第2節

 きっかり一時間後、生徒四十人分の手紙が集まった。意外なことに、あの平々凡々とした子の手紙も間に合った。既に書き上げていて、その上で手紙回しをしていたらしい。


 コダマは手紙を一つ一つ、切手が貼ってあるか確認しながら校門へ向かっていた。


「郵便屋さーん!」


 声をかけられたので振り返ると、そこにはあの平々凡々少年と、女の子がいた。


「これもお願いします!」


「うん? ああ、良いよ」


 コダマは不思議に思った。平々凡々くんのほうはすでに貰っているし、少女のほうも確か受け取ったからだ。手紙も、葉書ではない。パンパンに膨らんだ封書なのだ。それも、二人で一つ。


 詮索しようとしたところ、また腕時計が震えだした。コダマは着信に出た。するとスラッシュのうめき声が流れ出してきた。


「もう一時間ー。もう一時間ー」


「だから定食屋でも行けって!」


「お金なくて追い出されたァ」


「クソッ!」


 通話を強制的に終わらせると、コダマは少年少女に会釈をしてそそくさとその場を後にした。早いところ戻って、飢えたナマコに何か食わせてやらなければならない。悪食のスラッシュのことだ。とっておきの宇宙食どころか、郵便物の生鮮品まで開けて食いかねない。


   *


「それで? その大量の手紙どうするの?」


 肉の匂いをプンプンさせながら、上機嫌のスラッシュは操縦桿をとった。


「これから十年分飛んで、未来の子供達に届ける」


「それから?」


「さらに十年……二十年後に飛ぶ」


「それから?」


「その繰り返しだ」


「つまんないね」


 郵便船は光速域に入った。


「そういうな」


 コダマは手紙の時間分けをし始めた。十年、二十年、三十年……と。


「それって何年くらいまであるの?」


「みんな、五十年目まで書かされていたな」


「ふぅん。……あ、外時間が十年になるよ。急減速開始」


「よし。宛先を追跡しろ。官庁のコンピュータにアクセス。引っ越しがないか調べる」


「はいよ」


 子供達は皆、成人していた。大学へ行っているものや働いているものなど、様々だった。誰もが、自分が書いた将来への手紙を小っ恥ずかしそうにして受け取っていた。


   *


 二十年後は少々、追跡に時間を食った。懐かしそうに受け取るものや興味が無い素振りを見せるものなど、反応は様々になっていく。


   *


 三十年後には、手紙を見るもの達に、書き手の子供達が加わった。書き手はその手紙の内容や、金釘流の文字をはやされ、盛り上がった。


   *


 四十年後になると、いくつかの手紙が追跡不能か、差出人が亡くなっていた。それでも手紙が届いた人々は、懐かしさに盛り上がり、同窓会のきっかけにもなったようだった。


   *


 しかし五十年後に届いた手紙に対しては、皆反応が冷淡だった。コダマも苦労して追跡して差出人を探し当てた割りには反応が薄く、拍子抜けしてしまった。人間、年をとると感情が平坦になってしまうのだろうか。はたまた、自分がかつて思い描いたことと食い違った現実に目を背けようとしているのかもしれない。


   *


「これでお終いだね?」


「ああ……あれ?」


 コダマは郵便袋に残った、一通の封書を見つけた。あの平々凡々少年と少女から貰った封書だった。


「うそっ! 配達忘れ? 時間は巻き戻らないよ!」


「あせんな」


 といいつつ、コダマは内心焦っていた。光速船は片道切符のタイムマシンである。一度光速で飛んでしまうと、もはや過去へは戻れない。


 だがコダマの焦りは疑問へと変じた。宛先の年月日は、差し出し日より百年後を示していたのだ。スラッシュの電話で切手の額面や宛先年月日を確認し忘れていたのだ。


「百年後だとさ」


「百年後? もう誰も生き残っていないでしょぉ」


「……いや。生きている。いるさ」


 コダマは宛先を確認しながら呟いた。

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