第四章 七人の妹

七人の妹 第四章 七人の妹 1



   第四章 七人の妹



          * 1 *



 プレートを魔術で浮かせて土地とするというコンセプトを、日本で最初に取り入れたイケブクロ・サンライズ・シティは、魔導科学によって実現が可能になった一〇〇〇メートル以上の超々高層建築物とは一線を画し、新世代の都市として世界中から注目されていた。

 しかしながらサンライズ・シティは、落成式を前に地下に設置されたエーテル場安定装置の暴走により、敷地プレートが横滑りする形で崩壊し、大半が瓦礫と化した。

 崩壊がゆっくりであったこと、カタストロフ対策が充分であったことにより、人的被害はほとんどなくて済んだが、現在のイケブクロ自治区とネオナカノ自治区の間にあった、当時の地上の街並みは瓦礫の下敷きとなった。

 瓦礫となったサンライズ・シティの着地地点は、現在サンライズパークとして地上の記念公園となっている。生活の基盤が積層魔導都市に移った時代にあって、その広大な土地は世界的なスポーツや音楽などのイベント、式典の場所として利用されていた。

 約一年前の時空断層事件により一部が荒れ地となっているが、主要施設には被害がなかったため、利用は継続されている。

 パークの中でも一番大きく、軽く二十万人が収容できる、スポーツや音楽イベントに使われる円形の第一スタジアムは、夕暮れの陽射しにひっそりと染まり、人影はない。

 イベント予定はないため、そのまま夜に沈むはずだった広大なグラウンドに現れた人影。

 七人の妹。

 飛んできたメッセージ通りに、美縁たちは指定されたこの場所に足を踏み入れていた。

 全員で見回しても他に人影はなく、灯りもない。

 風もなく、街の喧騒も届かないひっそりとしたその場所には、美縁たちの他に誰もいないようだった。

 彼女たちが訝しむように目を細め始めたとき、ライトが点灯した。

 灯された夜間照明に一瞬目が眩む美縁だったが、同時にガラスで囲まれたVIPルームに、人影を確認していた。

『よくぞ来てくれた、高宮家の方々』

 マイクを通して拡大された声が響くのと同時に、巨大エーテルモニタが開き、VIPルームにいる人物を映し出した。

 立っている黒装束の男がひとりと、後ろ手に縛られて床に座り込んでいる佳弥。

 美縁たちの方に苦笑いを向けている佳弥に、怪我などをしている様子はない。

 ――兄さんっ。

 すぐに駆け寄りたい衝動を拳を握りしめて堪えて、美縁は深呼吸した。

『こちらの要求は先にも伝えた通りだ。高宮遥奈をこちらに引き渡せば、彼を解放しよう』

 その言葉に、美縁は側に立つ家族の顔を眺めていく。

 不安な表情などひとつもなく、視線に頷きを返してくる妹たち。

 最後に、遥奈と微笑みを交わした美縁は、一歩前に出て、VIPルームの黒装束を睨み、声を張り上げた。

「私たちの家族を渡すつもりはありません!」

『……彼がどうなってもいいのか? 大切な人なんだろう?』

「もちろん、兄さんは大切な人ですっ。ですが遥奈も私たちの家族です。兄さんと同じように、大切な人なんです!!」

 高らかに放った美縁の言葉に、エーテルモニタに映る佳弥は、嬉しそうに笑っていた。

「それに、貴方は遥奈を使って何がしたいんですか? 芒原さん!」

『……誰かから聞いたか? ここまで来れば隠す必要もないのだがね』

 言って芒原は黒装束を脱ぎ去り、スーツに包まれたロマンスグレーの姿を晒した。

『僕のことまで知っているなら、遥奈の正体についても知ってるだろう? 寄生生物に佳弥君と同等の価値があるとでも言うのかね?』

「あります。遥奈は、私たちの家族です。兄さんが遥奈を妹として認めた以上、私たちはみんな同じ妹なんです。引き渡すなんてこと、できません」

『佳弥君がどうなってもいいとでも?』

「兄さんも助けます。いまからそこまで行って、必ず助け出します」

 睨みつけてくるように細められていた芒原の表情が、笑みに変わった。

 唇の端を歪めて笑い、彼は言う。

『そうした強がりも好きだよ。とても尊いものだ。ならば佳弥君の妹たちよ、僕が与える障害を乗り越え、ここまでたどり着いてみせるがいい』

 芒原が言い終えるのと同時に、近くの出場口から姿を見せたのは、刀で肩を叩いている剣客と、足先から被った兜の先まで黒い姿をしたファントム。

 現れたのはそれだけではなかった。

 グラウンドの中央部分が大きな音とともに左右に開き、何かがせり上がってくる。

「――宇宙竜!」

 真っ先に声を上げたのはバーシャ。

「宇宙竜って、あの?」

 美縁は振り向いて、険しい顔をしているバーシャに問う。

「うん……。ここのところ、気配があったり、消えたりしてて、本当にいるかどうかわからなかった」

 宇宙竜は、地球外から飛来する宇宙怪獣の一種。

 宇宙怪獣は知的ではない、何らかの方法で宇宙を渡り飛来してくる生物全般の名称であるが、宇宙竜はその中でも有名な種類だった。

 単体でも魔導化していない文明を簡単に壊滅させる宇宙竜は、群れを成して星々を渡る集団もあり、それに飛来された星はあらゆる生物が死滅する。

 おとぎ話に登場する竜そのままの姿をしている宇宙竜は、いまは小山にも見える巨体を丸め、首を身体に寄せて微動だにしない。

 ――戦力が足りないかも。

 小型のものでも魔法少女ひとりでは対処が困難とされる宇宙竜は、いまの家族の中で戦える妹をそれぞれの敵に当てるとしても、足りないかも知れないと美縁には思えていた。

「大丈夫です、美縁」

 メイド服を着、前に出て剣客のことを睨みつけるユニア。

「うん、だぁいじょうぶだよぉ」

「うん、問題ないよぉ」

 ニコニコと笑い、羽月と紗月は近づいてくる黒いファントムの前に立つ。

「なんとかなる、なる」

 虚空から魔法具である大剣を取りだし、鎧のような魔法少女の衣装に変身したバーニア。

「ここはウチが手伝うから、美縁と遥奈は兄貴のところに行キ」

 数枚のエーテルモニタを開いた姫乃が、口元に笑みを浮かべながら言った。

 遥奈のことを見ると、彼女も美縁のことを見つめてきていた。

 ふたりで頷き合い、戦闘態勢を整えたみんなの方を見た美縁は声を上げた。

「必ず、みんなで一緒に、兄さんと一緒に家に帰るよ!」

「えぇ」

「うんっ」「うんっ」

「もちろんー」

「わかっとるワ」

「はいっ!」

 全員で笑みと頷きを交わした美縁は、VIPルームに向かうため、遥奈とともに出場口へと走った。



            *



「なんだ、またスフィアドールのお嬢ちゃんが相手かい?」

「ユニアです」

「んじゃあユニアちゃん。昼間に負けたときのことは憶えてるだろ? 確かにユニアちゃんはスフィアドールとしては強い方だと思うし、身体は治してきてるみたいだが、勝てると思ってるのか?」

「さっきとは違います」

 填めていた長手袋を外し、ユニアは構えを取った。

 それを見た剣客も、もったいぶらずに刀を抜き、鞘を遠くに放る。

「技術も、経験も差があるのはわかってるだろうに。昼間とよほど違いがないなら時間稼ぎにもならないぜ」

 呆れたように言い、それでも鋭い視線を向けてくる剣客は、ファントムである日本刀を構えた。

「訊いてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「貴方は、いまの時代では珍しい武術家です。鍛錬も実戦も相当に積んでいる。それに、自分なりの生きる道を持っているようにも思えます。そんな貴方が、何故芒原様の下で人掠いなどに荷担されているのです?」

 ユニアにとって、それは純粋な疑問だった。

 物理的な争い事はほとんど起こることがなくなったいまの時代。戦争ですらまともな戦闘は、半世紀以上発生していない。スポーツや趣味で武術を嗜む者はいても、命の取り合いになるような実戦を経験している者は皆無に近い。

 ユニアはそのゼロではない人がいる道場に通い、対防御魔術用格闘術を習ったが、剣客の剣術はどこかの流派を会得しているだけでなく、命の取り合う修羅場を積み重ねて磨き上げてきたもののように思えた。

 そんな世界に何人といない実力者が、権力と財力を持っているとは言え、芒原のような人物に従属し、下種な仕事を請け負っている理由が、わからなかった。

「まぁ、いろいろこっちにも事情があってな。こんな人斬りの技術もこんな時代だからこそ必要になったりするんだが、トラブルはつきものなのは言うまでもねぇ。あいつの夢につき合ってるのは、この斬り裂き丸の大切なものを押さえられてるからだ」

「斬り裂き丸……。そのファントムの刀ですか」

「あぁ。気づいてると思うが、こいつはただの器物ファントムじゃねぇ。相当高い神格の、それもあらゆるものを、因果すら断ち切れる事象剣だ。だがこいつはいま片割れがいねぇからな。神殺しの妖剣としての力は半分もない。つってもユニアちゃんを倒すくらいはわけねぇけどな」

 話すことを言い終えたらしい剣客は、口元に笑みを浮かべつつも、剣士としての目をユニアに向けてきた。

 事象剣というのは聞いたことがあった。

 羽月や紗月、武速と言った人物の形で顕現するファントムと違い、器物の形で顕現することもあるファントム。そうした器物ファントムの中でも、とくに強力なものには、神をも殺す力を持ったものがあると言う。

 顕現しているファントムは人間でも戦えるし、倒すこともできるが、ファントムの本質はエーテル場にある。顕現した肉体を破壊しても、本体を傷つけるには至らない。

 しかし事象剣と呼ばれる、時間や空間、果ては縁といった形のないものまで干渉できる器物ファントムは、ファントムの本体にダメージを与え得ると言う。

 片割れを失い力を減じていても、軍事レベルの強力なものならともかく、服に付与された防御魔術では事象剣の前には無意味なのは当然のことだった。

「さて、このまま戦わないってんなら、見逃してやる。女の子を斬るのは趣味じゃねぇ」

「スフィアドールのわたくしを女の子として扱うと?」

「性格は女性格なんだろ? やっぱりあんまり気持ちの良いものじゃねぇんだよ」

「ですが、わたくしはこのまま貴方を見逃し、美縁や遥奈の元に行かせるわけにはいかないのです。――バーニア!」

 剣客に注意を払いながら、ユニアはバーシャ――魔法少女バーニアに声をかける。

 首をもたげ、威嚇するようにうなり声を上げている宇宙竜と対峙するため、バーニアは空中に浮かび上がっていた。

 ユニアの声に反応した彼女は、両手に持った大剣に光を宿し、振った。

 ビームのような青い光を受けたのは、ユニア。

「なんだ? こりゃ。ER空間?」

 全身で青い光を受けたユニアから地を這うように放たれたのは、緑色の光。

 ユニアを中心に四角に広がったその光は、充分に広がった後、壁を形成し、天井をも閉ざして箱状の空間を生み出した。

 外が見える薄緑色の壁に囲まれた空間は、ER空間。

 体育の授業でも使っていた、ゲームフィールド。

「こんなもん使って、こっちの防御魔術を無効化するってか? そんな程度で埋まる差じゃないのはわかってるだろ? ユニアちゃん」

「えぇ、もちろんです」

 肩を竦めながら言う剣客に、ユニアはニッコリと笑む。

 ER空間の薄緑色の壁に近づいた剣客は、事象剣でそれを斬りつけた。

 刃は通らず、壁に弾かれる。

 手で触ってみても何も起こらないが、外に出ることはできない。

「閉じ込めるのが目的ってか? 魔法少女が張ったものなら破るのは難しいが、あっちの敵は最低でカテゴリー十五の宇宙竜だぜ? 斬り裂き丸で斬れねぇ魔術なんて維持してたら、ヘタすりゃ速攻で食い殺されんぞ」

「それについては心配ご無用です。発動の際に魔法力こそ借りましたが、維持しているのはわたくしです。貴方もご存じでしょう? わたくしは魔法少女ユーナの魔法具。この空間を発動させ、維持することくらいならばわたくしでも可能です」

「だったらユニアちゃんを倒せばいいってことだな!」

 そう叫んだ剣客は、本格的に攻撃の構えを取った。

 それに対して余裕の笑みを浮かべ、ユニアは言う。

「貴方はここが、どんな場所であるのかわかりますか?」

「なんだ? 壁が堅固なだけでただのER空間だろ? ここじゃあ斬り裂き丸で斬られようが、魔術を解除すればダメージは回復するかも知れねぇが、ユニアちゃんが勝てねぇことには変わりねぇぜ。防御魔術の無効化程度で同等になるほど、差は小さくねぇ」

「同等? まさか」

 メカニカルアイに凶暴な光を宿し、ユニアは笑う。

「ここは姫乃に組んで頂いた、わたくしのための空間。わたくしは貴方のようにプレイヤーとしてここにいるのではなく、この空間の支配者としてここに君臨しているのです。この空間の解除は、わたくしが指示するか、わたくしの心を折るしかありません」

「てめぇ……。意外と卑怯じゃねぇか」

「卑怯? 何を言っておいでで? 最初から貴方は、ひとりではなく、その事象剣と、ファントムと一緒に、二対一でわたくしと対峙していたではありませんか。貴方の口から卑怯などと言われても、どちらが? としか思えません」

「ちっ」

 苦々しげな顔で舌打ちする剣客の前で、狂気にも近い笑みを零すユニアの背後から生えてきたのは、拳。

 指一本だけでもユニアの腕よりも太いそのメカニカルで、凶悪な雰囲気を宿した腕が二本、拳を握りしめた。

 ER空間では勝敗のルールや重力操作、身体に感じる痛みの大小を変更するだけでなく、設定したルールに従い、道具や武器を呼び出し、使うこともできる。

 ユニアの肩の上には、腕に続き大口径の砲門が虚空から現れ、装着された。

「兄様を傷つけ、掠い、家族を奪おうとする貴方と、なぜフェアに戦わなければならないのです? わたくしにとって貴方はただの虫です。踏み潰し、轢き殺すべき害虫です」

 剣客の顔は、徐々に引きつってきていた。

「魔法少女ユーナに仕え、高宮佳弥の妹として彼を慕うわたくしと対峙する貴方がいまいる場所は、わたくしの胃袋です。わたくしの家族に危害を加えることを止めないと言うなら、このペインレベル一〇倍のわたくしの胃袋で消化して差し上げましょう」

 近接用の拳、射撃武器、空中に浮くオプションなど、様々な装備を呼び出し、それに埋もれるようにして立つメイド姿のスフィアドールは、爽やかで、凶悪な笑みを浮かべながら、剣客への攻撃を開始した。



            *



 黒のファントムは、宇宙竜と対峙するために空に浮かんだバーニアに、仮面を被った顔を向けた。

「だぁめだよっ。あっちはいま忙しいからね!」

「貴方の相手は羽月と紗月だよ!」

 仮面に手をかけていたファントムに、羽月と紗月はニコニコと笑みを浮かべながら近づいていく。

 手を繋いで立つふたりに、ファントムは虫を振り払うように無造作に右腕を振るった。

「わぁーっ」

「きゃぁっ」

 楽しそうな悲鳴を上げながら、ふたりは腕を躱してファントムの正面に回る。

「ねぇ、一緒に遊ぼう?」

「遊んでくれないといたずらしちゃうぞ?」

 やっと羽月と紗月に顔を向けたファントムは、握った拳を振り上げる。

 先ほどよりも早く、鋭い打撃。

 しかしふたりはわずかに身体を反らしただけで、それを回避していた。

「ふぅん。貴方、エンシェントエイジなんだね」

「もっと強いはずなのに、零落しちゃってるんだ」

 羽月と紗月は、そう言いながら黒いファントムの周りをくるくると踊る。

 ファントムは彼女たちを捕まえようと両手を伸ばすが、すべて紙一重で躱されてしまう。

「そっか。だから芒原の企みに協力してるんだ?」

「世界が変わっちゃっても、貴方はそのままでいられるからなんだ?」

「力を取り戻したいの?」

「神話みたいに君臨したいの?」

 右のサイドテールを揺らす羽月と、左のサイドテールをなびかせる紗月は、ファントムの周りでそれぞれに踊りながら、彼の性質を明かしていく。

 剣客にも劣らない速度で手を振りふたりを捕まえようとするファントムだったが、木の葉のようにすり抜けられ、触れることすらできない。

「捕まらないよー」

「捕まえてごらーん」

 クスクスと笑い声を上げて踊るふたりに、ファントムは動きを止めた。

 仮面に、手をかける。

「そして貴方の正体はね――」

「それから貴方の力はね――」

「魔眼のバロール!」「魔眼のバロール!」

 黒いファントム――魔眼のバロールの前で両手を繋ぎ、頬をすり寄せて正体を告げる羽月と紗月。

 仮面を脱ぎ去った下から現れたのは、濃い褐色の肌をした、端正な顔立ちの男。

 彼の両目は、固く閉ざされていた。

 魔眼のバロールの力は、文字通りその魔眼。

 閉じられた目を開け、生き物を睨めばその命を奪い、土地を見れば荒れ地に変えてしまうと神話に伝えられている。魔眼の力は、顕現したファントムの身体を打ち砕き、エーテル場にある本体をも傷つける。

 いままさにまぶたを開こうとしているバロールの前で、羽月と紗月はニコニコと笑っている。

「遊ぼう?」

「踊ろう?」

 離れたふたりの手の間からは、包帯のような布が現れ、伸びていく。

 大きく飛び退きふたりから距離を取ったバロールは、ゆっくりと、瞼を開く。

 立ち止まったまま逃げることもない羽月と紗月を、バロールの魔眼から放たれた黒い光が包み込んだ。



            *



 バーニアが空に飛び上がったのと同時に、宇宙竜は目を覚まし、長い首を持ち上げた。

 真っ直ぐに伸ばせば、首の先から尻尾の先まで二〇〇メートル近くあるだろう。胴体だけでも一〇〇メートルほどある宇宙竜は、ただの成体ではなく、生まれてから数億年、もしかしたら一〇数億年生きている、エルダー種だと思われた。

 見た目には岩をつなぎ合わせたようなごつごつした肌をしているが、その強度は人類が造り出せるどんな装甲よりも硬い。

 ――この子、操られてる。

 凶悪な竜であるのに、綺麗な碧い瞳をしている宇宙竜。

 しかしその瞳の中に、黒い揺らぎが見て取れた。

 おそらく、羽月と紗月が相手をし始めたファントムが、何らかの干渉を行ったのだろうと、バーニアは予想した。

 強大で、育っていない単体でも魔法少女ひとりでは相手が難しい宇宙竜であるが、あくまで宇宙の中だけでの話。強さはそれほどではなくても、エーテル場に本体を持つファントムの能力次第では、手なずけることも不可能ではなかった。

「どちらにせよ、戦うだけ」

 寝ぼけていたらしい宇宙竜は、いまはっきりとバーニアのことを認識し、牙を剥いて喉を鳴らし威嚇してくる。

「バーニアは想う! 絶断の刃を!!」

 魔術ではない、魔法の言葉を唱えたバーニア。

 魔法具である大剣に、光が宿った。

 光は刃となり、バーニアの身体の二倍近くまで伸びる。

 それを見た宇宙竜は首を縮め、大きく口を開いて噛みついてきた。

「ふっ」

 ひとつひとつが剣のような鋭い牙が並ぶ顎をふわりと動いて回避したバーニアは、身体にも光を纏い、竜の胴体へと飛んだ。

 まるで鈴を鳴らしたような澄んだ音。

 バーニアが振り下ろした光の刃は、黒い岩のような宇宙竜の身体に確かに命中した。

 しかし傷ひとつ入れることはできず、澄んだ音とともに受け止められていた。

 宇宙竜はあらゆる物質を食べて成長する。それはごく微量、天然に存在するマナジュエルを体内に取り込むため。

 自然物よりも多くの場合魔法力が高い生物をとくに好むが、その貪欲さは凄まじく、エルダー種の群れともなると、恒星をも食料とする。

 生まれたときは宇宙で生息可能な程度の魔法力――それでも恐ろしく高いが――しか持たない、野生生物に過ぎない宇宙竜は、時を経るうちに魔法力を増し、エルダー種ともなると魔法少女でも、ミュートス級ファントムでも、単身では物理的には手に負えなくなる。

 バーニアの魔法による刃を弾いたのは、高い魔法力を持つ宇宙竜が本能で発動させている、強力な防御魔法の効果だった。

 尻餅を着く形で上半身を起こした宇宙竜は、首に加え前脚を伸ばして攻撃を加えてくる。

 決して早いとは言えない攻撃であるが、牙と爪には魔法の光が宿っている。切断系の魔法だろうその光の威力は、一撃で防御魔術が付与された服を着る人間を紙のように斬り裂き、魔法少女にもダメージを与えるほど。

『さすがに微塵切りのバーニアと言えど、宇宙竜相手では手も足も出ないかな?』

 そんな声をかけてきたのは、芒原。

 ゆったりと椅子に背を預けて高く足を組む彼は、バーニアと宇宙竜の戦いを、まるでスポーツの試合を見るかのように口元に笑みを浮かべて眺めている。

「いくら何でもこのクラスの宇宙竜の使役は、危険過ぎではありませんか? 暴れ方次第ではこの辺り一帯が焦土と化しますよ」

 細かく動き、宇宙竜の攻撃を避けて翻弄するバーニアは、横目で芒原のことを睨みつけながら言った。

『問題ないさ。この辺りが焦土になるくらい、僕の成そうとしていることのためには必要な犠牲さ』

 芒原のそんな言葉に、バーニアは眉を顰める。

 いまはまだ刃の魔法程度しか使っていないからたいしたことはないが、宇宙竜には様々な力がある。

 口から炎を吐くくらいは序の口で、ビームを吐き、重力を操り、空間を消滅させることも可能だ。そんな攻撃よりも、いかなる攻撃も弾く強固な皮膚と防御魔法が脅威だった。

 ふたり以上魔法少女がいれば、力を合わせて強い攻撃を繰り出したり、ひとりが陽動をしている間にひとりが力を溜めることもできるが、いまのこの場で宇宙竜と戦えるのはバーニアひとり。

 これだけ強い脅威が発生したのだから、そう遠くなく他の魔法少女が駆けつけてくると思われるが、到着するまでの数分の間に、グラウンドにいる者たちは殲滅されかねない。

 バーニアが戦う以外、いまは方法がなかった。

「!!」

 考え事をしている間に生まれた小さな隙。

 迫ってきていた宇宙竜の爪を避けるタイミングがわずかに遅れ、バーニアは地面に叩きつけられた。

『その程度でやられはしないだろう?』

「当然です」

 抉られ、土煙を上げるグラウンドの中から、傷ひとつない鎧姿で立ち上がったバーニア。

『しかしいまの君では勝ち目はない。そろそろ宇宙竜には本気を出してもらうことにするよ。短い間だったが、これまでよくイズンを守ってくれた。バーニア、お別れだ』

「それはどうでしょうか。――姫乃!」

「はいヨ」

 芒原の声に顔色ひとつ変えずに応え、バーニアは出場口の影に隠れていた姫乃に声をかけた。

 身体を出した姫乃は、広げていたエーテルモニタをフリスビーのように投げた。

 縦横の面積だけでなく、かなり厚みがあるエーテルモニタ。

 その厚みは、データの量を示す。

 宇宙竜に目を向けながら、後ろに伸ばした左手でそれを受け取ったバーニア。

 彼女はそれを、右手に持った大剣に当て、刃の表面に挿入するように押しつけた。

「お願いね、剣帝フラウス」

 自分の相棒である魔法具に呼びかけ、バーニアは大剣を胸の前で構えた。

 そのとき、宇宙竜は喉を膨らませている。

 牙の間から漏れ出ているのは、青白いプラズマ。

「ライトウェア・セットアップ!!」

 高らかに上げた声とともに、バーニアの身体が光に包まれた。

 それと同時に、宇宙竜の口から吐き出された、プラズマの光。

 轟音を伴ってバーニアの身体を包み込んだプラズマは、瞬時にグラウンドを蒸発させ、大きな窪地をつくる。

 たとえ軍用の防御魔術でも、一秒と堪えることができないプラズマのドラゴンブレスは、次の瞬間爆発となった。

『あっけなかったな』

 煙に包まれ中心部は見通せないが、窪地の縁が沸騰している様子を見た芒原は、エーテルモニタの中で含み笑いを漏らす。

『そのまま残っている三人の――』

「何が、あっけなかったのでしょう?」

 宇宙竜に指示を出そうとする声を遮って、内側からふくらむようにして吹き飛ばされ消えた煙の中から、バーニアが現れた。

 ドレスと鎧をかけ合わせたような魔法少女の衣装を纏っていたバーニアだったが、その姿は変化していた。腰部や脚部にスラスターを持ち、身体のラインが出るアンダーウェアの上に、メカニカルなプロテクターを身につけた姿。

 球形のバリアを張り、沸騰する地面の上に滞空するバーニアは、VIPルームの芒原を睨みつける。

『……なんだ? その姿は』

「魔法少女とその魔法具の力を最大限に活かすため姫乃が生み出した、ライトウェア。いまのワタシは魔法少女ではありません。この姿をしているときは、機光少女バーニアです」

 ゆっくりと高度を上げ、警戒しているように睨みつけてくるだけの宇宙竜と、バーニアは対峙する。

「ワタシが何故、自分にバーニアと名付けているか、ご存じですか?」

『名付けの理由だと?』

「えぇ。ワタシには大きな魔法力を持つ者が必ず持っている自制能力、リミッターがありません。体内にある魔法力をあるだけ放出してしまう。同クラスの魔法少女よりも強力な魔法が使える代わりに、常に消耗し続けてしまうため効率が悪く、暴走によって自分の身体も、心も、……そして周囲をも壊してしまうことがあります」

 ヘルメットについたバイザー越しに宇宙竜を見つめていたバーニアは、少しうつむく。

「それによって、ワタシは生みの親を失った……」

 剣帝フラウスを構え、宇宙竜を見つめ直したバーニア。

「だからワタシは自分の心に刻みつけた。力の、目盛りを」

 フラウスの刀身が伸びるように、光の刃が現れた。

 白銀色の光の刃は、先ほどの刃よりも細く、まるで実体であるかのように安定している。

「燃費は悪いままですが、自分に目盛りを刻み、出力を完全にコントロールすることで、そして姫乃の協力で生み出したこのライトウェアで、ワタシは短時間であれば通常の魔法少女数人分の力を持ちます」

『さ、さっさと殺せ!』

 芒原のうわずった声と同時に、宇宙竜はプラズマブレスをバーニアに向けて吐き出した。

 左手を掲げたバーニアは、身体の前に円形のバリアを展開する。

 プラズマと接触した瞬間、バリアは膜となってそれを綺麗に包み込んだ。

 収縮するバリアの中で、プラズマは微かな煤を残して消滅した。

 後ろ脚だけで一歩、二歩と後退り、バーニアを睨みつけた宇宙竜の周囲に新たに現れたのは、光の槍。

 二〇を超える槍は、一斉に機光少女へと殺到した。

 けれども槍と同じ数のバリアを出現させたバーニアは、槍のすべてを包み込み、無力化していた。

「エルダー種とは言え、ずいぶん多芸ですね。捕らえて支配下に置いただけでなく、教え込んだのですか? 危険なことを……。しかしながら、その竜の出力は計り終えました。もうその竜は一切の被害を、周囲に出すことはありません」

 すぐにバリアを展開できるよう左手を竜に掲げたまま、バーニアはVIPルームの芒原に向けて剣帝を向ける。

「そこでおとなしく待っていなさい。可能な限り速やかに、貴方の罪を贖わせるために、そちらにお伺いします」

『そこでしばらく遊んでいろ。こちらはその間に目的を達成する!』

 言って芒原はエーテルモニタを消し、椅子からも立ち上がってバーニアからは見えなくなった。

「さて、速やかにと言っても、それなりにかかりそうですね」

 恐れ始めたのか、積極的な攻撃をしてこなくなった宇宙竜。

 ユニアと、羽月と紗月が戦っている場所、姫乃が隠れている場所に注意を払いながら、バーニアは剣帝フラウスを構え、宇宙竜に突撃を開始した。



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