20話 10年越しの謝罪

 

 しかし、広い玄関だな……。何だか絵だのよく分からない小物が飾ってあるが。


 俺の実家は普通のマンションだったが、親父よ……俺はちゃんと尊敬しているぞ。 安心しろ。



「どうした? 上がれよ」


「ああ、お邪魔します」



 俺が家に上がると奥から足音が聞こえて、その音が駆け足で近付いて来る。



「あ、ゆう君お帰りなさい! 私直ぐにお店に行くから、ご飯はリビングね!」



 慌ただしく雄也に話し掛ける若い女性、彼女は早口で雄也にそう伝えると、やっと俺の存在に気付いた様で、



「あれ? ゆう君、お友達?」


「ああ、同級生の徳永孝輝だ」


「は、初めまして」



 雄也に紹介されて俺は躓きながらも挨拶をした。



「えー! 珍しくゆう君がお友達連れてきてくれたのに! あ! でも丁度お父さんお昼戻れなくなったから、ゆう君と一緒に食べてね!」



 そう言って俺の手を両手で握り微笑んでいる。



「は、はい。 ありがとうございます」


「ゴメンね、お構いもできなくて。 また絶対遊びに来てね!」



 そう言って俺の手を離し、急いで出掛けて行った。

 ……こう言っては失礼だが、落ち着きのない人だな。ショートカットの黒髪で、容姿は綺麗だけど可愛い、そんな印象の女性だった。 しかし、雄也にあんな綺麗なお姉さんがいたとは……羨ましい奴。



「孝輝、とりあえず飯にしよう」


「え、ああ」



 雄也に促されてリビングに行くと、お姉さんの作った料理が並んでいた。



「まだ温かそうだし、このまま食えそうだな。 孝輝、適当に座れよ」



 西洋風なテーブルに合わせたアンティーク調な椅子を引き、言われるまま腰を下ろした。



南々子ななこの飯は旨いぞ。 プロの料理人だからな」


「ああ、店に行くってそういう事か」



 南々子さんって言うのか。それから雄也とお姉さんの作った料理を頂いた。



「おお、本当に旨いな!」


「そう言ったろ」



 流石プロの味。お姉さんの料理はどれも絶品だった。イタリア料理……だと思う。俺はそんなに知識がないのでグルメレポートは出来ないが……。



「こんな料理が上手くて綺麗なお姉さんがいるなんて、お前は幸せ者だな」


「まあな。 孝輝、俺に姉はいない。 一人っ子だぞ」



 どう言う事だ? ああ、分かった。



「こんな家に住んでるんだ、家政婦さんがいてもおかしくないか」


「南々子は俺の母親だ」



 ーーーー幻聴か……。大分俺は病んでいるらしいな。

 櫻と凛の事で弱ってはいると思っていたが、重症だ。



「料理人が家政婦している暇があるか? 義母だがな、親父の四人目の嫁だ」


「……頼むよ雄也、これ以上俺を混乱させないでくれ」


「凛から何も聞いてないのか?」



 ……聞いてた、三人までは。



「四代目か!?」


「流行りのダンスユニットみたいに言うな」


「いくらなんでも若すぎるだろ!?」


「孝輝、お前に聞いた事があるだろう言葉をくれてやる。 愛に年齢はーー」

「限度ってあるよな!」



 相変わらず飄々と話す雄也に流石に俺は言葉を被せた。



「愛に限界はない」


「……お前に似つかわしくない言葉の様な気がするのは、俺がお前を勘違いしているからか?」



 雄也の愛情論に疑問を抱き、目を細めて雄也に視線を送った。



 美味しいご飯を頂いた後、雄也の部屋に入り二人で腹ごなしにくつろぐ。



「それで、話ってのは何だ? 例の喜多川に現れたライバルの事か?」


「まあ、そうだな」



 流石に鋭い、と言うか今回は分かりやすいか。

 俺は雄也に凛とデートをした成り行きと、その時偶然櫻に会い、その時一緒にいた男が櫻の元彼だった事、そして現在櫻との関係がギクシャクしている現状を伝えた。



「成る程な、お前の恋愛事情はおよそ俺ならとっくに放り投げている事態になっている様だ」


「雄也なら、そうだろうな。 そんなお前にさっきは愛を語られたが……」


「しかし、お前が動物園のこーくんだったとは、流石の俺も気付かなかったな」


「俺も忘れていたのにお前が気付いたら流石に引くわ」



 雄也エスパー説は俺の中では少し疑っていたが……。

 雄也は少し考えに耽り、そして、



「孝輝、取り敢えず俺に謝れ」


「は? なんだ突然。 謝れと言われても、何の件だ?」



 突然の謝罪要求に俺は無理解を示した。さっぱり理由が分からない。



「俺はガキの頃、凛に強制的にこーくんをやらされて、こーくんとして凛と遊んでいた時期があった」


「ーーえ……?」



 雄也は顔を顰めて続けた。



「凛の演技指導は厳しかった。 こーくんならそんな事は言わない、こーくんならこんな事簡単だ。 恐らくは凛の中で美化された、会ったこともないこーくんを俺は演じさせられていた」


「そ、そんな事が……」


「一時期俺は、どこかでこーくんと呼ばれている奴がいると、自然と振り向く程にこーくんになっていたからな。 さあ孝輝、謝れ」



「……その節は、大変ご迷惑をお掛けしました」



 俺は雄也に謝罪した。 辛い思いをさせたな……。

 しかし、実際には実行犯が悪いのでは……。


 いや、罪の所在を追求する事に意味は無い。昔の事だ。



「よし、それでは本題に入るか」


「ああ、頼むわ」



 過去の雄也の苦渋の思いを清算し、やっと俺達は現在の問題に向き合う。


 なんか悪いな雄也。 十年の時を経て、《こーくん》の面倒を見てもらうのは……。



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