2045 戦争平定宣言

 千月はトイレから出た時、なぜか嚮後は執務室の扉の前に立っている。


「あ、あれ?嚮後さんどうしてここに…」


「やっぱりか…アンタ、やっぱりここにいるのね?」


「えっと?」


「いきなり救援要請がキャンセルされたから、どういうことか見に来たの。」


 おお?まさか台南までにも援軍を要請したのか?


「そして途中でいきなり戦勝情報が飛んできた、ありえなくない?数時間しか経ってないのに…」


「そうですか…」


「この救援を機に、ここの指揮権を乗っ取るつもりだけど、まさかキャンセルされ、しかももう解決されたとは…、真っ先にアンタの顔を浮き出したの。」


「…………」


「アンタ…ここにいるということは、やっぱり全部アンタの仕業ね?」


「ごめんなさい、嚮後さん、あなたに危険な目に合わせたくないの…」


 まさか…まさかこれも千月の計算の内か?だから援軍要請を取り消されたのか。


「危険なのはどっちよ!アンタまだ病み上がりでしょう!?どうしてこんな事をするのよ!」


「ごめんなさい…」


「…もういいわ、あたしの見せ場を奪われる代わりに、詳しく聞かせて貰えないかしら?どうやって勝ったのかを。」


「はい…」



 そして、城主と天上も混ざって、嚮後に雲林防衛戦の一部始終が全部説明した。


 嚮後の顔は…、それはもう、どう表現すればいいか…、とにかく複雑だ。



「…3千対3万、十倍の戦力差があるにも関わらず、無傷の完全勝利…、しかも大将を含み2万余りの敵軍も生け捕りにした戦術は、まさかただのハッタリとは…」


「はい…さーちゃんとゆうちゃんが居ないと出来ない事です、ただ運がよかっただけです。」


「それが運?本気で言ってるの?」


「ええ、そもそもゆうちゃんさーちゃん、あと天上さんとセントさんが居ないと…」


「ふざけないで!!」


「ひぃー!きょ、嚮後さん、そんなに大声を出さなくても…」


「フフフ…嚮後よ、感想は?」


「呆れただけよ!」


「呆れた?賞賛すべきだと思うが…」


「凄いのはわかってる、しかしそれ以上に呆れたのよ!天上、アンタわざとやっているのね?ちーちゃんをこんな所に連れてきたことは。」


 ちーちゃん?


「…ちーちゃん?」


「勘違いしないで欲しい、千月自分から申し出したことだ。」


「それでもアンタが原因でしょう?わざわざちーちゃんの前にこんな事を言い出したのは。」


 ちーちゃん?誰だ?


「…確かにそうだな、否定はしない。」


「本当、呆れたわ、頭に来た!ちーちゃんは病人でしょう?どうしてこんな事をするのか!」


「仕方ないのだ、まあここは攻め落とされても、我と関係ないがな、ただちょうどいい機会だ、千月の力、もう一度確かめたいだけだ、それも完璧で、文句なしに示された。」


「アンタの思惑など関係ないわ!もし負けたら…ちーちゃんが死んたら、どうしてくれるのよ!」


「うん?お前となんの関係もないだろ?」


「大ありよ!この前の借り、まだ返していないのに、勝手に死んたら困るのよ!」


「嚮後さん…それはもう、過ぎたことですし…」


「アンタね!今にも死にそうな顔をしてるじゃない!こんなに疲れているのに、天上!アンタ全然気付いてないの!?」


「わ、私は別に…」


「…済まん、確かに顔色が悪いようだ、千月、今日はもう休め。」


「とにかくちーちゃん、あたしと一緒に嘉義に戻ろう。」


「ええ?しかし…」


「ここのことはもう済んたでしょう?こんな前線に居ると危ないのよ、それに軍人がいっぱいいる所だから空気も悪いし、病人のいるべき場所じゃないわ。」


「千月さん、後は自分に任せよ、3万人独りも残らず全滅されたぞ?奴らはしばらく動かないはずだ。」


「そうですね…しかしもう夜ですし…」


「こんなまともな寝所もない城に眠る気?元気な人間でも病気がかかるわよ!」


「ははっ…酷い言われたな。」


「ちょうど大き目な馬車が乗ってきたわ、みんなあたしと一緒に戻ろ、安静で安全なホテルに休んた方がいいよ。」


「はい…、あっ、あの…ちーちゃんって?」


「アンタ、あたしの友達になったでしょう?」


「あっ、そういえばそうですね…」


 ああ、あの時の約束か。


「だから近付きの印で、これからはちーちゃんっと呼ぶわ、あたし達、これからは親友よ。」


「で、でしたら私からも…」


「却下、きょうちゃんは却下よ!オヤジはいつもそう呼んでるから、聞くだけでイライラするわよ!嚮後でいいよ。」


「はい…」



 結局、嚮後が強引に全員連れ戻された。


 千月は馬車に乗った後すぐ気絶した、もちろんうちも一緒に眠らされた。


 やっぱり後遺症が残っているな、執務室にいる時、明らかに疲れている、しかも20%も二回連続で起動したし、無理もないか。



 #



 C.E.2063_0529_1523



 …うん?もう翌日の午後3時だ、結構寝たな。


 ここは…この前の嘉義城内の超高級な貴賓室か。


 千月はまだベッドに横っている、かなり疲れているようだ、多分後遺症か?一睡しても回復できていない。


 全員いるな、流石に春ねえはいないけど。


 しかしそんなことはもうどうでもいい、目の前にいるありえない光景が、他のことは全部どうでもよくなった。


 それは、何故か嚮後は、千月の前に、涙目で土下座をしているのだ。



「ちーちゃん…、本当に…ごめんなさい。」


 こいつ、プライド高いって、セント言わなかったっけ?プライドはどこいった?


「もういいって、嚮後さん、もう何度も言いましたよ?それは私自身の責任ですの。」


「でも…、そんな子供みたいな意地を張らなければ、こんなことにはならないわ…」


「もう、嚮後さんったら、私だって、何故か負けたくないって、変な意地を張っているんですよ?自分にも責任があります、それにもう治りました、これも嚮後さんのお陰です、だからもう気にしなくてもいいのですよ?」


「治っていないじゃないか…、現に相変わらず悪い顔色だし…」


「参りましたね、だったら嚮後さん、一ついいかしら?」


「はい?」


「私達、実は大きな目的がありますの。」


「目的?ああ、そういえばセントラルから聞いたわ、アンタ達はここの人間じゃないって。」


「そうです、その目的のために、澎湖からやってきたのです。」


「目的とは?」


「氷人の地へ入り、氷人と接触し、隔離空間を解放する、そのためにはまず、この台湾長年の戦争も、全部…くっ…」


「ちーちゃん!無理するな!」


「大丈夫です…」


 千月は、ベッドから身を起こした。



「この愚かな戦争、この私が、平定してみせます!!」



 ああ、早いな、もう行動に移したか。


「お…おおーなんと!千月様!その偉業、是非このセントラルにも、一角を担いてください!」


「もちろんですよ、セント。」


「もちろん私達も一緒ですね、お姉様!」


「当たり前よ、さーちゃんとゆうちゃんにこれから絶対離れないって言ったでしょう?」


「フフフ…これも、我に対しての返答か?」


 何故か天上も居る!いつもいつもどこから湧いてくるのよ!?


「そうです、天上さん、そもそも私達最終の目的は氷人の地に在ります、拒否する理由なんてありません。」


「そうか、しかと受取った、我がつるぎ、今後はお前のものになろう。」


「て、天上まで…」


「嚮後さん、こういうのはどうでしょうか?」


「こうって?」


「嚮後さん、あなたは確か名を上げたいようですね。」


「そ、そんなこと…」


「例え名声がいらなくても、春ねえに嚮後さんの良いところを見せたい、春ねえに勝ちたいって、そうでしょう?」


「あ、ああ…、あの女…、今日はちーちゃんのためじゃなかったら、こんなクソボロ城、誰が好き好んて入れるか!」


「だったら、私達の目的に参加しません?」


「え?どうして…」


「台湾は氷人の手から解放、戦争の平定、この偉業を成し遂げる暁には、私達は人々からどれだけの賛辞と名声を手に入れるのか、うまくいけば、台湾の統治者にも成れます、そしてこの偉業を成し遂げた偉人達の名前には…」


「………っ!」


「嚮後さん、その中に、あなたもいます。」


「……っ!し、しかし、今までそうやりたい人が沢山あったのよ?全部失敗したわ、それはどれだけ困難なことか…、口だけならなんとも言えるわ!」


「もちろん、きっと茨の道です、だからこそ偉業よ、その道を超えられる人こそ偉人よ!」


「……簡単に言う…」


「確かに簡単ではありません、しかし私達は必ず、成し遂げてみせる!」



「私は、誰だと思ってるの!?」



 凄い迫力、この宣言、きっとこの場にいる全ての人の心底まで、響いたのだろ。


「ああ…お姉様…、一生、付いて行きますわ…」


「ああ、僕もだ、ねえちゃんの力になりたい!」


「このセントラル、感動の極みです!まだ短い付き合いですが、これからもお供させていただきますぞ!」


「フフフ…やはり我の目は狂っていないようだ、その野心、付き合おうではないか、フフフ…」


「ありがとうございます、みんな、さあ、嚮後さんはどうします?」


「……確かに、アンタなら…」


「この先はきっと危険の極みです、命に関わる時もきっとあるでしょう、しかし嚮後さん、あなたはいつまであの地で戦争ごっこをしているつもり?」


「……ああ、そうだ、あたしは、あのままでは居られない、あたしも、昔のオヤジと同じように、何かの偉業を成し遂げたい!」


「私達の誰かが、例え志半ばで散らされても、その名もきっと、後世に残されますわ!」


「ええ…、あの女のオヤジみたいに、今でも人々の記憶に残ってる…、そうだ、あたしのやりたいことは…」


「嚮後さん、決まりましたね!」


「ええ、決まった、これからは、アンタに付いていく!これはあたしの贖罪にもなれるでしょう。」


「ありがと!ありがとね嚮後さん、あなたがいれば百人力ですよ!」



 嚮後も、遂に撃沈された。


 なるほど、ようやく理解した、嚮後の我侭に命掛けて付き合った理由は、これか。


 嚮後に大きな借りを作り、自尊心を下げ、そして二度も力を示し、さらに嚮後の人格本質を見抜き、その本質まで響く演説、全部嚮後を籠絡するため…か。


 確かに大きな戦力だ、戦場指揮官としても、個人の戦闘力にしても、なかなかのものだ。


 そして何より、あの台南の領主は、自分の娘に溺愛している、つまり嚮後を籠絡すれば、この天上にいる嘉義雲林のみならず、台南までも自然と味方になる。


 そしてその演説は、同時にセントの籠絡でもある、セントは元々春ねえの父親の野心に惹かれた人だ、しかし春ねえのやり方はあくまでも防御、野心とは程遠い、この野心溢れた宣言も、セントの望むものだろう。


 布袋の時も、雲林防御戦も、色んな才能をアピールしたから、戦争平定などアホらしいセリフも、真実味が大きく増した。


 雲林防御戦は春ねえへの恩返しって言ってるが、それだけではないだろう、多分それも事前に計画したものじゃないか?チャンスを逃せないために、まだ病んでいるにも関わらず、参戦を申し出した。


 わざと嚮後を打ち負かし、遠ざけ、最後はわざと援軍要請をいきなり取り消し、嚮後を事後から呼び寄せた、一切の痕跡も残らない形で、自分の力を仲間にして欲しい人に見せ付けた、多分錬火も布石の一つじゃないかな?


 流石に天上はただの偶然だけどな。


 つまりこの前トイレにいる時の分析は、本当に結構前からのものだ、じゃないとこれらの布石は早期から撒くはずがない。


 もう、驚愕の一言しかない、今までの出来事は確かに幾つかの偶然の巡り合せだ、しかしその偶然を最大限に利用するその知略、ああ…、実に、恐ろしい。


 この人、一体どこまで行けるのか、ああ楽しみだ、本当に、この人でよかった。

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