2040 セントの願望

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 翌日の朝。


 あの治療は、やはり痛かった。


 麻酔薬のお陰で、最初はほぼ痛みはなかったが、最後は麻酔薬の効果すら、医者の能力によって無効化されて、痛みが襲って来た。


 幸い痛みを感じ始めた時はもう最後の仕上げだったから、千月は耐えられなくなって気絶したが、気絶と同時に治療も終わった。



「いーちゃん…起きたのですね。」


『ああ、一日寝たか…痛かった。』


 ここは…この前はそれどころではないので、あまり気にしてなかったが、病室ではないようだ、素朴な寝室だな。


 佐佑は…いないか。


「ゴメンねいーちゃん、いつもいつも、あなたに迷惑を掛けて…」


『もういい、それで?足は。』


 千月はいきなり、ベッドから飛び降りた。


『っておい!』


「ほら!」


 お?おおぉーー!?すげーぞ、昨日の事は夢みたいだ、まるで最初から怪我など負われていないようだ。


「完・全・回・復!!」


『凄いな…あの医者さん、とんでもない超能力を持ってるな。』


「敵が多いらしいですよ?あの医者さんは、さっき天上さんが見に来てたの、色々喋ったわ。」


『そうか、天上はまたきたか、いつ頃だ?』


「えっと、私は30分ぐらい前に起きたの、その時は天上さんはもう隣にいるわ。」


 30分のズレか、まあ許容範囲だろう。


『それで?』


「うん…ゴメンね、いーちゃん。」


『あん?今度はなんだ。』


「私、全部話しちゃった、天上さんに。」


『……そうか、うちのことも含めて?』


「いえ、いーちゃんのことだけがまだ伏せているけど、それ以外のことは全部…」


 そうか、まあ妥当だろう。


『……おまえ、馬鹿だな、そう簡単に人を信用していいのか?しかも数回しか会ったことのない人間だぞ?』


「最初は、私もそう思うの、天上さんの事、すごく好みですけど、やはりどこかで信じてはいけないって気がする。」


 なるほど、天上のことになると恋愛脳になったとは思うが、やはり千月は千月だ、普通の女の子と違うな。


『ならどうして考え改めた?』


「天上さん、最初から私達の事を疑っているんでしょう?しかし、天上さんはこの事を誰にも言ってないわよ?春ねえも知らないわ。」


『あん?それだけ?』


「あと…天上さんの願いですが…なんと氷人の地に入りたいって。」


『なに!?どうしてだ?』


「うん、それでね、天上さんの奥さんはね、氷人なの。」


『ほう?なるほど、確かに昔、氷人も結構な数で地球人社会に溶け込んたな、地球人と結んた氷人は少ないが、確かにいる。』


「うん、しかし隔離後、行方不明になったの。」


『…そうか、だから氷人の占領地へ入りたいっと、奥さんを探すためか。』


「うん。」


『って?それだけで信用したの?』


「……ダメ?」


『はあ……』


「いーちゃん、あまり怒っていないようですね。」


『もう怒る気すらなくなったわ、では佐佑は?』


「あの子達もいーちゃんの事以外全部知ったわ、さっきまで隣にいるんですもの、さっき天上さんと一緒に私の朝食を準備しに行くって。」


『……あの子達の反応は?』


「うん…、多分聞いてもよくわからないっぽい。」


 だろうな、あの子達にとって、隔離とか何とか実感が湧かないだろ、だって生まれてからこんな状況だし、外側って言っても、理解できないだろう。


『そうか、まあおまえのことだ、きっとメリットとデメリットも想定済みだろ?』


「え?ええ…」


『そうか、ならいい、どうせうちの思考はおまえを超えることはないし。』


「はあ…、ありがとね、いーちゃん、しかしどうして、みんなは私への評価はいつもこんなに高いですの?ちょっと怖いですけど。」


『まさかおまえ、本当に自覚ないのか?』


「何が?」


『その神がかりな観察力、洞察力、戦術眼、そして思考速度だ。』


「えっと?よくわかりませんが、普通じゃない?」


 なっ…なんだと…?


 つまりこいつ、正真正銘の天才か?凡人にとっての神業は、こいつにとっては大したことないっと?


「はあ…、まさか20年を経ても、奥さんのことを思い続けるなんて…、私、失恋しましたわ、短い恋だったわ…。」


 アホか!やはりこいつはただのアホか!?



 #



 その日の午前8時半。


 後から知ったことだが、あの部屋は春ねえの私室だった、外見のみならず、部屋まで素朴だな。


 ちなみに嚮後はあの変な医者さんと共に、台南に戻ったらしい。


「お姉様…本当に、良かったですわ…」


「ねえちゃん…」


 食堂に入って、座った後、佐佑は千月をずっと抱いていて、離す気はないらしい。


 感動したのはわかるが、食事の邪魔だけどな。


「もう…、お姉さんはもう大丈夫よ、もう心配しないてね、それと、ありがとう、ゆうちゃん、さーちゃん、お姉さんのために色々しちゃったでしょう?」


「お姉様…」


「嚮後のやつ、絶対に許さない!」


「さーちゃん、もう言ったでしょう?お姉さんにも責任があるって、それに嚮後さんもお姉さんのために凄い医者さんを探しにいったんでしょう?」


「うん…」


「嚮後様は…台南への道中も数回泣いてました、心優しい方だと思います、きっと、反省もしたのでしょう…」


「うんうん、お姉さん言ったわね?起きたことに後悔しないで、重要なのは反省と解決よ、嚮後さんはもう反省したし、解決もしたわよ、だから、嚮後さんの事を嫌わないてね?」


「うん…わかった。」


「お姉様…、素敵ですわ…」


「ええ、太っ腹ですな、千月様。」


「そういえばセント、聞きたい事がありますけど、いいかしら?」


「もちろんですとも!」


「ではセント、みんなの態度から察するに、あなたはこんな低い立場の人間じゃなかった気がします。」


「…ええ、元々はここの主の近衛隊長です。」


「主?つまり、春ねえの護衛?」


「少々違いますね、姫様は確かに主ですが、それは立場上の話です、自分にとっての主は…、姫様の御父上、つまり先代の領主です。」


「……まさか?」


「そのまさかです、主様はこの嘉義と雲林、そして台南のために、幾度の激しい戦いをしてきました、今台南の領主も、この自分も、その時の戦友でした。」


 そうか、つまり嚮後にとって、セントは親父と同輩、しかも親父の戦友、道理で信用を貰えるんだな。


「そして7年前、遂に安定をもたらした、ある日、ご家族全員と一緒に視察の途中で、暗殺されました…。」


「暗殺…」


「その日は、長女である苓蘭様は、風邪で途中の城の病院で寝ていて、難を逃れました。」


 なるほど、大姫様と呼ばわれた訳だ、やはり長女か。


「…春ねえ以外のご家族は…」


「はい…姫様のたった一人の妹、10つ下の若いお姫様、主様と共に…」


「…そうですか、ではお母上は?」


「ずいぶん前から、戦争中で戦死されました。」


「……すみません、セント、いやな思い出ですよね…」


「はい…」


「でもこんな立場だったら、今のあなたは春ねえの護衛で居るはずでしょう?どうして私なんかに…」


「…………」


「あっ、すみません、きっと複雑の事情があるでしょう、言いたくないなら、これ以上は聞きません。」


「……姫様は、確かに素晴らしい領主でした、領主を継いたあとの7年間は、領土をしっかりと守り続けました、人々の安定を守り続き、絶大な人望も得られました、が……」


「セント…?」


「それでもやはり…、姫様は、自分の望む主ではありませんでした。」


「どうしてです?」


「自分は主様に酔心した理由は…野望です。」


「…野望。」


「そうです、台湾の領土争奪戦の一番激しい頃、自分は主様と出会いました、主様の目標はなんと台湾統一でした、自分はその燃え盛る野望に酔心し、主として認め、ここまで付いて来れました…」


 志半ば…か、無念だな。


「主が去った後、自分の希望は姫様に移りました、しかし…、姫様の方針は専守防衛でした、もちろんそれも悪くありません、事実、姫様もよくやって来られました、しかし自分はどうしても…、どうしても…」


「そうですか、主との恩義のため、春ねえを裏切るわけにはいけません、しかし春ねえのやり方にも付いていけません、だからこの城に引き篭もり、春ねえの世話役になり、チャンスを待つ、ですね。」


「さすが千月様、自分の考えも全部お見通しですな、仰る通りです、姫様はまだお若い、いつか主様のような野心も目覚めるかもしれませんっと、今日まで待ち続けました。」


「ではどうして私なんかの護衛役を?」


「実は千月様は初めてではありません、姫様は、自分のそんな考えと在り処を不適切だと思い、いつもここから歩き出す機会を探し続けました、姫様は自分の希望にな成れない、早くここから出て、自分に相応しい人物を探せって、いつもいつも言ってました。」


「そうですか、つまり今回、天上さんと春ねえが、セントのために作ったチャンスは、私ですね。」


「そうです。」


「ではセント、率直な感想を聞きたいです、私はどうでした?」


「……千月様は、確に千載一遇の逸材でした、少なくとも、嚮後お嬢様との戦いは、驚愕の一言でした、しかし…、実はまだわかりません、千月様は、自分の新たな希望になれるかどうか…」


「そうですか…。」


 ああ、多分千月も成れないだろうな、だってうちらの目的はそっちじゃないし、台湾の戦争に飛び込む時間も、理由もないからな。


「千月。」


「ひぃぃーー!!」


「て、天上様!」


 天上のやつ、またいきなり現れた!


「天上さん!そんなことはもうやめてくださいよ!びっくりしたじゃないですか!」


「すまん、だが緊急事態だ、またセントを借りるぞ?」


 またかよ!面倒ことが多いな、この城は。


「天上様、どうしましたか?」


「最終防衛線も突破された。」


「なんですと!?濁水渓も超えられましたか!今までなかったことですぞ!」


「ああ、だから緊急事態だ、やつらはいま濁水渓辺りに駐屯している、恐らく次の攻撃は、西螺城を落とされることになるだろ。」


「不味いですな…」


「ああ、千月、すまないが、セントを借りるぞ?」


「すみません、千月様、今回は流石に行かなければなりません、どうかご容赦を…」


「待って。」


「千月様?」


「もう許さないわ、セントは私の護衛よ、まだ病み上がりのか弱い女の子を放って置くつもり?」


 え?こいつなにいってんだ?超絶激しいいやな予感が…


「千月、今はそれどころ…」


「私の傍に離れることは許さないわ、だから私も連れてって!」


 ば、馬鹿な!どういうつもりだ!


『千月!おまえ、まさか本気で戦争に飛び込むつもりじゃないだろうな!?』


 くそーー!また勝手に行動しやがって!


「…本気か?」


「千月様、今回は本物の戦争ですぞ?殺し合いですぞ!」


「わかっています、私も私なりの理由があるのです。」


「いいだろう、実は我もお前を連れて行くつもりだ。」


「天上様!千月様はさっきまでも病人ですぞ!?流石にそれは…」


「さっきまで、だろ?」


「では?」


「改めて頼みたい、千月、お前の頭脳、借りてもらうぞ。」


「はい!」



 ああ…、なぜだ、なぜいつもいつも自分から危険に飛び込むのだろうか?


 さっき約束したばかりじゃないか、もう二度としないって…


 多分勘違いしたのだろ、うちが言うのは、イブの起動ではなく、危険に飛び込むことだ、どうしてわからないんだ!

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