第13話 「……」

「……」


 俺とチョコは、その光景に…

 しばし目を細めた。



「学!!酒買って来い!!」


「…って、親父…俺、主役なんだけど…」


「そんな事言ったら、娘を奪われたセンが泣くぞ!?」


「えっ…」


 親父に言われてチョコの親父さんを見ると…


「……」


 ヤバい…目が座ってる…


「行って来ま~す…」



 昨日の今日だが…

 うちの両親と…ついでに紅美は。


「よし。早乙女家に挨拶に行こう。」


 なーんて…

 高い酒を買って…


「おーう。昼間ぶり。」


 …親父…


「このたびは…」


 なんてセリフが出るわけでもなく…


「ついに親戚になるのかー!!」


 なんて…

 親父は大喜び。

 チョコの親父さんも、喜んでは…いるみたいだけど…



「ガッくん。」


 目の座った親父さんに、絡まれる俺。


「…はい。」


「千世子は…産まれた時、2320gでね…」


「……はい。」


「小さくて…その上、吸う力が弱くて…ミルクも飲めなくて…なかなか大きくならなくて…」


「……」


「そのうち…肺に、何か…異常があるって言われて…」


 親父さんは、涙目になって、続けた。


「小さい体で、手術をして…三歳までは入退院の繰り返し…」


 隣に来たチョコが。


「お父さん、そんな話やめて。」


 困った顔で言ったけど。


「いいよ。チョコの話だから、聞いておきたい。」


 俺がそう言うと…


「…毛布持って来なきゃ…」


 チョコは、そう言って苦笑いした。

 …一晩中かかるのか!?

 …チョコの親父さん…温厚で有名だけど…

 こんな一面もあるのか…



「体の弱い子に産んでしまった…って、嫁さんはずっと罪の意識を持ってしまって…」


 …それで、留学の話も…複雑そうだったんだ…


「体は弱くても、千世子は優しいいい子なんだよ。」


「…そうですね。でも…」


「……でも?何か文句でも?」


「い…いや、あの…たぶん、チョコって…」


「……」


「みんなが思ってるほど、体弱くないですよ。」


「……え?」


「確かに、貧血とか…よく起こすけど。あいつ、誰よりも歩きますよ。」


「……」


「俺が自転車で行く距離も、電車で来いって言うのに歩いて来るし…そうやって積み重ねて来て、結構な体力つけたんじゃないですかね。」


 親父さんは、うちの母さんと一緒にいるチョコを振り返った。


「実際、健康診断も異常なかったし…肺活量なんて、健康そのものでしたよ?」


「……」


 親父さんの視線は、チョコ。

 …可愛くて仕方ないんだろうな…


「…親として…ずっと守ってやらなきゃいけないと思ってたが…」


 親父さんは鼻水をすすると。


「…娘としては、巣立たなきゃいけないって思ってたのかも…しれないな…」


 最後の方は…涙声。



「…親父、俺の時には、俺の体重の話とかやめてくれよ?」


 詩生くんがそう言うと。


「…息子の体重なんて覚えてない。」


 親父さんは詩生くんの額を張り倒した。


「ひっでーなあ…」


「嘘だよなー。おまえ、余所んちの子供の体重まで覚えてるもんなー。」


 うちの親父に抱き付かれた親父さんは。


「うるさいっ。離れろっ。おまえも、紅美ちゃんが嫁に行くときにはこの気持ちが分かるっ。」


 そう言って、親父の額も張り倒した。


「…紅美…」


 途端に、親父の矛先が紅美に…


「あーあー、心配しなくても、あたしは嫁に行かないから安心してー。」


「…だってさ。」


「………やっぱり、千世子の結婚は…」


「もう!!お父さん!!」



 賑やかな宴は、朝方まで続いて。

 俺は、三度。

 親父さんから誓約書を書かされた。


 浮気しない。

 浮気しない。

 浮気しない。



 …どうも、信用されてないらしい…。


 * * *

 〇コノ


 まあ、色々あって。

 映ちゃんのおかげで、善隆と仲直りできた。

 トントン拍子に話が決まって。

 あたしは、来月から王寺家で暮らす事になった。


 そう。

 高校三年生を、王寺家から始めちゃったりする。


 もう、高校辞めて孫を産んでくれっ!!って勢いの、王寺家のご両親。

 いやいや…

 結婚は早くしたいし、子供も早く産みたいけど…

 高校だけは卒業させてーっ。


 音は園ちゃんと上手くいってるし、佳苗も何だか彰ちゃんと仲良くなってるし。

 もう、あたし達三人…

 超幸せー♡



「コノ、いい加減荷物まとめろよ。」


 あたしの部屋の前に並んだ荷物を、鬱陶しそうに見ながら希世ちゃんが言った。


「もー、可愛い妹が出てくのよ?もう少し寂しそうにしたらー?」


 あたしが唇を尖らせると。


「出てくって…近いし。」


 希世ちゃんは目を細くして、自分の部屋に入った。


 もーお…

 何ていうか…

 我が家、誰も寂しがってくれないなんて…!!

 それはそれで、悔しい!!



「ご飯よー。」


 母さんの声に、あたしも希世ちゃんも部屋から出る。

 テーブルには、もうみんな座ってて。


「コノ、荷物まとまったの?」


 母さんの言葉に。


「こいつ、まだ部屋の前にいっぱい並べてやんの。」


 希世ちゃんが低い声で言った。


「早く片付けろよ?年寄りが躓いたらいけないから。」


「おい、光史。誰の事言うてんねん。」


「一般論だよ。」


 父さんと、おじいちゃんがそんな会話をしてると。


「ただいまー。」


「あれ?沙都おれへんかったんか。」


 食卓を囲む人数が多いから。

 誰か一人がいないぐらいじゃ、気付かなかったりもする我が家…



「いやー…またSHE'S-HE'Sに身内が増えるってさ。」


 ふいに沙都ちゃんがそんな事を言って。


「え?浅香家と早乙女家の話じゃなくて?」


「早乙女家と二階堂家。」


「えっ、誰?」


 希世ちゃんが声を上げると。


「チョコちゃんと、学。」


「………え?」


 みんなが、一瞬固まった。


 …チョコちゃんと…ガッくん…


 頭の中が…

 真っ白に…


「えーっ!!何それ!!おめでたいわね!!」


 あたしは、立ち上がって大きな声を出す。

 チョコちゃんとガッくん…


「高校出てすぐなのに、やるわね…あの二人…」


 チョコちゃんとガッくん…


「何でも、チョコちゃんが七生さんとこのデザイナー学校へ留学するらしくて。」


 チョコちゃんとガッくん…


「学も、向こうに一緒に行くみたい。」


 チョコちゃんと…





 うん。

 おめでたい!!



「あたしは、よく知らない二人だけど…乾杯しちゃうーっ♡」


「おっ、せやな。飲も飲も。」


「えーっ、おじいちゃん、何便乗してんのーっ?」


「よし。飲むぞ。」


「お父さんまでーっ。」



 あはは。

 あはは。


 あたしは…笑った。

 だって、おめでたいもん。


 ガッくん…


 おめでとう。


 ちょっと、寂しいけど…


 幸せになってね!!



 あたしより…


 幸せになられたら、ちょっと悔しいけど…






 ガッくんなら、いいや。



 あたしより、幸せになってね‼︎


 * * *


 今日はデート♡

 待ち合わせまでに買い物もしたくて、早めに家を出た。


 公園を歩いてると…


「コノちゃん。」


 声をかけられた。


 声のした方を見ると…


「…チョコちゃん。」


 チョコちゃんが、ベンチから立ち上がった。


「どうしたの?」


「ちょっと用があって…張り込んじゃった。ごめんね。」


「……」


 ゴクン。

 なぜか…生唾飲み込んでしまった。


「座って?」


「う…うん…」


 チョコちゃんの隣に行って、二人でベンチに座る。

 なんでだろ…

 ちょっとドキドキと言うか…ざわざわする…



「…あのね、コノちゃん…」


「うん…」


「これは、女同士の秘密って事で…いいかな。」


「…何?」


 あたし、気持ち悪いぐらい緊張してる…


「…コノちゃん…ガッくんと何かあった…よね?」


 ドキーーーーーッ!!


「………………なん…で?」


 つい、声が小さくなった。

 いや、別に…バレても…いいけどさ…

 いや…良くないか…

 えっと…どうだっけ…



「もし…コノちゃんがガッくんの事好きなら…」


「えっえっなな何?何言ってんの?あたし、彼氏と同居始めるんだよ?来週、向こうの家に引っ越すんだよ。」


「…だったらなおさら、気持ちに区切りつけたらどうかな。」


「く…区切りって…」


 何…何言ってんの…この人…

 あたしは…!!

 あたしは、善隆が好きなのよーーー!!

 くねくね迷い道を行ったり来たりして、やっと落ち着く所に落ち着きそうなのよーーー!!



「コノちゃん、時々…あたしとガッくんの後、つけて来てたよね?」


「え…っ…」


 うわっ!!!!

 なんで知ってんのーーー!!

 チョコちゃん、すごくとろいクセに!!

 それって、作戦なわけーー!?



「あたしね…」


 あたしが眉間にしわを寄せたままなのに、チョコちゃんは…ひどく冷静。


「あたし…映くんの事、好きだったの。」


「……………はっ…?」


「ずっと、ずーっと、好きだったの。」


「……」


 衝撃の告白に…あたしの口は、あんぐりと開いた。

 そして…もはや言葉も出て来ない…


「…ガッくんと一緒に居る時に、コノちゃんと…映くんがキスしてるとこ…見ちゃって…」


 !!!!!!!!!!!!


「あれがショックで…ガッくんを誘っちゃった。」


「……」


 ゴクン…


 もう、ノドがカラカラなのに…

 唾なんて、出て来ないのに…


 ゴクン…


 ノドが変な音を立てる。


「そしたら、耳元で、コノって言われて…あー…ガッくんもショックだったんだって…コノちゃんの事、好きだったんだ…って気付いた。」


「えっ。」



 ガ…

 ガッくん…

 バカーーーーーーーーッ!!


 ちょっと…嬉しいけど…

 でも、それはー…!!



「そ…そっそれは、単なる言い間違いじゃ…?」


「…セックスの時に?」


「サ……サイテーーーー!!」


 あたし、両手を握り拳にして、立ち上がる。


「何それ!!チョコちゃん、怒った!?ちゃんと、怒った!?」


「…コノちゃん。」


 チョコちゃんは静かな声で、あたしの手を握ると。


「…ありがと。」


 何だか…チョコちゃんって…こんなに可愛かったんだ?って顔をした。



「…も…もし、あたしが告白したとして…」


 ええい、仕方ない。

 話に乗ってやる!!


「告白したとして…ガッくんが、あたしに振り向いたらどうするの?」


 あたしの言葉に、チョコちゃんは…


「…二人のわら人形でも作るかな…」


「えっ…」


「ふふっ。冗談よ。でも、覚悟はしてても…ショックはあるかも。」


「…映ちゃんの事、好きなのに?」


「ガッくんのおかげで…もう、昔の事になっちゃった。」


「……なのに、なんで?なんであたしにこんな事…」


「…あたし、映くんに告白した時、『ふーん』しか言われなかったの。」


「うわっ、ひどっ。」


「だから、気持ちが残り続けちゃって。」


「……」


「あたし、酷いね。」


「…え?」


 チョコちゃんは立ち上がると、あたしに頭を下げて。


「…お願い。あたしから…」


「……」


「…ガッくんを、奪って…」


 とんでもない事を言った。


「…なんで?」


「…ガッくん、優しいから…留学を反対されてるあたしを、ほっとけなかったんだと思う。」


「…そんな理由で、婚約するなんて言えるかなあ…」


「ガッくんは…言えちゃうんだよ…」


 チョコちゃんは小さな声で。


「人に望まれると、応えちゃう。あたし…言葉にはしなかったけど、ガッくんに助けてもらいたかったんだろうね。留学の話し合いの日、彼を家族会議に呼んで…それで…反対されるあたしを見て、ガッくん…一緒に行くって。」


「……」


 た…確かに…

 ガッくんは、望まれると応える。

 そして、その状況なら…そう言ってしまうかも…



「…いいの?奪っても。」


「……うん。」


 チョコちゃんの手は震えてて。

 ガッくんの事、好きなのに…バカだなあって思ったけど…


 あたしだったら…

 気持ちを残さないために、なんて…言えないって思った。



「…じゃ、今から行って来る。」


 あたしが立ち上がってそう言うと。

 チョコちゃんは、ギュッと目を瞑って…ゆっくり頷いた。

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