第19話 強化合宿 2


 早朝。俺とシェリーは起床して、二人で朝食をとっている。するとシェリーが思いがけないことを口にする。



「ねぇ、レイはあのトーナメントでないの?」

「あぁ……あれのことか」

「うん……どうなのかなって思って」


 シェリーが言っているのは毎年6月だけに行われるとあるトーナメント制の大会のことだ。それはプロに上がるもう一つの道。


 To Pro League Tournamentと呼ばれており俗称では裏口とも呼ばれていたりもする。参加資格はプロのプレイヤーではないこと。つまりは実質的に誰でも参加できる。概要は、このトーナメントに登録して優勝すればプロになれるというものだ。だがしかし、そこにはもちろん大きな落とし穴が存在する。年々参加者が減っているのもその証拠だ。


「……うーん。あれに参加かぁ。ちょっと気がひけるよな。シェリーは参加したことあるのか?」

「あるけど、一回だけ。あれは本当に過酷だから」

「だよなぁ……」


 過酷。それは参加人数の多さと日程があまりにも短いことだ。リーグ戦の進行と同時に行われる大会。それはアマチュアリーグの上位選手になればなるほど、きつくなる。ちょうど時期的には昇格と降格が決まる時期に重なる。それでも参加するものは参加し、運のいいものが優勝する。でも、そこで優勝しても待っているのは痛烈なプロの洗礼だ。リーグ戦の経験が少ないと、その戦闘の多さに疲労を重ねるし、さらにはアマチュアとは言え過酷なプラチナリーグを突破している猛者ばかりがいる。ここ数年の裏口突破者でそのままプロリーグに残っているものはいない。皆、分かっているのだ。そんな裏技みたいな方法でプロリーグに入っても、生き残れはしないのだと。


 だから参戦するのもは限られてくる。本当に何が何でもプロになりたいもの、ただ記念で登録したもの、様々だ。当初は人気な大会の一つだったが、今ではかなり過疎化しており優勝者は逆に不名誉だとも言われている。さらには、今年が最後という噂も出ている。


 でも、俺がもう一度プロになるとしたらこの機会を逃せばまた一からやり直し。時期的にも、そろそろ応募期間が終了する。シェリーに言われるまでは参加する気もなかったが、一度言われてしまえばどうしても意識してしまう。


「ねぇ朱音。登録だけしてみたら? するだけならタダじゃない。嫌なら辞退すればいいし。それにあれ、今年で最後って噂もあるし」

「……」


 考えてみる。俺はまたあの世界に行きたいのか?


 答えは分からない、だ。確かにBDSの世界は嫌いではない。でもそれと同時に恐怖心はまだ残っている。世界ランク元一位と世界大会三連覇という肩書きからは逃れることはできない。きっと参加すればかなりの注目を集めるだろう。あの二年前の比ではないほどストレスになるかもしれない。それでも、どれほど辛くとも、俺はあの世界に行きたいのだろうかと……自問する。


 アレックスとの試合で俺の翼は灼け落ちているとがよく分かった。蝋で固めたイカロスの翼ではやはりどこへも行けはしない。でも、それでも……今は少しだけ見える世界が違う気がした。シェリー、アリーシャ、カトラ、アレックス、それに涼介と菖蒲。昔とは違って俺は人と少しは関係を持つようになった。そんなみんなのために戦うのもいいかもしれないと思っている。みんな無理をするなというが、俺が戻りたいならそうすればいいと言ってくれる。


 俺も完全にBDSの世界から引退することもできなかった。


 今度こそ、最高の景色を見るために……俺は戦ってもいいのかもしれない。


「……分かった。登録だけして見るよ」

「……うん!」


 シェリーは満面の笑みで俺を受け入れてくれる。そんな関係がどこか心地よかった。



 ◇



「……はぁ……はぁ……はぁ……」

「もう疲れたのか?」

「まだまだッ!! これからよッ!!」



 昨日は回避中心の訓練をしたが、今日はスキルによる戦闘を中心にやっている。だが、シェリーは極点に火属性のツリーばかり解放しているので今日は他の属性の練習だ。最低でも、5段階目までは解放してもらいたい。剣技とスキルツリーには段階があり、全10段階でそこから様々に派生している。シェリーは火属性は7段階目まで解放しているのが、残りの属性は3と4止まり。これでは相性の悪い相手やスフィアとぶつかれば、あっけなく負けてしまう。そのため今は残りの属性である、雷、氷、水のスキルの練習をしているが、なれていないのかシェリーはだいぶ疲労していた。


「いいか。何も戦闘は属性付与エンチャントだけじゃない。属性はスフィアによっても変わってくる。氷のスフィアなら氷のスキルが強化されるし、他も同様。それに属性ごとの特殊効果も違う。氷は氷結異常にして足止めができるし、雷は麻痺異常、火は火傷異常、水は状態異常はないけどそのまま氷のスキルに派生できる。それに雷属性と身体強化の重ねがけで生まれる剣技もある。組み合わせはツリー次第だけど、戦闘に限って言えばそのパターンは無限大だ。シェリーは今までレイの模倣ばかりしていたけど、今日からはスキルの強化も行う。それに並行して身体強化と五感拡張もね。いけるか?」

「いけるわよ……やってやるわよッ!!」


 今までは少し抑え気味にトレーニングをしていた。でもアリーシャというライバルが登場してからシェリーのやる気はさらに上がっている。上には上がいる。だがそれは戦うことがなければ、自分の近くにいなければ、ただの空想と同じだ。でも近くにライバルという存在がいれば、互いを高め合うことができる。


 俺にもそんな関係のプレイヤーがいれば……と思うが過去のことはもういい。俺たちは今を生きているし、明日のためにこうしてトレーニングを重ねているのだから。


「……遅いッ! スキルを発動してからの硬直時間に惑わされすぎだッ! それだとアリーシャには勝てないぞッ!!」

「……はぁ……はぁ……はぁ……分かっているわよッ! 私はアリーシャに勝つわッ!」

「その調子だッ! 行くぞッ!」

「来なさいッ!!」



 それから再び俺たちは長時間トレーニングを重ねるのだった。



「ちょっとはマシになったかしら?」

「多少はだけど……やっぱり、まだまだ付け焼き刃だ。大切なのは毎日続けることだな」

「そうよね……いきなり強くなったりしないわよね」

「でも確実に進んではいるさ」

「最近はちょっとだけ心配なの。戦えば戦うほど焦燥感に駆られる」

「それは……俺も覚えがあるな」

「レイはどうしたの?」

「俺の場合はただひたすらに戦った。勝利だけがその乾きを癒してくれると思った。でも、俺はきっと誰かに相談すべきだったんだ。シェリーの場合は違うかもしれないけど、何か心配なことがあれば相談してほしい」

「些細なことでも?」

「些細なことでも、だ。俺の経験を全てシェリーに当てはまるとも限らないし、言うことを聞きたくないならそれでもいい。でも……話すことだけはやめないでほしい」

「そうね。レイには絶対に相談するわ。どんなことがあっても……それがどんな些細なことでも、ね」

「あぁ」


 そして俺とシェリーはその場に寝転がる。VRの世界だが、妙に清々しい気分だった。俺とシェリーはやれることはやった。積み重ねて来た。ここまでくればあとは天に任せるしかない。


 はっきり言ってプロにはなれると踏んでいる。でも今のプラチナリーグは混戦を極めている。残りの試合を連続で落とせば、昇格圏内から外れてしまう。その怖さ、緊張感から動きが鈍るプレイヤーもいる。


 シェリーもきっとプロになるという事が現実味を帯びて来て不安なのだろう。


「シェリー。きっとプロになれる。俺は信じているよ」

「……そう言われちゃ、なるしかないわね。とりあえずはあの生意気なアリーシャの鼻っ柱を叩き折ってやるわ!」

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