第33話 一世一代の勇気


 それからしばらくして、日が一番高くなろうとするころ。


 悠真と遥は、一頭の馬に二人乗りして街道を西に向かっていた。


 目指すカルウィン城までは、気軽に行くには距離がある。そこで、二人はいったん部屋に戻り、水や食料、ちょっとした医薬品など小旅行の準備を整えた後、貸し馬屋で馬を借りたのだ。

 そして、丈夫でかつ一番気性の優しい馬に、二人用の鞍をつけてもらい、乗り方を習った。

 悠真は、ゲームでは馬を乗り回していたが、もちろん現実世界で乗ったことはほとんどない。

 最初はおっかなびっくりだったものの、その馬はよく馴れており、ほとんど何もしなくても街道に沿って歩いてくれた。

 悠真もすぐに慣れた。だが、周りに目を向ける余裕が出てくると、今度は後ろから遥に密着されていることに気がつき、胸が高鳴るのを止められなかった。

 しかも……


「きゃっ。ご、ごめんね……」

「う、ううん。だいじょうぶだよ。つかんでいてくれていいから」

「ありがと……」


 馬上は思ったよりは揺れるもので、時折、はずみで遥がしがみついてくるのだ。

 彼女の体の柔らかい部分が背中に感じられ、甘い香りが漂ってくる。そのたびに、悠真は余計なことを考えないよう、馬の操縦に集中しなければならなかった。


 そしてまた、馬に乗り続けるとこれほどまでにお尻が痛くなるというのも初めて知ったことだった。

 途中、どうしようもなくなって、数十分ごとに休憩をとりながら、丘陵地をうねるように連なる街道をのんびりと進む。

 

 そして3回目の休憩で、街道から少し離れた草地に敷物を敷き、弁当を食べているとき、遥が何か楽しげに笑った。


「ふふふ」

「どうしたの?」

「なんだか、ピクニックしてるみたい」

「ああ、そうだね」


 晴れ渡る空からの日差しは柔らかく、ポカポカといい陽気である。時折、鳥のさえずりも聞こえる。

 周りを見渡すと、遠くに美しい山々を望み、近くには森があり、すぐそばには小川が流れている。乗ってきた馬も、少し離れたところで草をはんでいる。のどかな場所であった。


(なんか幸せだな……)


 もちろん、黒木の行動は不可解であり、多少の不安はある。とは言え、何か深い事情があるのかもしれないし、有り体に言えば悠真たちには何の関係もない。高校生二人ぐらい、頼めば帰してもらえるのではないかと気楽に考えていた。


 そして、帰りの手段が見つかった今、遥と異世界でピクニックなど、至福の時間でしかない。聞いていたような魔物も全く出てこないし、上手くいけば、カルウィン城からその場で帰れるかもしれないのだ。


(そういえば、地球に帰ったら、こんな機会はないんだろうな)


 悠真の心は、すでに地球に戻っている。

 その後の成り行きに思いを馳せつつ、そばでくつろいでいる遥の横顔を見つめた。

 今は、当然のように一日中2人っきりでいる。寝泊りまで同じ部屋の同じベッドだ。だが、地球に帰って元の高校生活に戻れば、もうこんなふうに一緒でいられることはないだろう。一緒に寝起きするどころか、きっと学校ではお昼ご飯を一緒に食べるのも難しくなる。何しろ、遥には友人が多い上に、2人はただの友達なのだ。

 

(それなら、もう告るしかないんじゃ……)


 地球に帰ってこの状態を維持するなら、もう彼女として付き合ってもらうしかないことに気がついた。

 一旦帰還しようものなら、おそらくかなり長い間、薫たちの調査に付きっきりになるだろう。きっと、二人で過ごすこともできなくなる。そして、夏休みが終わればまた、ただの友達に戻る。

 それはまた、彼女に想いを伝える機会もそうはないということを意味していた。


(もしかして、今がチャンスだったりして……なんて)


 半ば冗談でそう思った瞬間、鼓動が飛び跳ねた。

 確かにここなら二人きりだし、邪魔も入らない。

 それに、地球に帰って告白するとなると、放課後どこか人気のないところに呼び出してということになるだろう。それは悠真には果てしなく高いハードルに思えた。 

 だが、今なら……。

 思わぬ思考に、悠真は喉を鳴らした。


 勝算が全くないといえばウソになる。ただの友達以上の感情は持ってくれていると思う。だが、それは彼女のそばにいる唯一の地球人であるから、という疑念も捨てきれない。そして、断られた時のことを考えれば、気まずいことになるのは明らかだ。なんと言っても、帰るまではずっと一緒にいないといけないのだから。

 悠真は迷った。


(……でもやっぱり、今しかない)


 しばらく逡巡し、最後にその思いが勝った。この世界に来て、気持ちが大きくなったせいかもしれない。


 心を決めて、遥に向き直り、居住まいを正す。

 鼓動がフルスロットルに入るが、出来るだけ平静に努める。


「あ、あのさ、遥ちゃん」

「なに?」

「ぼ、僕、前から遥ちゃんに言いたいことがあったんだ」

「え? あ……うん……」


 悠真の緊張が移ったかのように、遥が急にぎこちなくなった。もしかしたら、何を言われるのかを察したのかもしれない。そして、彼女も姿勢を正し、悠真の目を見つめた。


「あの……えっとね……何て言ったらいいか、その……」

「……」


 悠真は言葉をうまくつなげることができず口ごもる。

 遥も何も言わず、ただ彼の言葉を待っていた。


「ぼ、僕、遥ちゃんのことが、その、す、好きなんだ。だ、だから、付き合ってもらえないかなって」

「悠真くん……」


 遥は、一瞬驚いたように目を見張り、黙ったまま悠真を見つめた。

 それは、ほんの1秒か2秒でしかなかったのかもしれない。だが、それは悠真にとっては果てしなく長く不安にかられる時間であった。


 告白という大それたことをしでかしたという衝撃と、やっぱりダメかという不安が心によぎる。

 

 だが、遥はすぐに頬を染めて、嬉しそうな顔になった。


「うん、いいよ。わ、私もね……、悠真くんが好きだったんだ。だから、うれしい」

「え、ええっ? ホ、ホント? よ、よかったあ……」


 安堵と喜びで大きく息をつく。急速に心が暖かいもので満たされる。


「はあああ」

「ふふ、そんなにホッとしなくてもいいのに。ダメなわけないじゃない」


 まるで振られたかのように脱力し、深いため息をつく悠真を見て、遥が嬉しそうに微笑んだ。


「いやもう、断られたらどうしようって、心臓バクバクだったんだ」

「そうなの? 私、きっと悠真くんに気持ちを知られてるって思ってたんだけど」

「気が合う友達とは思ってくれてると思ってたけど、付き合ってもらえるとは思ってなかったから……」

「そっか……それでも、告白してくれたんだ。なんか、うれしいな」

「いやあ、たぶん人生で一番勇気だしたよ」

「またそんなこと言って、ふふ」


 二人で顔を見合わせて笑った。これまでとは違う感情で胸がいっぱいになった。


「……あ、それなら、私、悠真くんにお願いがあるの」

「何?」

「あ、あのね、私、もう悠真くんの……その、彼女になったじゃない?」

「う、うん」

「……だからね、私のこと呼び捨てにしてほしいなって。ほら、私の友達もみんな遥って呼ぶし、私、好きな人から『遥』って呼び捨てにされたかったんだ」


「もう彼女になった」だの「好きな人」だのと言われ、もう、悠真は幸せ度MAXで、心がはちきれんばかりであった。


「そ、そう? うん分かった。そうするね」

「ちょっと呼んでみて」

「え、うん、その、は、遥ちゃ……じゃない、遥」

「えぇ、もっとちゃんと言ってよ」


 微笑みながら抗議する姿が、やけに可愛らしく、また鼓動が飛び跳ねた。


「う、うん、じゃあ、えっと……」


 緊張で思わず生唾を飲み込み、彼女を見つめる。


「遥」

「なあに悠真くん?」

「え、あの……」


 そんな返しが来るとは思わず、どう返事すればいいのか一瞬戸惑う。だが、遥が何やら期待のこもった目で悠真を見つめているのに気がついた。何を言わせたいのかは鈍感力の高い悠真でも分かった。


「す、好きだよ、遥」

「私も大好きよ、悠真くん」

「あ、ありがと」

「私も、ありがと、悠真くん。ふふ……なんか照れるね」

「うん……」


 しばらくの間、二人は俯きあい、気恥ずかしい沈黙が流れた。


「じゃ、そ、そろそろ、行く?」

「そ、そうね」


 気恥ずかしさから逃れるように二人は立ち上がり、そそくさと片付け始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る