第3話 もう一度お会いして決めます!

(9月第3土曜日)

2回目は前日の夜遅く帰省した。帰省するのならゆっくりしたいと思ってのことだった。家に帰って、自分の部屋に戻るとなぜかほっとする。私の部屋を両親は高校を卒業して上京したときのままにしてくれている。


就職するときに地元の企業か地方公務員になろうかとも考えたが、やはり都会での生活を続けたかった。地元には無い華やかさとか活気がある。


確かに地元で親元から勤めると経済的にも楽だし、食事の準備や部屋の掃除、洗濯までもしてもらえて快適なのも分かっていた。


でもそれで人生行き止まりのような気がして東京で就職口を探した。大学のネームバリューと勉強もしっかりしていたので、一流の商社へ就職できた。お給料もまずまずで1LDKのマンションが借りられた。


でも世の中順風満帆とはいかないものだ。セクハラが原因で会社を辞めざると得なくなった。次の就職先がすぐには見つからなかったので、派遣会社に登録して派遣社員として今は商社で働いている。


そのため収入は激減した。住まいを安いアパートに替えた。それでも生活がきつい。それで両親の勧めもあって、結婚を考えるようになった。


私も28歳になっている。30歳までには結婚しないと、難しくなると言うのが両親の持論だし、そういうことが言われているのも知っている。心配もかけたくないので、これまでもお見合いをしてきた。


吉川さんは4人目でこれまでで一番いいとは思った。だから、もう一度会って確信が持てれば決めたいと思っている。


この歳になるともう現実がすっかり見えてきている。いくつかの会社に勤めたけど、どこも女性には働きづらいところがある。結婚して子供ができるとなおさらだ。それに母親になるとやはり子供が一番みたい。分かる気がする。


待ち合わせは前回と同じホテルのラウンジにして、時間も同じの土曜日の午後2時としていた。私は随分早く着いた。まだ、1時半だ。早く来過ぎた。連れが来るからと言って注文を待ってもらっている。


15分前に吉川さんが現れた。約束の時間よりも随分早い。私と同じで時間には遅れない主義のようだ。私は手を振って合図した。


「お待たせしましたか?」


「いえ、私は約束の時間に遅れるのが嫌いで、早めに来ました」


「僕も同じで早めに来ました。気が合いますね」


「もう一度会っていただいてありがとうございます。それに会うのをこちらにしてすみません。向こうだと誰かに見られているようで嫌なんです」


「まだ、交際すると決まっていないけど、まるで遠距離恋愛みたいですね。それも良いかと思います。こちらなら確かに集中できる」


「こちらの方が、お見合いして会っていると言う感じがしていいんです。私は今日で決めますから」


「それなら、ここでしばらく話をして、公園を散歩でもしますか? それから夕食を一緒にするというのはどうですか?」


「それもよいのですが、これから私の家へ来ていただけませんか?」


「あなたの家へ、ですか?」


「母にも会っていただきたいのです。ご迷惑でしょうか?」


「いや、手っ取り早くていいんじゃないかな、今からでもいいんですか?」


「出かける時に相談してきましたので大丈夫です。電話だけ入れておきます」


私はすぐに立ち上がって入口付近まで行って電話した。両親とは来る前に、家で話をしたいから先方が承諾したら家に連れて来ると言っておいた。


母が出た。これから連れて行くと言ったら、私も会ってみたいと喜んでいた。


「大丈夫です。せっかちですみません」


「いや、その方が二人には都合がいいんじゃないかな。可否判断が早くできるから」


「それに家の方が周りを気にしないでゆっくりお話しできますから」


「住所は聞いていますが、近くですか?」


「タクシーでここから10分位です」


「じゃあ、すぐに行きましょうか? 時間を大切にしたい」


二人で席を立って、ホテルの入口でタクシーに乗った。私を先に乗せて吉川さんが乗り込んだ。私は行き先を運転手に伝えた。


車の中では何を話したらいいのか分からないので、黙っている。運転手に聞かれるのもいやだから。二人とも黙っている。


10分足らずで家の前に着いた。料金を吉川さんが払いそうだったので、私の都合だからと言って私が支払った。着くと同時に玄関のドアが開いて両親が出てきた。


「よくいらっしゃいました」


「突然、お訪ねして申し訳ありません」


「娘が我が儘を申しまして、母親の登紀子です」


「初めまして、吉川 亮です」


「どうぞ、おあがり下さい」


吉川さんをリビングへ案内する。ソファーでしばらく両親を交えて話をした。父はお見合いの席で吉川さんとは話しているので、母がいろいろ聞いていた。好きな食べ物だとか、趣味について聞いていた。


食べ物は嫌いなものは特にないと言っていた。趣味は特別にないが、パソコンをいじっているのが好きだと言っていた。あとは読書とか、ありきたりの趣味だ。まあ、何かのマニアやオタクでも困る。


母は吉川さんに好感を持ったみたいだった。長い間母娘をやっているから顔つきで分かる。吉川さんも両親を特に嫌がっている様子もない。どちらかと言えば良い印象を持ったみたいで、安心した。


私は吉川さんと二人だけで相談したいことがあった。両親の前では言いにくいことだったからだ。


「私の部屋で二人だけでお話ししてもいいかしら?」


「そうだね、せっかくだから、二人でゆっくりお話ししなさい」


両親は我々を二人にさせてくれた。二階の私の部屋に吉川さんを案内した。こうなっても良いように今朝部屋を掃除して整理しておいた。部屋は8畳の洋室。


部屋の真ん中にふわふわの絨毯を敷いて、そこに座卓を置いている。私が座ったので、反対側に吉川さんが腰を下ろす。近すぎず遠すぎず、話すのに丁度よい距離感だ。


母が飲み物を持って部屋に入ってきた。私は母が部屋を離れてから話を始めようと思っている。

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