第23話 馬車が囲む教会

四つの尖塔を持つ歴史ある教会は、都市の中心部に築かれていた。

白い石造りの壁や繊細な薔薇窓のみならず、こちらを見下ろすようにそびえる聖人の立像にも圧倒される。

周囲には優美な四輪の箱馬車(クーペ)がいくつも停車していた。

屋根付きで四人ほど一気に乗車出来そうなものもあれば、小回りの効きそうな二人乗りのものもあった。

道幅の都合か見栄えの問題か、マーリャたちがアンギナムに来る際に乗った実用的な屋根付きの荷馬車はない。

両開きの巨大な玄関扉を押し開くと、祭壇へ続く通路である身廊に若い働き手を求める商工組合の者や都市学校への入学希望を募る教職者が集まっていた。

ぎこちなさの抜けない会釈と挨拶を済ませ、緊張した面持ちのダーチェス、至って平常心そうなジョサイアと一時的に離れる。

マーリャたち三人だけが交差したアーチ状の曲面天井(ヴォールト)がある中央部の左右に並ぶ翼廊へ向かった。

新成人はここで待機する決まりである。朝早くから移動してきたが、マーリャたちが着いた時には既に十数人の男女が式の開始を待ちわびていた。

より後に慌てた様子で入ってきた者もいたが、ごく少数だった。

事前準備と馬車の手配があってこそ成せる足の速さながら、そうしなければ間に合わないであろう豪奢な髪型や衣服の若者が多くみられる。

貧富の差を考慮し服装規定自体はないものの格式高い正装や真新しい甲冑、目を奪うような晴れ着で祝い、祝われたいという風潮があるようだ。

また見知らぬ同年代と接触をはかろうとする向きは少なく、マーリャにとってのセルマやディアンのように共に育った幼馴染や友人同士で雑談をし、時間を潰していた。

「養蚕家の知り合いが良い製糸業者を紹介してくれたの。実家じゃ人出が少ないのに、生糸を買い叩かれたりムダにされたら嫌だから、あたしが請け負うのもアリかなって」

「流行なんてお店がまとめて作るものですけれど、最近は妙に懐古主義に走っていませんこと? コルセットに引き裾でなければ……などと言ってドレスの幅を狭めたいのではありません。身体の線を無視した実際より肥えて映る装いを真似したくないのです。一軒の仕立て屋から何か変わることだって、あるかもしれませんわよ」

「傭兵を雇う金をケチるとろくな結果にならないよ。森で妖精に惑わされて毒草だらけの地帯に迷いこんだり、逃げて野生化した家畜に襲われて大怪我を負ったり、ただの魔術師見習いじゃ対処できない問題だらけさ。今の僕は小さな火で小動物を退かせるくらいしか出来ないからね」

存外、成人前から既に手に職を持とうと働いていた者が多数派らしい。

やがて指導役たる褪せた髪の神父が現れ、儀式の一連の流れについて説明を受ける。

「まず領主たるメニル伯からお言葉を賜わり、次にあなた方の街や村の長から祝辞を頂きます。全員でひと時の祈りを済ませたのち、司教さまが一人ずつ名前を呼んでいきますので、返答して祭壇の前に進み出てください。印章の授与と共に志望を述べていただきます」

印章は組合登録を証明する品で、一人につき最低一つは所持する決まりとなっていた。

貴族出身者は先代から引き継いだ伝統的な図案の印章指輪(シグネットリング)、平民は領主の紋章を簡易流用した判子を得る。

志望についてだが、マーリャの場合は農業、水産業、鉱業などを行う採集人(ギャザラー)を望めば良い。居住希望地を伝えるのは式が終了してからだ。

神父の後に続き、曲面天井(ヴォールト)の真下に移動した瞬間、示し合わせたように鐘が鳴り響いた。

音が特別響く構造になっているぶん、直下ともなれば思わず身震いが起きそうだった。

ざわめきの中、壁と同系色の奥の扉からゼンマイめいた金の牧杖を携えた老年の司教が、年若い眼鏡の男を伴って歩み出てくる。

二十代後半とみられる男は波打った亜麻色の髪を後ろで束ね、細かく刺縫いが施された肩の膨らんだプールポワンをまとっていた。

背筋を美しく伸ばし、民衆に対してにこやかに微笑む彼こそメニル伯その人だと、マーリャは背後から漏れ聞こえる大人たちの困惑の声で知った。

どうやら日頃、伯爵と繋がりを持つ者にとっても衝撃的な登場であったらしい。

メニル伯は司教に断りを入れ、一歩二歩と前へ出た。

「クードレットと申します。大病をわずらい療養を余儀なくされた父に代わり、先ごろ伯爵を襲名いたしました。若輩者ではございますが喜びにあふれた儀式に参加でき、心より嬉しく思っています。本日はどうぞ、よろしくお願い致します」

眼鏡の奥の双眸は宝石めいた青緑色で、鼻の高い秀麗な顔に負けないほど印象深い。

「……絶対に血縁とかではないはずなんやけど、既視感があるな」

一言も言いよどまず全員に状況を理解させた弁の立ち方と目を細める猫めいた笑顔。

日頃会う機会もない雲の上の人物に、とあるエルフと似た傾向を見出したマーリャは複雑な思いに駆られた。

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