第10話 俺ん家に泊まってくれんの?

「ラーメン屋はジャージでも良いけどあとは服を着替えねえとな。七海は、一回家に帰る? それともどっかで洋服を買ってやろうか」


 雄ちゃんがあんまりにも楽しそうに話すものだから、私もなんだか嬉しくなった。


「一回ね、家に帰ろうかな。服を買ってもらうなんて悪いし」

「そっか。俺は七海に服ぐらい買ってやりたいけど」

「た、誕生日でもないのにもらえないよ」

「別に誕生日じゃなくてもプレゼントしたいけど」

「ううん、私はそんなに甘えられないよ。雄ちゃん」

「う〜ん、そっか。なんか残念。じゃあラーメン食ったら、七海の会社に行って車を取りに行く。それで二台で別々に七海ん家に行けば良いか。で、七海の車は置いてって、二人で俺の車でお出掛けと参りますか」

「面倒ですいません」

「ぜんぜん面倒じゃござんせんよ。七海のためなら別に大したことねえっす」

「雄ちゃんの口調、時代劇みたい」

「七海がしんみりと『すいません』とか言うからな、おどけてみた」

「ありがとう。雄ちゃんは優しいね」

「俺が優しいのなんて相手が大切な友達とかだけだよ。ゆえに七海は特別」

「と、特別? 私が……」


 ふと不思議に思った。


 そういや雄ちゃんはなんで私と今日は一緒に過ごすことにこだわるんだろうか? ……と。


 ちなみに雄ちゃんはたしか彼女と別れて二年ぐらいだ。

 会社の後輩に告白されて付き合ったけど、あまり長くは続かなかったんだったよね。

 それからは好きになった人の話は聞いたことはない。

 今はフリーなんだ、雄ちゃん。

 じゃなかったら、私の世話なんてこんなに焼いてくれるわけないよね。


「あとさ。再度確認で〜す。……俺ん家に泊まってくれんの?」


 雄ちゃんはまっすぐ前を向いて運転して私を見てはいない。

 きりっとした横顔からはお茶らけた雰囲気はない。


「……泊まろうかな」

「やった! よっし」

「ねえ。なんで私をそんなに雄ちゃん家に泊めたいの?」


 沈黙が少しあった。

 マズイことを聞いたかもしれないけどどうしても聞きたかったのだ。


「俺が七海といたいから。……少しでもお前といたいし、七海を一人にしたくない。あのさ……襲わないからな。七海とはじっくりちゃんと向き合って話がしたい」

「ええ〜っ?!」


 からかってんでしょ?

 また。


「おいっ、驚きすぎだ。無論冗談でもからかってもいないからな。七海、あとさっきのキスしたってのは本当のほんとの話だぞ。ぶっちゃけるけど何度もしたんだよ俺たち」

「そそそ、それはすいませんっ。もしや嫌がる雄ちゃんに私が迫ったのかしら」

「あのな、俺は嫌がってない」


 あー、もうっ。

 うそ〜!

 やだ何度もって!


「私とのキス、嫌がってないんだ」

「むしろ嬉しかったというかなんちゅうか……。七海はさ忘れてるみたいだから、俺はどう切り出したら良いか分かんなくなったんだよ。誤魔化そうと思った。でも何もなかったことには出来ない」


 嘘だよね?

 ――あ〜、いや違う。嘘じゃない。

 嘘とは違うな。

 これは本当の話だ。まことな実話だ。

 雄ちゃんは真剣だった。

 すごく真剣な顔つきで話していた。


「俺は七海とちゃんと向き合いたいんだけど」

「キスぐらいで……、良いよ、そんなに雄ちゃんが責任を感じなくても。すごく酔っ払った私が悪いんだし」

「……キスぐらいってことねえだろ? 軽くない。口づけってさ、お互いが好きだからすんじゃないのか?」

「そうだよ。……ごめんなさい」

「それと俺たちキスだけですまなかったから」


 んっ? なんだって?!


「えっ?」

「そのなんだ。あーっ! もうっ! あのなあ、俺たちは付き合うって話もしてたんだぞ?」

「わっ、私と? 雄ちゃんが?!」


 私は助手席で羞恥心から顔だけじゃなくて腕とかも真っ赤になっていた。


「朝起きたら七海はなんにも覚えてないって言うからさ。悲しかったけどな。俺が七海に付き合おうって言ったらオッケーもらえて嬉しかった」


 そんな……。大切なこと全部覚えてないよ。

 ごめん。こんなに大事なこと。


「酔っ払いと真剣な話をするもんじゃねえな」


 はあっと雄ちゃんはゆっくり深いため息をついた。

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