天井はかなり高く、広々とした雰囲気で、日本ではかなり贅沢な造りだとは思う。

 中庭をかこむようにつづく廊下を歩きながら柱頭の模様を指差し説明するアグネスの口調が誇らしげなのも理解できる。だが、

(なんだか、この建物のなかに……石のなかに吸い込まれそう……)

 どうにも奇妙で落ち着かない気持ちになってくるのだ。夕子を見ると、珍しげに屋根や柱を見ており、とくに不安そうにも不快そうにも見えない。自分はすこし神経質になっているのだろうか、と美波は自問した。

(考え過ぎるようになっているのかな、わたし。必要以上に物事を悪く受けとっているのかも。……あんなことがあったから)

「美波、どうしたの、早く来なよ」

 会ってすぐだというのに名前で呼ぶ夕子の、その気さくさに美波はすこし救われた気分で、こわばった微笑を返して、足を速めた。

(いつまでも気にしていちゃいけないわ。……そうよ、ここへ来たのは、やりなおすためなんだから。もう一度学校生活をやりなおすのよ。もう一度、人生をやりなおすのよ)

 美波はそんなことを思いながら廊下を急いだ。


「聖ホワイト・ローズ学院へようこそ」

 学院長室で二人をむかえた初老になろうかという学院長は、アグネスとおなじく尼僧の装いで、縁なしのメガネをつけており、その下にはいかにも厳しそうな目が光っている。

 ミンチン女史だ――。

 室内に入った瞬間聞こえた夕子のささやき声に美波は頷きそうになった。

(まさに、ミンチン女史だわ)

 子どものときに読んだ有名な児童文学作品に出てくる、ヒロインを苛める意地悪な校長にそっくりのイメージだ。美波は緊張に背がかたくなるのを自覚した。

「ミス・コンドウにミス・オゼですね。あと、ミス・サイジョウはどうしました?」

 先ほどシスター・アグネスがしたのとおなじ質問を口にする学院長に、すかさずシスター・アグネスが答えた。

「遅刻だそうです」

 ミンチン女史……ではなく、学院長の茶色の眉が吊り上がる。

「入学日そうそうですか? まったく、これだから……」

 驚いたことにまた先ほどのシスター・アグネスとおなじような言葉を学院長は口にした。

 そして同じように続きの言葉を止めたまま、二人に冷たい視線をむけてくる。よく見ると、その目が凍ったように冷たい青色、まさしくアイス・ブルーに見えることに美波は気づいた。やはり彼女も完璧な日本語を話しながらも日本人ではないようだ。

「しかたないでしょう。まず、自己紹介します。わたくしは、サマンサ・オサリバン。聖ホワイト・ローズ学院の院長です」

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