第3話 今日の数学は自習。

 〇ガク


 今日の数学は自習。

 そんなわけで、俺は机に突っ伏して。

 窓からグランドを眺めてる。

 そこには、中等部の女子。


「あれ中等部じゃん。なんでこっちのグランド使ってんだ?」


「何かの工事で車両が入ってるから、三日ほど高等部のグランド使うってHRの時話があったじゃん。」


 前の席から、そんな会話が聞こえた。

 へー…そうだっけ。


 残念ながら、全員ジャージ。

 俺は、足が好きなんだよなー…

 足出してくれよ、足…


 チラチラじゃなく、堂々とグランドを見てると。

 そこに、コノの姿が見えた。

 音と佳苗もいる。

 いつもの仲良し三人組か。


 …こうして見ると…

 佳苗は間違いなく、万人受けするタイプだ。

 女優をしているだけあって、顔は整っている。

 清楚なタイプだし、女優と言いながら控えめだし。


 音は、カッコいい系の女で。

 まあ…連れて歩くにはもって来いって感じだよな。

 あんないい女連れてたら、男の株も上がるって感じなのか、うちのクラスでも音に告白した奴が数人いる。

 まあ…音は社会人ばかり相手にしてるみたいだけど。


 コノは…

 なんつーか…

 特にコレ。って物がない気がする。

 もしかしたら、本人もそれに気付いてて、気にしてるのかもしれない。

 だからこその、経験がないから…してくれ。って願い出をしたような…

 まあ、憶測に過ぎないが。



「お、浅香 音と島沢佳苗がいる。」


「あいつら可愛いよな。」


 …あからさまだなー…

 ついでに、朝霧好美もいるって言ってやれよ。


 なんつーか…

 コノは音と少しかぶってんだよな。

 だから余計に、要らない感じになっちまうのかな。

 いい体してるし、声もいいし…

 ベッドの中では甘え上手だし…

 いい女なんだけどな。


 …って、俺はあいつの体しか知らないけど。



「俺は、朝霧好美がいいな。」


 ふいに、後ろからそんな声が聞こえた。


「えー?あいつ、浅香 音のコピーみたいじゃね?」


「たまたま似ただけだろ。あの子はあの子で頑張ってる感があって、可愛いけどな。」


「そっか?」


「実は、先月告ったんだよなー…」


「えっ!?」


 ……


 みんなの大声には動揺せず…

 俺は、ゆっくりとそいつを振り返った。

 …田中か。

 確か、陸上部の花形。



「付き合えないって言われたんだけど、すっげ喜んでくれてさー…ますます好きになった。」


「えー…田中、それおかしくね?」


「なんで。告って断られるのって、なんか深刻過ぎたり暗くなったりしがちじゃん?彼女は…可愛かったなあ。」


「ふうん…」


「笑顔がいいんだよな。クールな浅香 音より、ずっと笑顔が可愛い。」


「うーん…確かに浅香 音はクールだよな。そこがいいんだけど。」


「とにかく、朝霧好美は、いい。特に…」


「特に?」


「浅香 音より、胸が大きい。」


「……」


 一斉に。

 みんなの視線が、コノの胸に注がれた。

 本人は気付いてないだろうが。

 少なくとも、今、この教室にいる男の内、俺を含めて7人はコノの胸に注目している。


「…ほんとだ。ジャージであの胸の形…」


「飛び跳ねた時に見えるウエストのくびれ…」


「いい体…してるな…」



 …ああ。そうだよ。

 コノは、本当にいい体をしてる。

 胸も、見た目よりも、実物の方が大きい。

 出るとこ出てて、締まる所は締まってる。

 15とは思えない…色気のある女だ。


 誰にも言えないが、俺は優越感に浸っていた。

 それはまるで。


『あの体は俺が作ったんだ』


 と言わんばかりのものだった。


 * * *


「学って、すぐエッチしたがるよね…あたし、そういうのイヤ。」


 彼女がそう言って、服を脱がせようとしてる俺の手を払った。


「好きだったら当然だろ?なんでイヤなんだよ。」


「当然?あたしは、もっと…みんなみたいに、学校の帰りにダリアに寄ってお茶したりとか…」


「お茶?」


 小さく笑ってしまった。

 すると、それが気に入らなかったのか、彼女はさめざめと泣き始めた。

 うー…面倒だなあ。



「学、体目当てなんでしょ…」


「そんなことないよ。」


「でも、あたし達って、会うたびにだよ?全然…外でデートもしてないし…学、あたしの事、どれぐらい知ってる?」


 デート…

 どれぐらい知ってる…


「それって重要な事か?」


「…学、あたしの事、本当に好きなの?」


「好きだよ?」


「どこが?」


「どこがって…」


 …どこだろ。

 俺の事好きだって告白して来て…

 どれぐらい好き?って聞いたら、全部あげたいぐらいって言うから…

 じゃあ、って。

 いただいた。

 晴れて恋人同士になった。

 ホテル代もかからない。

 顔もまあまあ可愛いし、152cmしかないから、色々楽だし。



「どこってハッキリ言えるもん?俺のどこが好きなんだよ。」


「顔。」


「……」


 …なんだろな。

 顔ってハッキリ言われると…嬉しいような、なんか…寂しいような…

 ま、いいんだけどさ…

 でも、それなら…

 セフレでもいいよな。



「別れよう。」


 俺はハッキリと言う。


「えっ!?」


「顔だけなんだろ?俺も、体だけみたいなもんだし…セフレでい…」


 バチン。


「あんたなんか地獄に落ちろ!!」


「……」


 彼女は俺の頬に平手を放ち。

 泣きながら、部屋を出て行った。


 …地獄に落ちろ。

 …ふむ。


 彼女と寝てる間、他のセフレとは会わなかった。

 数多くのセフレを持つと、だらしない下半身と思われそうだが。

 そこだけは、ちゃんとしている。

 …でも、コノと会ってた時も…他のセフレとは会わなかったな。

 まあ、あいつとは、なんて言うか…

 体の相性抜群だったしな。

 終わった後にじゃれて来る感じが、可愛いしな。

 意外とサバサバしてるから、電車降りたらバイバーイ。なんて笑って帰って行くしな。

 楽なんだよな。



「…コノか…」


 彼女にフラれたばかりだと言うのに、コノの事を考えた。

 あいつの体が良過ぎて。

 感度も良過ぎて。

 ちょっと色々思い出して悶々とした。


 うーん…

 最後に会った時に…クッション投げつけて…

 謝りもしてないんだよな…

 あれからコノ、全然来ないし。

 学校でも会わないし。

 体育の授業を偶然見たぐらいだし。



『俺は朝霧好美がいいな』


『俺、告ったんだ』


 ふいに、田中の声が蘇る。



 …そろそろ、会いたい…かも。


 * * *


 いつも通り自転車に乗って帰ろうとすると。


「…テスト前か。」


 いつもならスイスイと通れる道が。

 今日は、いつもの倍以上の人の波。

 テスト前でクラブ活動禁止。

 クラブをしてる輩もこぞって下校している。

 仕方ない…押して帰ろう。


 俺はオレンジ色のリュックを背負い直して、自転車を押した。


 …あ。


 前方を見ると、コノが見えた。

 もちろん…音と佳苗も一緒。


 コノが右手で髪の毛を耳にかける。

 艶やかな髪の毛が風に揺れて…

 …あいつ、きれいになったな…

 そう思った途端…

 何とかして、会いたい。と思った。


 一応…俺達の関係は他言無用としている。

 だから、もちろん家に電話をかけるなんて事はあり得ないし、音と佳苗がいる今も…声はかけにくい。

 何か…


 そこで俺は、うつむき加減に三人とすれ違って。

 すれ違いざまに…コノの長い髪の毛目がけて、リュックのフックをかけた…が、スルリと抜けた。


「……」


 俺は慌てて髪の毛を引っ張って。


「いっ!!」


 ぐん。とコノの体が俺の方に引っ張られて。

 コノは本気で痛そうな顔で…申し訳なかったけど。


「あ、悪いな。」


 俺は、その髪の毛を手に…コノに声をかけた。


「いったぁ…」


「うわー…大丈夫?コノ……って、ガッくんじゃん。」


 久々の音と佳苗にも気付かれて。


「えー、同じ敷地にいるのに、全然会わないね。」


 なんて…笑われたが。

 まあ、別にこんな感じで会うぐらいは。



「…最近、来ないんだ?」


 音と佳苗が校舎の方に目を向けている隙に。

 コノの髪の毛とリュックのフックを手に、小声で話しかけた。


「……」


 コノは…無言。


「…あの時の、怒ってる?」


「…怒ってるって言うか…」


「うん。」


「…ちょっと…傷付いた…」


 思いがけない言葉に、つい…


「は?なんで。」


 とぼけたような顔で言ってしまった。

 するとコノは無言で目を細めた。

 うーん…

 会いたい…って言うと、ちょっと違うし…



「悪かったな。きれいな髪の毛なのに…少し切れた。」


 切れてはないけど、そう言いながらコノの髪の毛を離す。

 …艶々だな。

 前よりずっと、きれいになってる。

 髪の毛も…

 肌も…


「…別にいい。」


 小声で返すコノに一歩近づいて。


「…待ってる。」


 耳元で言った。

 コノは視線を上げて。


「…背、伸びたね…」


 上目使い。

 …うん。

 こいつ、可愛くなってる。


「やっと成長期来た。」


「ふうん…」


 会わない間に何があったんだか…

 コノは…

 確実にいい女になってた。

 田中が告白したのは、間違いないと思う。



「…明日、行く。」


「え?」


「…明日。」


「…分かった。」


 コノは俺から離れると。


「帰ろっ。」


 音と佳苗に寄りかかった。


「あ、髪の毛取れた?」


「うん。」


「ガッくん、バイバーイ。」


「おう。」


 三人に手を振って。

 俺は自転車に乗る。

 …明日か。



 待てるかな?


 * * *


 〇コノ


 ガッくんの部屋でのアレを目の当たりにして。

 あたしは、二階堂家に行かなくなった。

 たぶん…部屋でするぐらいだから、彼女だよ。

 それなら、もうあたしはお払い箱だ。


 元々、誰にも秘密の関係。

 お互いの家に電話なんてあり得ないし…

 あたしは携帯持ってないし…

 ガッくんは持ってるかもだけど…

 都合のいい関係に、それは使われることはないらしい。



 季節は冬になろうとしていた。


「コノちゃん、髪の毛伸びたね。」


「そう?」


「うん。艶々ですごくキレイ。」


 佳苗が褒めてくれた。


「佳苗が言ってたパック使ってみた。」


「あっ、コノめ…使ってやがったか…」


「音も使うって言ってたじゃない。」


「なんか面倒で…」


 三人で並んで学校から帰ってると…


「……」


 高等部の下校時間と重なって、人の波に遭遇した。

 そっか。

 テスト前だから、一斉下校になっちゃうよね。


 …と…


 その中に…自転車を押してるガッくんがいる。

 あたしはそこに視線を向けないように、音と佳苗と話をした。



「そう言えば、音の彼氏、クリスマスはどうするって?」


「あー…それよねー…あたしはネックレスが欲しいんだけどさ。」


「彼、社会人でしょ?買ってくれるんじゃない?」


「おーちゃん…社会人と付き合ってるの…?」


「あ、佳苗。兄貴とはクリスマスしないの?」


「…無理に決まってるじゃない…」


 そんな会話をしながら通り過ぎると…


「いっ…!!」


 突然。

 あたしの髪の毛が、グン…!!と、引っ張られた。


「あ、悪い。」


 振り返ると、ガッくんが背負ったリュックの留め金に。

 あたしの髪の毛が絡まってた。


「いったぁ…」


 あたしが頭を押さえて痛がってると。


「うわー…大丈夫?コノ……って、ガッくんじゃん。」


 音と佳苗は気付いたようで。


「えー、同じ敷地にいるのに、全然会わないね。」


 なんて…笑ってる。


「音は相変わらずデカいな。」


「うわっ、そんな言い方する?」


 ガッくんはそう言いながらも…あたしの髪の毛をリュックから外そうと…してくれてるのか、くれてないのか…


「…最近、来ないんだ?」


 小声で、つぶやかれた。


「……」


 何て言っていいか分からなくて…あたしは、無言。


「…あの時の、怒ってる?」


「…怒ってるって言うか…」


「うん。」


「…ちょっと…傷付いた…」


「は?なんで。」


「……」


 言うんじゃなかった。

 きっと、ガッくんには女心は分からないんだ。

 そりゃあ、後腐れのない関係を好都合だって言ったのは、あたしよ。

 願ったりかなったりだって言ったわよ。

 だけど…

 他の女と寝てる所を目の当たりにして…

 いくら、都合のいい関係だって言ってもさ…

 クッション投げられたんだよ!?あたし!!



「悪かったな。きれいな髪の毛なのに…少し切れた。」


「…別にいい。」


 音と佳苗は、少し飽きたのか…

 高等部の生徒の波を見て、音が値踏みをし始めた。


「…待ってる。」


 ガッくんの、小さな声。


「……」


 視線を上げて、ガッくんを見ると。

 …何だか、ガッくんは…


「…背、伸びたね…」


「やっと成長期来た。」


 あたしより、少し高い目線。

 その、灰色に近い茶色い目に見つめられて。

 あたしは…


「…明日、行く。」


 そう、答えてしまってた。



 * * *


 昨日、下校途中に会って。

 ちょっと優しい声で話しかけられて…

 あたしは、まんまと来てしまった。

 二階堂家に。



「…別れたの?」


 ソファーに座ってすぐ問いかけると。


「あ?」


 悔しいけど、整った顔で聞き返されて…ちょっとドキドキ。


「あの時の…部屋でしてたって事は、彼女だったんじゃない?」


「あー、おまえするどいな。」


 ズキン。


 なんだろ…

 今、胸が痛んだ。


「彼女できたなら、前もって言ってもらわないとさ…あたし、知らなかったら来ちゃうじゃない…」


 少し拗ねた唇で言う。


 …実際、あの後…

 数日、ショックでご飯がのどを通らなかった。

 何のショックなのか…って言われると…

 あたしはラブホなのに、あの子は家でしてたから?


 それとも…

 あたしは、都合のいい女なのに、あの子は彼女だったから?


 それとも…

 ガッくんに冷たくあしらわれて、クッション投げられたから?


 ………全部だよ。


 でも、それを認めちゃったら、あたしって…

 ガッくんに恋してるって事だよね?


 それは…認めたくない。



「着替えないのか?」


 座ってるあたしの制服を、ガッくんが脱がせ始めた。


「…今日、着替え持って来てない。」


 一か八か。

 あたしは、そう言ってみた。

 ガッくん…あたしの事、少しは…気になってくれてないのかな…


「え?なんで?」


「…ラブホ、行かなきゃだめ?」


「嫌なのか?」


「だって、いつもお金かかるしさ…」


「払ってるの俺じゃん。」


「だから、ガッくんにいつもお金出させるの悪いし。」


「バイトしてるからいーよ別に。」


「二時間だけだし…」


「何、もっとって事?」


「…うん。二時間じゃ足りない。」


「でも、うちでも同じぐらいだぜ?紅美帰って来るし。」


「う…」


「それに、あんなに大きな声出してたら、家じゃ無理だって。」


「う…」


 ど…どっちがいいの?

 短い時間でも、家で特別な関係として…ただし声は我慢してセックスするか…

 二時間きっちり、どれだけ声を出しても、どれだけ乱れても大丈夫だけど、都合のいい関係でセックスするか…


 うー…

 うーん…


 あたしが…

 ガッくんの特別になりたい。なんて言ったとして。

 ガッくんは、あたしに特別な感情ないって言った。

 あたしもなかったけど、ちょっと変わった。

 だから、ガッくんも変わってる可能性も…ないとは…言えな…


 うーん…

 分かんないよね…

 もし、あたしの事少しでも好きだって思ってくれてるなら、こんな風にラブホ行くために早く着替えろ的な事って…

 うん…ない。

 て事は。

 あたしは、ガッくんにとって、相変わらず都合のいい関係の女。


 好きって言って、拒否されて、この関係がなくなるより…このまま、セックスできる方が…お得?


 うー…

 でも、彼女ができるたびに、お預けになるんだよ?

 ガッくん、背が伸びたから絶対モテるよ?



「…ねえ。」


「ん?」


「彼女ができたら、あたしとはやんなくなるんだよね?」


 あたしがそう聞くと。


「…どうした?」


 ガッくんは、あたしのブラウスのボタンに手を掛けたまま、笑った。


「だって、その時って…お預けなわけじゃない?」


 あたしの言葉に、ガッくんは少し不思議そうな顔をして。


「何だよ。おまえも男作って、そっちとすればいいじゃん。」


 何でもない顔して言った。


「………なるほど。そうだね。」


 あたしは、笑ってみせた。

 だけど、目は笑えなかった。

 あたし…


 全然、彼女の対象になってない。




 悲しい。

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