4.駄菓子屋とチャルメラ

 非常階段を降りきると、また狭い通路があります。通路を抜ければ、表のらせん階段の街に出られます。

 その通路の入り口に、駄菓子屋さんはありました。

 ネオンの看板と、雑多な玩具とお菓子たち。

 目立つように、くじの当たりの銀星ジャケットが飾られています。でもこのジャケットは、少年が前に来たときにも、その前に来たときにもあったので、まだ誰も当てられてはいないようです。

 「星雲がし下さい」

 お兄さんはそういうと、店のおじさんに小さな赤いかけらを渡します。

 おじさんは受け取ると、ちょっと汚れた機械を起動し、星雲がしを作ります。

 「あいよ」

 星雲がしは、棒を中心にして、輝くスターダストが雲をつくるお菓子です。渦のようにわずかに回転しています。

 「シロップ、どうするねい」

 「じゃあ“虹の思い出”を」

 「あいよ」

 シロップがかかると、星雲がしは水色の輝きを増しました。

 お兄さんはおじさんから星雲がしを受け取って、そのまま少年に差し出します。

 「はい」

 「え」

 「最初に会ったとき、星のグミを急いで食べさせちゃったから。それに、そろそろお腹もすいてきたでしょ」

 少年は戸惑いながら、星雲がしを受けとりました。うれしさを顔に出していいのか、迷います。

 けれども、星雲がしはふわふわとした雲のまま、いつまでたっても雲のままです。

 「あれ、おかしいな」

 お兄さんも首をかしげます。

 星雲がしはシロップをかけると、食べる人の思い出に沿って形を変えます。子どもだましという人もいますが、誰もがこれを喜びます。誰もが子どもであるからです。

 けれども、少年の星雲がしはやっぱり形を変えません。

 少年は仕方ないので、お兄さんに星雲がしを返します。お兄さんが棒を持つと、スターダストは密度を変えて、何かの形に変わります。それは、帽子をかぶった女の人のようにも見えますし、あるいは別の、大切な何かなのかもしれません。

 「やっぱりちゃんとしてるなあ。ごめんね、ルールだから」

 お兄さんは星雲がしを口にします。星雲がしは、形を作った人だけが食べられるという約束です。

 「じゃあラーメンにしよっか。おじさん、チャルメラあります?」

 「あるよ」

 「それじゃチャルメラひとつ。あと、サッポロ一番も」

 「悪いねえ、サッポロ一番売り切れなのよ。ほら」

 おじさんがお店の脇を示します。ただでさえ狭い通路をふさぐテーブルで、2人の旅人がラーメンをすすっていました。それはサッポロ一番でした。2人は、少年が<星のはしご>に来たとき落ちていた、空から来た旅人です。水没区画を迂回するため、彼らも非常階段に来ていたのです。

 「そっか。じゃあ、チャルメラひとつで大丈夫です」

 お兄さんはまた、赤いかけらを渡しました。


 旅人たちが去ったあと、少年とお兄さんも腰掛けます。

 お兄さんは星雲がしをゆっくり食べて、少年はできたてのチャルメラに箸をつけます。

 そこに<かげ>が現れました。

 (やあ、ずいぶん久しぶりだね。あれー、今日はチャルメラ食べてるの。ネ、ネ、おいしいでしょ。おいらの言った通りでしょ)

 <かげ>はこのあたりに棲んでいます。他の人には視えません。

 他の人には視えないので、<かげ>が視える少年が来ると、<かげ>はとても喜ぶのです。

 キミは元気にしていたの、と、少年も心の中で伝えます。社交辞令です。

 (元気だよお。おいらはいつも、元気だよ。だってここは、夢のような場所だから。ただ在るだけでいいんだもの)

 <かげ>は今日も、自分はかつてオリジナルのチャルメラを食べたことがあるんだ、と主張します。少年は、いつものアレだな、と思って受け流します。

 (んじゃ、おいら、忙しいカラ!)

 <かげ>は少年に手を振ると、せっかちそうに消えていきます。忙しぶっているのです。

 ふふ、と、お兄さんが笑いました。


 チャルメラを食べ終えて、一息つきます。

 お兄さんが話します。

 「ここはいいね、平和なところだ。でもここに住む人たちは、帰る手段も忘れてしまって、そのまま変わることもしなくて、いずれ滅びる運命にある。でもね、もし仮に<星のはしご>から逃げることができたとしても、一時的に“その日”を免れられても、それは問題の先送りにしかならないんだ。変わらなければ、結局いつかは滅びてしまう。だから本当は、行き来の方法はどうでもいいんだ」

 少年には、お兄さんの言うことがよくわかりません。

 「ねえキミ。キミもさ、いつまでもそうして、変わらないのかな。変わらないままいるのかな」

 「あのう」

 少年は返事をします。

 「かわった方がいいんでしょうか。かわっても、ほろびずに済むというだけなら、ぼくは、かわらなくて大丈夫です」

 「ああ……」

 お兄さんは少し考えました。

 「そうだね。その通りだね」


 「これをキミにあげよう」

 駄菓子屋さんのテーブルを立つとき、お兄さんは、カバンから一枚の紙を取り出しました。

 それはPlanetarium Ghost Timesでした。

 「これ、もう読んだ? 僕もダブっちゃってね、2枚あるから1枚あげるよ。けっこう新しい号だよ」

 少年は慌てて受け取り、両手でしっかり持って、確かめます。

 それは初めて読む号でした。

 「この号の記者は特別派遣員3K7さん。僕がいちばん好きな記者だよ。なんというか、この世界じゃない、どこか別の世界から書いてる気がして。ねえ、キミ?」

 お兄さんの声は、もう少年には聞こえません。

 少年は夢中になって、食い入るように読んでいます。

 お兄さんは苦笑いすると、またテーブルに座って、少年が読み終わるのを待つことにしました。

 少年は座ることもせず、立ち尽くしたまま、そこに書かれる、見たことのない宇宙に憧れます。

 少年とお兄さんは、そうして少しの時間を過ごすのでした。

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