25:女の戦い


 *


「こんにちは、アイリさん。えーと、この距離はなんだろう?」

 翌日。愛莉は約束どおり、昨日と同じ小さな公園にいた。あるのはベンチだけで、日本の公園とは違い随分と殺風景なところだ。

 人通りはやはり少なく、普段から閑散としていることをうかがわせる。

 愛莉が来たとき、テオはすでにベンチに座っていた。何も知らない愛莉だったら、迷わずその隣に空気椅子よろしく座ったことだろう。

 でも今は、テオのやった信じられない所業を知っている。

 ただ、今まで思い浮かべていた犯人像と、目の前にいる穏やかな空気を持つ青年が、どうしても愛莉には結びつかない。そのせいで、半信半疑なところがある。

 まさかこの人畜無害そうな青年が、魂を抜いて何人もの人を殺した、連続殺人鬼だなんて。

〈えっと、そのね。今日はテオに、紹介したい人がいて〉

 心臓はもうバクバクだ。動いていないはずなのに、そう感じるくらい緊張している。

 愛莉の隣に、すっとヴァイオスが並んだ。

「初めまして。君がテオだな? 話はアイリから聞いてるよ」

「! マーレイ団長⁉︎」

 ヴァイオスの姿を見た途端、テオがベンチから勢いよく立ち上がる。

 ぱっと顔を輝かせた青年は、やはり愛莉の知る人畜無害そうな青年だった。

(やっぱりミリアーナさんの勘違いじゃ……)

 そう思ったとき。

 前にいたテオが消えて、視界の端――真隣に彼がいることに気づいた。

〈っ⁉︎〉

 いつのまに、と思う間もなく、愛莉の身体が誰かに押される。

「バートラム!」

 ヴァイオスが叫ぶ。待機していた第五騎士団員たちが一斉に姿を現した。指名されたバートラムは、身体を押されてよろめいた愛莉を受け止めて保護してくれる。

〈バートラムさん、おにーさんがっ〉

「問題ございませぬぞ。アイリ殿はこちらに。万一怪我をさせたとあっては、後で団長に叱られますからな」

 激しい魔術の応酬が続いている。テオは昨日の彼と同一人物かと疑いたくなるほど、その顔に歪な愉悦を描いていた。

 ヴァイオスと戦えることが楽しくて仕方ないというような、無邪気な赤ん坊のような笑顔。

 二人の乱闘を、団員たちが上手く囲っていく。

 ヴァイオスはそれを確認しながら、まるで血気盛んなやんちゃ坊主を軽くあしらうようにいなしていた。

〈ああだめっ。そっちじゃくて、あっちよ! そうそこ! よしいけ、今よっ〉

 愛莉の隣で、なぜかミリアーナが興奮しながら応援している。他でもない、テオを。

〈ちょっと⁉︎ 応援する人間違えてない⁉︎ ここはおにーさんでしょ!〉

〈はあ? 何言ってんの、ちんちくりん。もちろんテオを応援するに決まってるじゃない〉

〈ち、ちんちく……⁉︎〉

 絶句する愛莉には一欠片も興味を示さず、ミリアーナはまたテオの応援を始める。

 その姿にだんだん苛立ってきて、愛莉も声を張り上げた。

〈おにーさん頑張れー! そんな地味顔さっさと倒しちゃえ!〉

〈な、地味顔ですって⁉︎ テオの良さがわからないなんて、あんた本当にお子ちゃまね!〉

〈おにーさんの魅力がわからないあなたのほうがお子ちゃまなんじゃない? 男の人は包容力が一番なんだから!〉

〈はんっ。だからお子ちゃまって言うのよ。男は金と相性よ。その点テオは結構なお金持ちだし、相性だって最高だったわ。あ、相性ってのはね、お子ちゃまのあんたにもわかりやすく言うと、セックスね。セックスの相性のことよ。おわかり?〉

〈なっ……それくらい私だって知ってるもん! というかセ、セ……って何てこと大声で言ってるの⁉︎ この痴女!〉

〈うっさいちんちくりん! わかった、あんた処女でしょ! まあかわいそう。女としての幸せを知らずに死んじゃうなんて……ぷぷ〉

〈ちょ、今笑った⁉︎ 処女をバカにしたね⁉︎〉

〈あーら、認めるの? 自分が処女だって〉

〈うっ。それは別にどうでもいいじゃない! だいたい、痴女のあばずれのオバさんよりかはマシだもん!〉

〈オバさんですって⁉︎〉

 応援がいつのまにかただの悪口に変わり、ここに女の戦いが始まった。

 その熾烈な戦いに、聞いてしまった団員たちは顔を真っ赤にしたり青くしたり。止めるべきだとはわかっていても、どう止めていいのかがわからない。

 今にも互いに掴みかかりそうな雰囲気が漂い始めたとき、団員たちにとっての救世主が現れた。

「……アイリ、そこまでにしようか」

「はは。ミリアーナはわかってたけど、アイリさんも結構苛烈なんだね」

 気づかぬうちに戦いを終わらせていたヴァイオスとテオが、それぞれの相棒の手を取った。

 ヴァイオスに醜い女の戦いを見られてしまったことが恥ずかしくて、愛莉は泣きそうになる。これでヴァイオスに幻滅されたら、こちらのほうがミリアーナを呪ってしまいそうだ。

〈ち、違うのおにーさん。いや何も違わないんだけど、私、別に普段からあんな感じなわけじゃ……〉

「ああ、わかってる。一生懸命俺の応援をしてくれてたもんな?」

〈おにーさん……!〉

 感極まってパート2。ああやっぱり、この包容力の大きさには何度も救われる。

「まったく、甘いなぁマーレイ団長は。おかげで興が削がれちゃったよ。ミリアーナもちょっとやり過ぎ」

〈だってその子、テオのこと地味顔って言ったのよ? そりゃ怒るわよ〉

「君も俺によく言ってたと思うけど」

〈私はいいのよ。良い意味で言ってるんだから。でもあの子は悪い意味で言ったから許さないの〉

「違いがよくわからないな。まあいいや。君を放置してたおかげで、ようやくマーレイ団長が俺に会いに来てくれたんだから」

 その茶色の目を輝かせる様は、やはり無邪気そのものだ。本当にヴァイオスに会えたことが嬉しくて、それはヴァイオスに憧れていると語った昨日のテオと全く同じで。

 愛莉は訳がわからなかった。人を殺しておいて平気な顔をしているテオも、恋人に殺されたのにまだその恋人に好意を寄せているミリアーナも。

 全てが愛莉の理解を超えている。

「俺がおまえに会いに来た理由は分かってるな? 洗いざらい話してもらおう」

 ヴァイオスが言うと、それに呼応するように団員たちがテオに武器を構える。のがしはしない。無言の圧力がそう言っていた。

 けれど、テオは変わらず爽やかな笑みのまま、

「もちろん。そのためにこの時を待ってたんだから」

 と悪気もなく言い放ったのだった。


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