第4節

 船はランプを通り、タイヤを出して市街地を駆け出した。舗装されていない道をタイヤが蹴ることで、土埃が沸き立つ。


「ブロックFの五一八号、か」


「そこを右だ」


「え?」


「続いて左。その緑色の屋根の家を右折」


「コダマ……?」


「ここだ」


 船は赤い屋根の家の前に止まった。コダマは荷物を片手に船を下りた。そしてインターフォンを押した。


「はい」


「郵便です」


 家から女性が出てきた。黒髪の美人である。しかし、病弱そうだ。年の頃はコダマと同じくらい。そして一緒になって、五歳ぐらいの男の子が現れた。


「……」


 コダマは唖然としていた。手元の端末がサインを求めるアラームを鳴らし続けている。


「……あの、どうかしましたか?」


「あ……いや。なんでもありません。サインをお願い致します」


「はい。……?」


「では」


「あ、お待ちになって」


 コダマはビクッとした。そして後ろを振り返った。


「ごめんなさいね。これを届けて頂けないでしょうか」


 船に戻ってきたコダマは、青ざめていた。


「……どうしたの? さっきからおかしいよ」


「おふくろだ」


「え?」


「今のは俺のおふくろだ」


「うそっ! ご挨拶しなきゃ」


「やめろ。言ってるだろ。もうとうの昔に死んでる。——俺たちの時間ではな」


「でも……」


「やめておけって言ってるんだ」


   *


 船は農業開拓連合の事務所へと走っていた。道路の右も左も一面の畑で、惑星特産の野菜が列を成して実っていた。


「……で、何を貰ったのさ。いやまって。当てよう——ご飯だ!」


「弁当だ。おやじのな」


「きゃー大変! おやじさんにも会っちゃうなんて!」


 スラッシュは完全に面白がっていた。


「……」


「嬉しくないの?」


「別に」


「薄情だなぁ」


「あのな。お前にどう思われようと別に良い。ただし俺たちは未来から来たんだぞ! 忘れるな!」


「仕事しようって言ったのはコダマじゃん」


「そうだが……!」


「ねえ何をそんなに動揺しているのさ」


 コダマは押し黙った。そして、巨大な農業トラクターの往来を眺めている。

 事務所は広大な畑のど真ん中にポツンとあった。傍らに船を止めると、コダマは出てこようとするスラッシュを押しとどめた。


「お前は中だ」


「うわーん」


 事務所の中に入り、コダマは決まり切った言葉を言おうとした。だが、おしとどまった。


「……コダマ・ヨシオさん、いらっしゃいますか」


「私ですが……」


 コンピュータに向かっていた、作業着姿の男がスッと立ち上がった。似ている。間違いなく自分の父親だとコダマは思った。思わず、帽子を深く被った。


「コダマ・キョウコ様から短距離便を承っております。こちらにサインと支払いを」


「あちゃあ! 忘れてた! ありがとう!」


 端末に手をかざすと、指紋認証によるサインと支払いが行われた。


「おお、愛妻弁当かよ。コダマはいいなぁ」


 ヨシオの同僚が群がってきていた。早いところ退散したほうが良いと、コダマは思った。


 ——鉱害を許すな——


 コダマの目に、スローガンが書かれたポスターが目に入ってきた。


「ああそれかい」


 立ち止まったコダマに、ヨシオが声をかけてきた。


「鉱山開発のせいで、農業用水が汚染されているんだ。この辺の水も危なくなってきている。今度の週末、デモ行進をする予定なんだ。キミも来るかい?」


「……いや、俺は……」


「まぁそうだよな。いいんだ。ただ知っていて欲しかっただけだから」


「……知ってるさ」


 コダマは誰にも聞こえないような声で呟いた。

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