な仲買にも会えるよ。新鮮な魚の買い方も教えてあげよう」

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