第三章 兄の役割

七人の妹 第三章 兄の役割 1



   第三章 兄の役割



          * 1 *



 ――けっこういっぱいもらえたな。

 スカイバイクのタンデムシートを畳んで乗っけてるコンテナはふたつ。それにはいろんな種類の野菜が満載になってる。

 友康の親戚がやってる、ちょっと離れたところにある農園。

 魔術を利用した農法は作業の効率化はもちろん、作物の均質化も旧時代より容易になっている。けれどエーテル場の活性具合にばらつきが発生すると、均質でない出来のものがわずかながら出るわけで、そうしたものがまとめて友康の家に送ってくることがある。

 友康の家では料理は、多少はするけれどそんなに頻繁じゃない。停蔵庫に入れておけば鮮度は保てるけど、容量には限界がある。

 昨日送られてきたものを分けてくれると言われたので、放課後に取りに行っていた。

 いまは料理魔術だってあるんだから、自然作物の料理だって簡単なはずだ。それでもこんなにいっぱい分けてくれるのは、友康と七海の両親が、両親が家におらず、妹が多い俺の家のことを想ってくれるからだろう。

 ――また何かの形で返さないとな。

 そう思いつつ、ネオナカノの中層エリアの空路から、イズンに向かう幹線空路に繋がる道に入る。ホウキや車両が行き交う空路を、後ろに乗っかった重量に気をつけて飛ぶ。

「遥奈のことは、早く決着つけないとな」

 また黒装束やシス婚推進委員会の奴らが現れないとも限らない。今日の美縁は普段通りだったが、いつまでも妹たちに負担は掛けたくなかった。

「早く最終宿主が見つかれば、いいのかもなぁ。だけど、な……」

 低速でバイクを操りながらも、俺はそんなことをつぶやく。

 それをハルーナの本能が求めていて、遥奈自身も求めていることなのだから、早く最終宿主が見つかるのが最良だろう。

 けれどもそうなったら彼女は、あの家を出ていくことになる。

 偶然に、無理矢理入り込んできた妹だが、いなくなることを想像すると寂しくもあった。

 ――まぁ、でも、しばらくは大丈夫か。

 彼女がいま生活し、出会うことがある男性の中で、俺がピンとくる奴はいない。遥奈がどんな人を求めていて、最終宿主に選ぶ基準もわからなかったが、すぐに見つかることはないだろうと、根拠もなく思えていた。

 ――完全に、思考が遥奈の兄貴だな。

 兄が妹の嫁ぎ先を見定めているような思考になってることに気づいて、俺は思わず苦笑いを漏らす。

 なんかもうすっかり、遥奈は俺の妹だった。

「いくら安全と言っても、さすがにあんな強引な手段を使ってくるファントムがいるとこには、嫁がせられないがな」

 この前の週末襲ってきた、シス婚推進委員会の奴らのことを思い出して、半分無意識にそうつぶやいていた。

「これでもそれなりに社会に評価されて、まっとうな活動を行ってる組織なんだがな」

 そんな声を掛けてきたのは、併走するホウキの乗り手。

「てめぇはっ!」

 見るとそこには、苦笑いを浮かべるシス婚推進委員会の代表がいた。

「性懲りもなく現れたな」

 スカイバイクを加速させようと構えを取りながら、俺は代表を睨みつける。

「まぁ待て。今日は話をしに来ただけだ。ちょっとそこまで面貸せや」

「話?」

 着いてこいと顎でしゃくって空路の左折線に入っていく代表に、俺が従う理由はない。

 けれども、話し合いで解決するならその方が良いと思えた。

「仕方ないか」

 そうつぶやいた俺は、代表の後を追って、交差点を曲がった。



            *



 ネオナカノの住宅街の中にあるその喫茶店は、ずいぶん古風な造りをしていた。

 化粧装飾やAR装飾ではなく、もしかしたら自然木を使ってるのかも知れない、落ち着いた内装。テーブルや椅子も、その使い古された質感から自然木を使ってると思われた。

 旧世界の店をそのまま移転したのかも知れない喫茶店「ジャンクション」に代表とともに入った俺は、にこやかに笑む、ユニアのと似たデザインの深緑色のエプロンドレスを着たウェイトレスに案内され、奥手のテーブルに着いた。

「とりあえずフルーツパフェをふたつ」

「はい。いつもありがとうございます」

 なんで話し合いをするのにふたつも頼むのか、意味がわからない。

 小さなクリップボードに、もしかしたら本物かも知れない鉛筆で注文を書きつけた二十代そこそこらしいウェイトレスさんは、柔らかい笑みを残してカウンターに消えた。

「……常連なのか?」

「ここのパフェはお勧めだぞ。全部手作り、自然素材を使った本物のパフェだからな」

「そりゃまた珍しいな」

 合成調理器が普及したいま、専門の料理人がいるよほどの高級店以外、外食の味はそう大きく変わらない。手元のメニューを見る限り若干割高だが、そのすべてが自然素材を使った手作りなのだとしたら、格安と言って過言でないほどの値付けだった。

「それで、話ってのはなんなんだ? 代表さん」

「あぁ、そう思えば名乗ってなかったな。俺様のことは武速(たけはや)と呼んでくれ。今日はシス婚推進委員会としてではなく、俺様個人として話をしにきた」

「個人的に?」

 ワイルドな感じのするデニムジャケットを羽織る武速は、その精悍な顔に凶暴にも見える笑みを浮かべた。

「まぁともあれ、先にこっちだ。遠慮なく食え」

 ウェイトレスさんが素敵な笑みとともに運んできたふたつのパフェ。

 俺の前にも置かれたそれに、色々と微妙な気持ちを抱えつつも、柄の長いスプーンで生クリームをひとくち、掬って食べてみる。

「……これはっ?!」

「な? 美味いだろ?」

 ぱくぱくと自分のパフェを口に運びながら、得意げな表情の武速。

 パフェくらい合成調理器を使えばいくらでもつくれるが、いま食べたこれはものが違う。

 甘さは強めで、柔らかさも申し分なく、若干いびつに盛りつけられている生クリームだが、合成調理器の画一的なものと違って、複雑な味わいがあった。

「これは……、妹たちも連れてきてやりたいな」

「クククッ。てめぇはそういう奴だよな、佳弥。本当に兄莫迦だ」

 楽しげに笑う武速は、先日の殺気立っていた様子と違って、なんだか親近感を覚えた。

 こいつは遥奈を奪うために襲ってきたわけで、懐柔されるわけにはいかない。なのになんだかこの段階で、憎めなくなりそうな感じがあった。

「なんだかお前は、俺のことを知ってるみたいだな」

 この前襲われたときもちょっと気になったことだったが、武速は俺のことを、というよりうちの家族のことを知っているような雰囲気があった。

「ふぅ……。久しぶりに堪能した。まぁ、てめぇの家のことは知ってるさ。それほど深くではないがな。俺様が主催するシス婚推進委員会は、世の中のシス婚を望む兄や妹、まぁ一応姉と弟ってのもあるが、とくに前者の幸せのために動いてる組織だからな。世の中の兄と妹のいる家のことは、ある程度把握してるさ。それも、いまどき兄妹がいる家だって少ないってのに、実の妹、義理の妹他、七人も妹を抱えてるてめぇは、委員会の中じゃ有名どころじゃ済まんさ」

「そういうのチェックしてるのかよ。気持ち悪いな」

「そう言うなよ。シス婚したいって奴は世の中にけっこういたりするんだが、言い出せないとか勇気がないとかって奴は多いんだ。俺様たちはその背中を押すのが仕事だからな。一歩を踏み出せない奴らのフォローを入れる準備をするのも、望みを口に出せない奴を探し出すのも委員会の仕事さ」

 まっとうなことを言ってるように錯覚するが、いくら法律で認められているとは言え、社会的には完全に受け入れられたとは言い難い近親婚。それを推進するために兄妹のいる家をチェックするってのは、普通のことだとは思えない。

「てめぇにとっても俺様たちは有用な活動をしてるんだぜ?」

「俺にとって?」

「あぁ」

 ニヤリと笑った武速は語る。

「近親婚は解禁されて久しいが、いまはまだ旧世界からあるとこ以外は重婚は認められてない。ひとりの兄を持つ複数の妹が、同時に幸せになることはできないんだ。他にもふたりの兄を持つ妹が、愛するふたりの兄と結婚することもできない。だからシス婚推進委員会では、他の組織とも連携して、多夫多妻制の導入を各自治体に呼びかけてるんだ」

「……」

「近い将来、てめぇは妹の全員と結婚できるようになるはずだ」

「……それが、有用な活動?」

「そう思わないか?」

 俺の顔を見つめてニヤニヤと笑う武速に、なんと返していいのかわからない。

 妹と結婚するって話は、俺としてはあんまり現実として捉えられない。

 ――ここんところなんでかそんなことを望むような言葉を聞いてる気がするが、な。

「まぁ、つっても、まだすぐにってわけにはいかないんだがな」

「そりゃあハードルがあるだろうな」

「倫理的なものもあるんだが、人類滅亡の足音が遠いとは言え聞こえ始めてるこの世の中だ、自治体的には乗り気のところが多い。ただ、重複家族婚の問題で意見が割れててなぁ」

 のけぞるように椅子の背に身体を預けた武速は、大きく息を吐き出す。

「どういうことだ?」

「例えば、だ、ひとりの妹がひとりの兄と結婚したとする。その後、他の兄ではない男との結婚を望んだ。しかしその男には別の嫁さんがいたりする。多夫多妻制ではそれも可能になるわけだが、兄と妹、別の家庭を持つ男と妹というふたつの家族に渡る結婚になるわけだ。俺様は家族ってのはひとつってのがいいと思ってる。悪用される可能性も出てくるし、重複家族婚については否定的なんだ。重複家族婚に賛成の組織もあるし、自治体でも意見が分かれてて、乗り気のところは多いのに、まだ制度化に近いとは言えない状況だな」

 こうやって聞いてると、方向性はともかくとして、シス婚推進委員会ってのはまともな組織のように思えてくるから不思議だ。

 堪能して空になったパフェのグラスを横に出しながら、俺は顔を顰めるしかなかった。

「ともあれ、だ。用件自体はこの前と同じだ。遥奈をこちらに引き渡せ」

「……遥奈がそれを望んでない。そもそも、どうしてそんなことを要求するんだ?」

「んなもん、決まってるだろ。遥奈がハルーナだからだよ」

 そうだろうと思っていたが、こいつは遥奈の正体に気づいていた。

 その上で、要求してきている。

 だとしたら、こいつが望んでいることを、俺はひとつしか思いつけない。

 声を上げてコーヒーを注文した武速を睨みつけ、俺は言う。

「お前は、理想の妹がほしい類いの輩か?」

「ほしい!」

 言って武速は拳を強く握りしめる。

 うつむき、身体を震わせる彼は、切々と語り始める。

「俺様には姉がいるんだが、これがまた酷い姉でな……」

「姉って……。お前はファントムだろ」

 ファントムはエーテル場にその主体を持ち、本来はこの世界には存在していない生物だ。いま目の前にいる武速のように、世界に顕現し、身体を持つことで人間と意思疎通を交わすことができるようになる。

 何故かファントムが顕現する際は神話や伝承の神や生き物の姿を取ることが多いのだが、その理由はいまひとつわかっていない。

 神話自体がすべて過去にあった事実だ、とする説もあるが、地球だけでも数十程度はある創世神話の全部が事実だ、なんてことはあり得ないわけで、詳しいことはファントムも語らないため、謎のままだ。

 神話の神の全部が地球に顕現してるということはなく、顕現してる神も顕現していない神もいて、どうやって生まれたり増えたりしてるのかはわかっていないファントムの、家族関係というのはよくわからない。

「まぁ、姉と言っても神話上の話だが、ファントムとしての俺様の相としては、そういうのがあるんだよ。ともあれ、その姉は酷い奴でな、ちょっといたずらしてみたら引きこもって世界中の人間が困るようなことをしてくれたり、復活したと思えば俺様を天界から追放したり、割と思いつきで人に役目を負わせたりと、やりたい放題なのさ。世の中の姉がみんなそんな奴だとは思わないが、俺様は妹がほしい。切実にほしい。素直に可愛がれるような、素敵な妹がほしいっ!」

「……いや、なんかよくわからんが、だいたいわかったような気がするよ。お前は理想の妹がほしくてハルーナを求める妹スキーってわけだな」

「それは否定しない。だが、それだけじゃねぇ。問題になるのはハルーナの持つ能力に関係することだ」

「催眠能力のことか?」

「いや、ハルーナが持ってる能力はそれだけじゃない」

 身を乗り出してきた武速は、声を潜めた。

「ハルーナの持つ能力については、ここでは話せねぇ。ハルーナ自身、おそらく自分の能力をすべては把握してない。だが知ってる奴もいてな、そいつが遥奈のことを狙って動いてる。相当強大な力を持ってる奴が」

 険しく目を細める武速の話を、俺はどこまで信用していいのかわからない。だけどいま俺のことを見つめてくる彼の瞳には、嘘はないように思える。

 個人的な欲望で遥奈のことを妹にしたいと語っている武速。

 それなのに彼の瞳には、俺を、俺の妹たちのことを心配している様子が見られた。

「いったい、どんな奴なんだ? その強大な力を持ってる奴ってのは」

「それはいま調査中だ。だが俺様たちシス婚推進委員会なんぞとは比較にならん力があるのは確かだ」

 険しかった視線に苦々しげな色を浮かべ、武速はため息を吐く。

「てめぇの妹たちの戦力は、イズンどころか、関東の中でも最強クラスだろうな。まさか魔法少女まで妹にしてるとは思わなかったぜ……。だがお前たちの敵になる奴は、それも把握した上で仕掛けてくるはずだ」

 厳しく目を細める武速の様子から、調査中と言いつつも敵のことを把握しているんじゃないかと思えた。はっきりと言わないのは、まだ実体をつかめていないのか、わざと言わないだけなのか。

「その敵が襲ってくるときは、お前や遥奈だけじゃなく、他の妹に負担をかけることになる。それだけじゃなく、あの子を狙ってる他のハンターとかのことだってそうだ。遥奈を側に置くってことは、そういうことだってのはわかってるのか?」

 武速の視線は、俺を責めてるものじゃなかった。

 妹たちを、そして俺を、心配する色が瞳に浮かんでいた。

 それがわかっていても、俺は彼の言葉に応じる気にはなれない。遥奈にその気がないのに、勝手に俺の意思で引き渡すなんてことは、できない。

「そう言うお前は、ただ妹がほしくてそんなこと言ってるんじゃないのか?」

「ほしい……。確かにほしい!」

 立ち上がった武速は、目をつむって握った両手の拳を震わせる。

 だけどすぐに大きく肩を落として座った彼は言う。

「だけどお前の妹たちに勝てる気はしねぇんだよ。スフィアドール程度なら俺様でもどうにかなるさ。まだよく見てないが、ファントムだって俺様の神格ならたぶん対処できるだろう。だが俺様じゃ、魔法少女はどうにもならねぇ。無理矢理掠ったとしても、逆襲食らったら委員会が壊滅する。それにな――」

 一度言葉を切った彼は、微笑んだ。

「妹がほしい俺様なんかの望みよりも、お前の妹のひとりである遥奈の幸せも、願ってるんだよ。何しろ俺様は、すべての妹の幸せを願う、シス婚推進委員会の代表なんだからな」

 個人的な願いと、妹全体の幸せを願う狭間で笑う武速って男のことが、何となく理解できた気がした。

 ――性根は悪くないんだろうなぁ。

 妹スキー過ぎて暴走してるっぽいところはあるが、俺は武速のことが悪くないように思えていた。騙されてる可能性だってもちろんあるが、嘘を吐くような奴じゃない気がする。

 タイミングを読んだように運ばれてきたコーヒーをブラックのままひと息に飲んで、武速は席を立つ。

「お前の大切な妹を狙ってる奴のことは、わかり次第知らせる」

「なんか、協力的だな」

「そりゃあな。悲しむ妹の涙なんて見たくねぇんだよ」

 妹もいないクセにどこまでシスコンなのか。

 苦笑いを浮かべる武速は、注文伝票を手に取った。

「そう言うてめぇはずいぶん罪作りな兄貴だよな。七人の妹を手玉に取りやがってよ」

「うっせぇ。そんなことしてるつもりはねぇよ」

「ククッ。遥奈のこと、話すかどうかはてめぇに任せるが、あっちにその気があるなら知らせてくれ」

 連絡先を記載したエーテルモニタを縮小して投げ渡してきた武速。

 そんな彼に、俺は改めて訊いてみる。

「ハルーナのその能力ってのは、何なんだ?」

「それは言えねぇよ」

 店から出ようと俺に背を向けた武速は、首だけ振り向いて言う。

「何に代えても取り戻したいものがあるてめぇには、絶対に言えないものだ」

 少し悲しそうに見える笑みを残し、背中越しに手を振った彼は喫茶店を出ていった。

「いったい、なんなんだかな」

 腰を浮かしていた俺は椅子に座り直し、コーヒーのカップを傾ける。

 わからないことが多すぎだ。

 遥奈のことは少しはわかってきたと思ったのに、ハルーナのこととなると情報が少なすぎる。

 ――それに。

「妹に負担をかける、か」

 そうなるだろうことはわかっていた。

 俺には、なんの力もない。

 ――それでも大切な妹たちをバラバラにしたくないと思うのは、俺のエゴなんだろうか。

 そんなことを思いながら俺は苦みが強く、でも味わい深いコーヒーをひと口飲んでいた。



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